●平成22(行ケ)10272 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「モータ

 本日は、『平成22(行ケ)10272 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「モータ制御装置」平成23年06月09日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110615114008.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審決の棄却審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、取消事由3(容易想到性についての判断の誤り)についての判断も参考になるかと思います。


  つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣、裁判官 井上泰人、裁判官 荒井章光)は、

『3 取消事由3(容易想到性についての判断の誤り)について


 ・・・省略・・・


(4) 相違点1についての認定の誤りについて

ア 本件審決が認定した相違点1は,前記第2の3(2)ウに記載のとおりであるところ,引用例1は,前記(2)エに記載のとおり,引用発明が発生した速度指令パルスのカウント値を得る機能を有している旨を記載している。


イ この点について,原告は,引用例1には引用発明をスルーモードに設定することで,補間開始位置から終了位置までの速度指令パルス数を得ることができるとの記載がある旨を主張する。


 しかしながら,引用発明は,前記のとおり,ステッピングモータ等を制御対象とする4軸モータコントロールボードであって,引用発明の円弧補間ドライブは,前記(2)オに記載のとおり,各象限を45度に区切り,各部における必要パルス数を計算して合計することで,円弧補間ドライブ時に必要とされる速度指令パルス数を算出することを前提としており,この点を解決すべき技術課題とはしていない。しかも,引用例1は,その他の部分においても,本件発明1が備える補間開始位置から補間終了位置までの移動量に相当する総パルス数をカウントする機能について何ら触れるところがない。


 このように,引用発明は,本件発明1の,機械系の動作を伴わずに補間開始位置から終了位置までの移動量に相当する速度指令パルスの総パルス数をカウントすること(トレースモード)で繁雑な計算をすることなく容易に総移動量に相当する速度指令パルス数を求めるという技術思想を想定していないことが明らかである。しかも,本件特許出願当時において,速度指令パルスに基づいて補間処理を行い,駆動パルスを生成するモータ制御装置に関して,上記技術思想が当業者に知られていたと認めるに足りる証拠はないから,引用例1には,引用発明の有する速度指令パルス数のカウント値を得る機能を利用して,補間開始位置から終了位置までの速度指令パルス数を得ることを当業者が読み取るに足りるだけの示唆も動機付けも見当たらない。


ウ このように,引用例1には,本件特許出願当時の技術水準を基礎として,当業者が特別の思考を要することなく容易にその技術的思想を実施し得る程度に原告主張に係る技術的思想の内容が開示されているとは到底いい難いから,引用例1が補間開始位置から終了位置までの速度指令パルス数をカウントする機能について何ら触れるところがない以上,引用発明は,補間開始位置から終了位置までの当該パルス数をカウントするか明らかでないというほかない。


 よって,相違点1を認定した本件審決の判断に誤りはなく,原告の前記主張は,採用できない。


(5) 相違点2についての判断の誤りについて

ア 前記(3)アに記載のとおり,引用例1は,「補間制御部によって生成された駆動パルスをモータ制御装置の外部へ出力するか否かを制御するパルス出力制御部」の構成(第3のモード)を有するものと認められるから,本件発明1と引用発明との相違点2は,本件発明1が,動作モードとして「総パルス数を求めるためのトレースモードと実動作のための通常動作モードとを有」するのに対し,引用発明が,そのようなものか明らかでない点であるというべきである。


イ そこで,引用発明に基づく本件発明1のトレースモードに関する構成の容易想到性について検討する。


 本件発明1にいうトレースモードとは,繁雑な計算等をすることなく,容易に総移動量に相当する速度指令パルス数を求めることを目的として(本件明細書【0016】),移動対象物の移動開始位置から移動終了位置までの移動量に相当する総パルス数のカウントを行うための動作モードであるところ(本件明細書【0036】),引用例1は,前記3(2)オに記載のとおり,引用発明が各象限を45度に区切り,各部における必要パルス数を計算して合計することで,円弧補間ドライブ時に必要とされる速度指令パルス数を算出することを前提としており,この点を解決すべき技術課題とはしていないばかりか,前記3(2)エに記載のとおり,引用発明がDRIVE PULSE COUNTER READ コマンドにより,発生した速度指令パルスのカウント値を得る機能を有していることを開示しているものの,それ以上に,補間開始位置から終了位置までの当該パルス数をカウントすることまでを開示しているとまではいえない(相違点1。前記3(4))。


 以上によれば,引用発明は,本件発明1の,機械系の動作を伴わずに,補間開始位置から終了位置までの移動量に相当する速度指令パルスの総パルス数をカウントすること(トレースモード)で,繁雑な計算をすることなく容易に,総移動量に相当する速度指令パルス数を求めるという技術思想を想定していないことが明らかであり,引用例1には,本件発明のトレースモードに関する構成を想到するに足りる示唆も動機付けもないというべきである。


 また,前記(3)アに記載のとおり,当業者は,引用例3を参照することで,IPC710の生成した補間パルスを外部へ出力するか否かを制御することが可能であることを理解することができる。しかしながら,引用例3の当該記載部分(前記(2)ウ)は,IPC710が補間パルスを外部に出力するか否かを制御し得ることを開示しているのみで,当該制御機能についてはそれ以上の記載が何もないため,当該制御機能の目的及び用途や,さらにこの点について引用例3が開示していることの趣旨は,いずれも不明であるというほかない。しかも,前記(2)オに記載のとおり,引用発明は,必要とされる速度指令パルス数を算出することを前提としており,この点を解決すべき技術課題とはしていないから,引用例3の上記記載部分は,引用発明にこれを適用してIPC710が有する上記機能を速度指令パルスの総パルス数を求めることに用いることについて示唆又は動機付けとするには足りないというほかない。


 したがって,引用発明登載のIPC710の取扱説明書である引用例3を参照することで,IPC710の生成した補間パルスを外部へ出力するか否かを制御することが可能であることを当業者が理解したとしても,当業者は,引用発明をスルーモードに設定し,かつ,その場合に引用発明の有する速度指令パルス数のカウント値を得る機能を利用して,補間開始位置から終了位置までの速度指令パルス数を得ることで,本件発明1のトレースモードに関する構成を容易に想到することはできなかったというべきである。


ウ 以上に対して,原告は,パルス数をカウントする技術が周知であったし,また,引用例2に記載の発明をゲート回路として適用することで,当業者が本件発明1のトレースモードに関する構成を採用することを容易に想到し得た旨を主張する。しかしながら,前記(2)オに記載のとおり,引用発明は,必要とされる速度指令パルス数を算出することを前提としており,トレースモードにより繁雑な計算等を回避して容易に総パルス数を求めるという本件発明1の技術思想を想定していないから,パルス数をカウントする技術が周知であり,あるいは仮に引用例2に記載の発明をゲート回路として適用することが可能であったとしても,引用例1及び2に接した当業者は,本件発明1のトレースモードに関する構成を容易に想到することはできなかったというべきである。


よって,原告の上記主張は,いずれも採用できない。


(6) 本件発明1の作用効果についての判断の誤りについて

ア 原告は,モータ駆動制御において移動開始位置から移動終了位置までの総パルスカウント数を現在位置に対応付ける技術が周知の技術課題であり(甲17,18),繁雑な計算によってあらかじめ総移動距離を計算する必要をなくして減速開始位置を容易に決定できるという本件発明1の作用効果も格別顕著ではない(甲22)旨を主張する。


 しかしながら,本件発明1の作用効果が格別顕著でないとした場合に,そのことから直ちに本件発明1が容易に想到可能であったといえるか疑問であることは措くとしても,原告が指摘する上記発明は,移動開始位置から移動終了位置までの総パルス数を求めたり(甲17,18),あるいは減速開始位置を決定する(甲22)に当たり,いずれもモータによって機械系を実際に駆動するものであるから,機械系を駆動させないことによって総パルス数のカウントに要する時間を短縮するという本件発明の作用効果を期待できないものである。


 よって,原告の上記主張は,採用できない。

イ 原告は,モータの実動作に生じる課題を解決するために機械系の動作を行わない技術は既に開示されている(甲19,25)から,本件発明1の作用効果には顕著性がない旨を主張する。


 しかしながら,原告が指摘する上記発明は,速度指令パルスに基づいて補間処理を行い駆動パルスを生成するモータ制御装置において,移動対象物の総移動量に相応する速度指令パルス数を容易に求めることを課題としたものではなく,これらの技術課題の異なる発明の作用効果を引用発明に適用することはできない。


 したがって,原告の上記主張は,その前提を欠くものとして採用できない。


ウ 原告は,本件審決が認定する本件発明1の作用効果は,上位CPUの作用効果であって,モータ制御装置である本件発明1の作用効果ではない旨を主張する。
そこで検討すると,確かに,前記1(1)ウ及びオに記載の本件発明1の作用効果(本件明細書【0011】〜【0016】【0037】)は,上位CPUが本件発明1というモータ制御装置を動作させる方法による作用効果であるということもできなくはない。しかしながら,上位CPUは,本件発明1のモータ制御装置に対して直線補間や円弧補間等の所望の動作を指示する一方,駆動パルス自体は,当該指示に基づいて本件発明1が発生させるものであるから,上記作用効果は,本件発明1のモータ制御装置を前提として初めて達成できる作用効果である。


したがって,上記作用効果は,本件発明1の作用効果であるということができ,原告の上記主張は,採用できない。


4 小括

 以上によれば,本件発明1の特許請求の範囲は,本件発明1を明確に記載したものであり,本件明細書は,本件発明1を実施可能な程度に明確かつ十分に記載したものである。そして,本件審決には,一致点及び相違点2の一部について認定を誤る部分があるものの,相違点1の認定に誤りはなく,本件発明1の相違点2に係る構成のうち,動作モードとしてトレースモードを有する点については,引用例1にはこれを採用するに足りる示唆も動機付けもないから,当業者は,引用例1に基づいて本件発明1を容易に想到することができなかったものというべきである。そして,本件発明2ないし7は,いずれも,本件発明1に他の構成を付加するものであるから,本件発明1が容易に想到できなかったものである以上,当業者は,本件発明2ないし7についても,これらを容易に想到できなかったものというべきである。


 したがって,本件審判の請求が成り立たないとした本件審決の結論に誤りはない。』


 と判示されました。