●平成23(ネ)10002 特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権「餅」

 本日は、昨日TVのニュースでも放送された『平成23(ネ)10002 特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟「餅」平成23年09月07日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110908113622.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権侵害差止等請求控訴事件で、本件控訴が認容され、侵害が認容された事案です。


 本件では、争点1(被告製品が本件発明の構成要件B及びDを充足するか否か)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 八木貴美子、裁判官 知野明)は、


『当裁判所は,被告製品(別紙物件目録1ないし5)は本件発明の技術的範囲に属し,かつ本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものではないと判断する。

 その理由は,以下のとおりである。

1 争点1(被告製品が本件発明の構成要件B及びDを充足するか否か)について

 被告製品の構成,及び被告製品が本件発明の構成要件A,C及びEを充足することについては,当事者間において争いがない。以下,被告製品が本件発明の構成要件B,Dを充足するか否かについて検討する。

(1) 構成要件Bの充足性について

ア 「載置底面又は平坦上面ではなく」の意義について

 当裁判所は,構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,「側周表面」であることを明確にするための記載であり,載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部(以下「切り込み部等」ということがある。)を設けることを除外するための記載ではないと判断する。


 この点,被告は,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分は,「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」との記載部分とは,切り離して意味を理解すべきであって,「載置底面又は平坦上面」には,「一若しくは複数の切れ込み部又は溝部」を設けない,という意味に理解すべきであると主張する。


 しかし,?「特許請求の範囲の記載」全体の構文も含めた,通常の文言の解釈,?本件明細書の発明の詳細な説明の記載,及び?出願経過等を総合するならば,被告の上記主張は,採用することができない。その理由は,以下のとおりである。

(ア) 特許請求の範囲の記載

 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)には,「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,」(構成要件B)と記載されている。


 上記特許請求の範囲の記載によれば,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分の直後に,「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」との記載部分が,読点が付されることなく続いているのであって,そのような構文に照らすならば,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分は,その直後の「この小片餅体の上側表面部の立直側面である」との記載部分とともに,「側周表面」を修飾しているものと理解するのが自然である。


(イ) 発明の詳細な説明の記載

a 本件明細書(甲2)には,以下の記載がある。

「【0002】【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】
餅を焼いて食べる場合,加熱時の膨化によって内部の餅が外部へ突然膨れ出て下方へ流れ落ち,焼き網に付着してしまうことが多い。」

「【0004】このような膨化現象は焼き網を汚すだけでなく,焼いた餅を引き上げずらく,また食べにくい。更にこの膨化のため餅全体を均一に焼くことができないなど様々な問題を有する。」

「【0005】しかし,このような膨化は水分の多い餅では防ぐことはできず,十分に焼き上げようとすれば必ず加熱途中で突然起こるものであり,この膨化による噴き出し部位も特定できず,これを制御することはできなかった。」

「【0007】一方,米菓では餅表面に数条の切り込み(スジ溝)を入れ,膨化による噴き出しを制御しているが,同じ考えの下切餅や丸餅の表面に数条の切り込みや交差させた切り込みを入れると,この切り込みのため膨化部位が特定されると共に,切り込みが長さを有するため噴き出し力も弱くなり焼き網へ落ちて付着する程の突発噴き出しを抑制することはできるけれども,焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなり,実に忌避すべき状態となってしまい,生のつき立て餅をパックした切餅や丸餅への実用化はためらわれる。」

「【0008】本発明は,このような現状から餅を焼いた時の膨化による噴き出しはやむを得ないものとされていた固定観念を打破し,切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき,しかも切り込みの設定によっては,焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく,逆に自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また現に美味しく食することができる画期的な焼き上がり形状となり,また今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができ餅の消費量を飛躍的に増大させることも期待できる極めて画期的な餅を提供することを目的としている。」

「【0014】即ち,従来は加熱途中で突然どこからか内部の膨化した餅が噴き出し(膨れ出し),焼き網に付着してしまうが,切り込み3を設けていることで,先ずこれまで制御不能だったこの噴き出し位置を特定することができ,しかもこの切り込み3を長さを有するものとしたり,短くても数箇所設けることで,膨化による噴出力(噴出圧)を小さくすることができるため,焼き網へ垂れ落ちるほど噴き出し(膨れ出)たりすることを確実に抑制できることとなる。」

「【0015】しかも本発明は,この切り込み3を単に餅の平坦上面(平坦頂面)に直線状に数本形成したり,X状や+状に交差形成したり,あるいは格子状に多数形成したりするのではなく,周方向に形成,例えば周方向に連続して形成してほぼ環状としたり,あるいは側周表面2Aに周方向に沿って形成するため,この切り込み3の設定によって焼いた時の膨化による噴き出しが抑制されると共に,焼き上がった後の焼き餅の美感も損なわない。しかも焼き上がった餅が単にこの切り込み3によって美感を損なわないだけでなく,逆に自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となり,それ故今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができることとなる。」

「【0016】即ち,例えば,側周表面2Aに切り込み3を周方向に沿って形成することで,この切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく,オーブン天火による火力が弱い位置に切り込み3が位置するため忌避すべき焼き形状とならない場合が多い。」

「【0017】また,この側周表面2Aに形成することで,膨化によってこの切り込み3の上側が下側に対して持ち上がり,この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならないという画期的な作用・効果を生じる。」

「【0018】即ち,この持ち上がりにより,図2に示すように最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態,あるいは焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状に自動的に膨化変形し,自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。またほぼ均一に焼き上げることが可能となる。」

「【0019】本発明の方形(直方形)の切餅の場合,立直側面たる側周表面2Aに切り込み3をこの立直側面に沿って形成することで,たとえ側周表面2Aの四面全てに連続して角環状に切り込み3をめぐらし形成しなくても,少なくとも対向側面に所定長さ以上連続して切り込み3を形成することで,膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく,この切り込み3に対して上側が持ち上がり,前述のように最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部間に膨化した中身がサンドされている状態,あるいは焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状となり,自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。」

「【0020】特にこの切り込み3を側周表面2Aに,小片餅体1の輪郭縁に沿った周方向に連続してほぼ四角環状に形成すれば,一層前記作用・効果が確実に発揮され,極めて画期的な餅となる。」

「【0032】【発明の効果】
本発明は上述のように構成したから,切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき,しかも切り込みの設定によっては,焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく,逆に自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また現に美味しく食することができる画期的な焼き上がり形状となり,また今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができ餅の消費量を飛躍的に増大させることも期待できる極めて画期的な餅となる。」

「【0033】しかも本発明は,この切り込みを単なる餅の平坦上面に直線状に数本形成したり,X状や+状に交差形成したり,あるいは格子状に多数形成したりするのではなく,周方向に形成,例えば周方向に連続して形成してほぼ環状としたり,あるいは側周表面に周方向に沿って対向位置に形成すれば一層この切り込みよって焼いた時の膨化による噴き出しが抑制されると共に,焼き上がった後の焼き餅の美感も損なわず,しかも確実に焼き上がった餅は自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となり,それ故今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができこととなる画期的な餅となる。」

「【0034】また,切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく,オーブン天火による火力が弱い位置に切り込みが位置するため忌避すべき焼き形状とならない場合が多く,膨化によってこの切り込みの上側が下側に対して持ち上がり,この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならないという画期的な作用・効果を生じる。」

「【0035】特に本発明においては,方形(直方形)の切餅の場合で,立直側面たる側周表面に切り込みをこの立直側面に沿って形成することで,たとえ側周面の周面全てに連続して角環状に切り込みを形成しなくても,少なくとも対向側面に所定長さ以上連続して切り込みを形成することで,この切り込みに対して上側が膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく持ち上がり,しかも完全に側面に切り込みは位置し,オーブン天火の火力が弱いことなどもあり,忌避すべき形状とはならず,また前述のように最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態,あるいは焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状となり,自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。」

 また,本件明細書には,図1ないし3(本判決「別紙図1ないし3」のとおり)が示されている。


上記発明の詳細な説明欄の記載によれば,本件発明の作用効果として,?加熱時の突発的な膨化による噴き出しの抑制,?切り込み部位の忌避すべき焼き上がり防止(美感の維持),?均一な焼き上がり,?食べ易く,美味しい焼き上がり,が挙げられている。そして,本件発明は,切餅の立直側面である側周表面に切り込み部等を形成し,焼き上がり時に,上側が持ち上がることにより,上記?ないし?の作用効果が生ずるものと理解することができる。


 これに対して,発明の詳細な説明欄において,側周表面に切り込み部等を設け,更に,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を形成すると,上記作用効果が生じないなどとの説明がされた部分はない。


 本件明細書の記載及び図面を考慮しても,構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,通常は,最も広い面を載置底面として焼き上げるのが一般的であるが,そのような態様で載置しない場合もあり得ることから,載置状態との関係を示すため,「側周表面」を,より明確にする趣旨で付加された記載と理解することができ,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設けることを排除する趣旨を読み取ることはできない。


c これに対し,被告は,本件発明は,切餅について,切り込みの設定によって,焼き途中での膨化による噴き出しを制御できるという効果(効果?)と,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化できるという効果(効果?)を共に奏するものであるが(本件明細書段落【0032】),切餅の平坦上面又は載置底面に切り込みが存在する場合には,焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなるため,忌避すべき状態になることから(本件明細書段落【0007】),本件発明における効果?を奏することはないと主張する。


 しかし,被告の主張は,採用の限りでない。

 すなわち,本件発明は,上記のとおり,切餅の側周表面の周方向の切り込みによって,膨化による噴き出しを抑制する効果があるということを利用した発明であり,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化できるという効果は,これに伴う当然の結果であるといえる。載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けたために,美観を損なう場合が生じ得るからといって,そのことから直ちに,構成要件Bにおいて,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けることが,排除されると解することは相当でない。


 また,当初明細書(甲6の2)の段落【0021】には,作用効果に寄与する切り込みの形成方法が記載され,同明細書の段落【0043】,【0045】には,周方向の切り込み等は,側周表面に設けるよりは作用効果が十分ではないが,平坦頂面における場合でも同様の作用効果が生じる旨記載され,図6(別紙図5)が示されていたことに照らすと,周方向の切り込み等による上側の持ち上がりが生ずる限りは,本件発明の作用効果が生ずるものと理解することができ,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けないとの限定がされているとはいえない。


 さらに,本件明細書段落【0007】の記載は,米菓で採られた噴き出し抑制手段の適用における問題点を記載したものであり,本件発明において,周方向の切り込み等による,上側の持ち上がりによる噴き出し抑制手段を採用するに当たり,載置底面又は平坦上面に切り込み等を設けるか否かについて,本件明細書に何らかの言及がされていると解する余地はない。したがって,被告の上記主張は,採用することができない。


d また,被告は,切り込み部位が小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に設けられるという構成であることを表現するのであれば,「小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に切り込み部又は溝部を設ける」と記載すれば足り,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載を付加する必要はない,と主張する。


 しかし,被告のこの点の主張も採用できない。すなわち,前記のとおり,角形等の小片餅体である切餅において,最も広い面を載置底面として焼き上げるのが一般的であるといえるが,これにより一義的に全ての面が特定できるとは解されない(別紙「原告提出の参考図面」参照)。したがって,小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面を特定するため,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載を付加することに,意味があるといえる。したがって,被告の上記主張は,採用することができない。

(ウ) 出願過程について

 被告は,原告は本件特許の出願過程において,切餅の載置底面又は平坦上面ではなく,切餅の側周表面のみに切り込みが設けられることを述べた経緯がある旨主張する。

 しかし,被告の上記主張は,以下の出願過程の具体的経緯に照らして,採用することができない。

a 出願過程における具体的経緯

(a) 本件特許出願(平成14年10月31日出願)に係る出願当初明細書(甲6の2)記載の特許請求の範囲は,請求項1ないし8から成り,その請求項1の記載は,次のとおりである。

「【請求項1】 角形の切餅や丸形の丸餅などの小片餅体の載置底面ではなく上側表面部に,周方向に長さを有する若しくは周方向に配置された一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設けたことを特徴とする餅。」

(b) 原告は,平成17年5月27日付けで拒絶理由通知を受けたので,同年8月1日付けで,出願当初明細書記載の特許請求の範囲等の補正をする手続補正書(甲8の2)を提出するとともに,同日付け意見書(甲8の1)及び手続補足書を提出した。

? 平成17年8月1日付け手続補正書(甲8の2)による補正後の特許請求の範囲は,請求項1ないし5から成り,その請求項1の記載は,次のとおりである(下線部は,補正部分である。)

「【請求項1】 角形の切餅や丸形の丸餅などの焼き網に載置して焼き上げて食する小片餅体の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の側周表面のみに,周辺縁あるいは輪郭縁に沿う周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,前記周方向に連続して形成若しくは周方向に沿って複数形成した切り込み部又は溝部は,少なくとも前記小片餅体の側周表面の互いに対向する位置には存するように構成して,焼き上げるに際しての膨化による外部への噴出力を抑制するための前記切り込み部又は溝部を,前記小片餅体の載置底面及び平坦上面には形成せず,且つ前記切込み部又は溝部が前記小片餅体の側周表面の対向位置に何ら形成されていないことのないように構成したことを特徴とする餅。」

? 平成17年8月1日付け意見書(甲8の1)には,「従って,単に餅表面に切り込みを設けただけでは,平坦正面に形成した切り込み部分の焼き上がりが,実に忌避すべきものとなってしまい実用性に乏しいのです。」,「そこで,本発明は,切り込みを天火が直に当たりずらい側周表面にのみ設け,しかも切り込みを水平方向に切り入れ,更に周辺縁あるいは輪部縁に沿う周方向に長さを有する切り込みとし,他の平坦上面や載置底面には形成せず・・・前述のように切り込みの焼き上がり具合は決して刃傷のようにはならず,見た目も良いだけでなく,この切り込みの前述のような形成位置設定によって,切り込み下側に対して切り込み上側は膨れるように持ち上がり,まるで最中サンドのように焼き上がり,今日までの餅業界では全く予想もできないきれいにして均一な焼き上がりを実現できたのです。」,「この点に真に本発明の画期的な創作性があるのです。」(以上,2頁9行〜20行)などの記載がある。

(c) 原告は,平成17年9月21日付けで,更に拒絶理由通知(甲9)を受けたので,同年11月25日付けで,本件明細書の特許請求の範囲等の補正をする手続補正書(甲10の2)を提出するとともに,同日付け意見書(甲10の1)及び手続補足書を提出した。


? 平成17年9月21日付け拒絶理由通知(甲9)には,拒絶の「理由」として,「平成17年8月1日付けでした手続補正は,下記の点で願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではないから,特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。」,「記」として,「『小片餅体の上側表面部の側周表面のみに,』(補正後の請求項1)は願書に最初に添付した明細書又は図面(以下『当初明細書等』という。)に記載されていない。当初明細書等には『小片餅体の・・・上側表面部の側周表面に,』との記載(請求項2)及び『小片餅体1の・・・上側表面部2の側周表面2Aに,』との記載はあるものの(発明の詳細な説明の段落0011),記載された事項から『のみ』であることが自明な事項であるとも認められない。」(以上,1頁)などの記載がある。

? 平成17年11月25日付け手続補正書(甲10の2)による補正後の特許請求の範囲は,請求項1ないし6から成り,その請求項1及び4の記載は,次のとおりである(下線部は,補正部分である。)

「【請求項1】 焼き網に載置して焼き上げて食する丸餅などの輪郭形状が円形の小片餅体の載置底面又平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の周辺傾斜面である側周表面に,この輪郭縁に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する若しくは周方向に配置された一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,この切り込み部又は溝部は,この輪郭縁に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて丸環状とした若しくは周方向に沿って複数配置してほぼ丸環状に配置した若しくは対向二箇所に周方向に連続して形成した切り込み部又は溝部として,焼き上げるに際しての膨化による外部への噴き出しを抑制する構成としたことを特徴とする餅。」

「【請求項4】 焼き網に載置して焼き上げて食する切餅などの輪郭形状が方形の小片餅体の載置底面又平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する若しくは周方向に配置された一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは周方向に沿って複数配置してほぼ角環状に配置した若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として,焼き上げるに際しての膨化による外部への噴き出しを抑制する構成としたことを特徴とする餅。」

? 平成17年11月25日付け意見書(甲10の1)には,

「1.本願に関し,この度,先に提出した手続補正書が要旨変更であることのご見解を示され,再度意見書徴集せられましたが,出願当初の明細書及び図面の記載から自明な事項として導き出せない限定事項が記載されているとのこの度のご指摘を精査検討し,改めて以下の点を考慮した別紙手続補正書をこの度再提出致しました。」,「2.即ち,切り込みが側周表面にのみ存するとの点については,審査官の要旨変更とのご指摘を踏まえて,元通り「のみ」を削除し,この「のみ」であるか否かは出願当初どおり請求項には特定せず,本発明の必須の構成要件でなく出願当初通り「のみ」かどうかは本発明と無関係と致しました。・・・即ち,ご指摘の点を踏まえて要旨変更とならないように,請求項を先ず丸餅と切餅(角餅)に区分し,切り込みはこの丸餅にあっては周辺傾斜面に,切餅にあっては立直側面に設け,しかも,周方向に形成する切り込みは,丸餅にあっては輪部縁に沿って,切餅にあっては立直側面に沿って形成し,更にこの切り込みは,環状の切り込みとするか,複数の切り込みからなるほぼ環状の切り込みとするか若しくは少なくとも対向二カ所に対向形成するかのいずれかである点を明確にクレームに特定すると共に,この切り込みを形成する小片餅体は,先回の補正と同様に焼き網に載置して焼き上げて食する小片餅体(丸餅あるいは切餅)であって,この上側表面部の側周表面に前述のように切り込みを設けて焼き上げるに際して膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した点を明確に特定致しました。」(以上,1頁),「この点に真に本発明の画期的な創作性があるのです(尚,この最中サンドのように膨れて持ち上がるように焼き上がることが本発明の最も重要な必須の発明ポイントであり,この発明ポイントが重要なのであって,勿論見た目が悪くなっても構わなければ平坦上面にも更に切り込みを追加しても構わないことは言うまでもないことです。)」(3頁)などの記載がある。

(d) 原告は,平成18年1月24日付けで拒絶査定を受けたので,同年2月27日付けで上
記拒絶査定に対する不服審判請求(不服2006−3586号事件)を行い,同年3月29日付けで,本件明細書の特許請求の範囲等の補正をする手続補正書(甲12の2)及び審判請求書の請求の理由を変更する手続補正書を提出し,更に同月31日付け手続補足書を提出した。

 上記手続補正書(甲12の2)による補正後の特許請求の範囲は,請求項1ないし5から成り,その請求項1及び4の記載は,次のとおりである(下線部は,補正部分である。)
「【請求項1】 焼き網に載置して焼き上げて食する丸餅などの輪郭形状が円形の小片餅体の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の周辺傾斜面である側周表面に,この輪郭縁に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,この切り込み部又は溝部は,この輪郭縁に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて丸環状とした若しくは対向二箇所に周方向に連続して形成した切り込み部又は溝部として,焼き上げるに際しての膨化による外部への噴き出しを抑制する構成としたことを特徴とする餅。」

「【請求項4】 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として,焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする餅。」

(e) 原告は,不服2006−3586号事件の審尋に対する平成19月1月4日付け回答書
(甲16)を提出した後,平成20年2月19日付けで,拒絶理由通知を受けたので,同月29日付けで,本件明細書の特許請求の範囲等の補正をする手続補正書(甲18の2)を提出するとともに,同日付け意見書(甲18の1)を提出した。

 上記手続補正書(甲18の2)による補正は,上記意見書(甲18の1)に「今回の拒絶理由を解消すべく,丸餅の請求項1〜3とその実施例をすべて削除し,請求項4,5をそのまま請求項1,2とした」との記載があるように,平成18年3月29日付け手続補正書(甲12の2)による補正後の特許請求の範囲の請求項1ないし5のうち,請求項1ないし3を削除し,「切餅」に関する請求項4,5をそのまま新たな請求項1,2としたものである。

 なお,平成19月1月4日付け回答書(甲16)には,「(7)本発明は,上下面にあろうが,側面にあろうが切り込みを形成することで噴き出しを抑制することを第一の目的としていますが,上下面に切り込みがあろうがなかろうが,切餅の薄肉部である立直側面の周方向に切り込みがあることで,切餅が最中やサンドウイッチのように焼板状部間に膨化した中身がサンドされた状態に焼き上がって,噴きこぼれが抑制されるだけでなく,見た目よく,均一に焼き上がり,食べ易い切り餅が簡単にできることに画期的な創作ポイントがあるのです(もちろん上下面には切り込みがない方が望ましいが,上下面にあってもこの側面にあることで前記作用・効果が発揮され,これまでにない画期的な切餅となるもので,引例にはこの切餅の薄肉部である側面に切り込みを設ける発想が一切開示されていない以上,本発明とは同一発明ではありません。)。」(7頁〜8頁)などの記載がある。


(f) 特許庁は,平成20年3月24日,不服2006−3586号事件について,「原査定を取り消す。本願の発明は,特許すべきものとする。」との審決をした(甲19)。

 原告は,同年4月18日,本件特許権の設定登録(請求項の数2)を受けた。

b 判断

 上記本件特許の出願の経緯に照らすならば,原告は,平成17年5月27日付けで拒絶理由通知を受けたことから,同年8月1日付けで手続補正書(甲8の2)を提出して,切餅の上下面である載置底面又は平坦上面ではなく,切餅の側周表面のみに切り込みが設けられる発明へと補正することを試みたが,同補正は,審査官から認められず,同年9月21日付けで拒絶理由通知(甲9)を受けたため,結局,同年5月の補正を撤回し,また,従前の意見内容も改めて,平成17年11月25日付けの手続補正書(甲10の2)を提出した経緯が認められる。

 以上のとおりであり,本件特許に係る出願過程において,原告は,拒絶理由を解消しようとして,一度は,手続補正書を提出し,同補正に係る発明の内容に即して,切餅の上下面である載置底面又は平坦上面ではなく,切餅の側周表面のみに切り込みが設けられる発明である旨の意見を述べたが,審査官から,新規事項の追加に当たるとの判断が示されたため,再度補正書を提出して,前記の意見も撤回するに至った。


 したがって,本件発明の構成要件Bの文言を解釈するに当たって,出願過程において,撤回した手続補正書に記載された発明に係る「特許請求の範囲」の記載の意義に関して,原告が述べた意見内容に拘束される筋合いはない。


 むしろ,本件特許の出願過程全体をみれば,原告は,撤回した補正に関連した意見陳述を除いて,切餅の上下面である載置底面及び平坦上面には切り込みがあってもなくてもよい旨を主張していたのであって,そのような経緯に照らすならば,被告の上記主張は,採用することができない。


(エ)以上のとおり,構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,「側周表面」を特定するための記載であり,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設けることを除外する意味を有すると理解することは相当でない。

イ 被告製品との対比

 被告製品は,別紙被告製品図面(斜視図)のとおり,「上面17及び下面16に,切り込み部18が上面17及び下面16の長辺部及び短辺部の全長にわたって上面17及び下面16のそれぞれほぼ中央部に十字状に設けられ」(b1),「かつ,上面17及び下面16に挟まれた側周表面12の長辺部に,同長辺部の上下方向をほぼ3等分する間隔で長辺部の全長にわたりほぼ並行に2つの切り込み部13が設けられ」(b2)ていることが認められる(当事者間において争いがない。)。被告製品と本件発明1を対比すると,被告製品における「上面17及び下面16に挟まれた側周表面12の長辺部」は,本件発明の構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面」に,以下同様に,「同長辺部の上下方向をほぼ3等分する間隔で長辺部の全長にわたりほぼ並行に」は,「この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する」に,「2つの切り込み部13」は,「一若しくは複数の切り込み部又は溝部」に該当する。


 したがって,被告製品は,本件発明の構成要件Bを充足する。

(2) 構成要件Dの充足性について

 上記(1)のとおり,被告製品は,切り込み部13が対向二側面である側周表面12の長辺部に形成されており(構成b2),「焼き上げるに際して切り込み部13の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制する」構成となっているものと認められる(甲5,37参照)。

 これに対し,被告は,切餅の載置底面又は平坦上面に切り込み部が設けられた構成のものは,構成要件Dの「焼板状部」に該当する構成を有しないから,被告製品は構成要件Dを充足しない,と主張する。しかし,上記(1)のとおり,本件発明は,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設ける構成を除外するものであるとは解されない。また,切餅の載置底面又は平坦上面に切り込み部が設けられていると,焼き上げられるに際して,上記切り込み部において若干の膨化変形が生じるとしても,構成要件Dの「焼板状部」に当たると解するのが合理的である。したがって,被告の上記主張は採用することができない。

 さらに,被告は,構成要件Dの「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」とは,焼き餅をほぼ均一に焼き上げることが可能となるように,構成要件AないしCの構成による焼き餅が自動的に膨化変形して形成される,?「最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」と,?「焼きはまぐりができあがりつつあるようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状」のうち,上記?の焼き上がり形状となる構成のみを意味するものと解釈されるべきであるが,被告製品の焼き上がり形状は上記?のようなものであるから,被告製品は構成要件Dを充足しない,と主張する。


 しかし,下記で詳述するとおり,構成要件Dは,角形の切餅に関して,焼き上げるに際し,均等膨化したもののほか,不均一に膨化したものも含んだものとして特定しているものと理解することができる。また,被告製品の焼き上がり形状は,必ずしも上記?のようなものであるとはいえず,上記?のようにほぼ均等膨化するものもあると解される(甲37参照)。

 したがって,原告の上記主張は,採用することができず,被告製品は,本件発明の構成要件Dを充足する。

(3) 小括

 以上のとおり,その余の争点(被告製品が,構成要件Bを充足しない場合,本件発明の構成と均等なものといえるか)について判断するまでもなく,被告製品(別紙物件目録1ないし5)は本件発明の技術的範囲に属する。』

 と判示されました。

 なお、一審の判決文は、『●平成21(ワ)7718 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「餅」平成22年11月30日 東京地方裁判所 (http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101203173939.pdf)であり、一審とは逆の結果になりました。

 やはり、本件控訴を判断したのが、知財高裁3部の飯村敏明裁判長だったせいでしょうか?