●平成22(行ケ)10322 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟

本日は、『平成22(行ケ)10322 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「Rhoキナーゼ阻害剤とβ遮断薬からなる緑内障治療剤」平成23年06月09日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110615115959.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、取消事由1(引用発明1に基づく容易想到性の判断の誤り)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣、裁判官 障泄批チ規子、裁判官 齋藤巌)は、


『1 本件発明について

 本件明細書(甲27)によれば,本件発明は,最近,新たな作用機序に基づく緑内障治療剤としてRhoキナーゼ阻害剤が見出され,また,緑内障治療で眼圧下降作用を有する薬剤を組み合わせて使用することは以前から知られているという背景技術の下で,Rhoキナーゼ阻害剤とβ遮断薬との組合せによる緑内障治療剤としての有用性を見出すことを課題とするものである。これら薬剤の組合せによる効果を研究した結果,各薬剤の単独使用時と比較して眼圧下降作用が増強し,又はその作用の持続性が向上することが見出されたものであり,本件発明は,Rhoキナーゼ阻害剤として(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミドを,β遮断薬としてチモロールを組み合わせた緑内障治療剤に関するものである。


2 取消事由1(引用発明1に基づく容易想到性の判断の誤り)について

(1) 引用発明1の認定について

ア 引用例1の記載

 引用例1(甲1)は,発明の名称を「カルシウムアンタゴニストと公知の抗緑内障薬との組合せを含む眼局所用組成物」とする公表特許公報であり,発明の背景として,緑内障は,視野の減少を伴う視神経への障害で特徴付けられる疾患であり,眼圧の上昇を徴候とするものであること,緑内障は,眼圧を下降させることにより治療してきたが,脈絡膜,網膜及び眼神経線維への血流障害といった眼圧以外の因子も視野の減少の要因となることが記載されている。


 また,引用例1には,カルシウムアンタゴニストは,細胞外カルシウムの細胞内への移動を妨げることによりカルシウムイオンによる血管平滑筋の収縮を防ぎ,血管拡張を引き起こして血流量を増加し,網膜及び眼神経線維の虚血に対抗し得ると共に,虚血状態下で起こるカルシウム過負荷の有害な影響から細胞を保護し得るという,組織が受ける血管収縮性虚血に二重の利点を有し得ること,眼圧を下降させることもまた眼の血流増加を促進するので,カルシウムアンタゴニストと眼圧を下降させる化合物との組合せは,いずれか1つのものよりも広い保護作用を有することが記載されている。


 そして,引用例1には,好ましいカルシウムアンタゴニストとして220もの多数の化合物が列記されているところ,その中の1つに,HA 1077が記載されている。また,眼圧を下降させる化合物についても,縮瞳薬,交感神経作用薬,β−ブロッカー,炭酸脱水酵素インヒビターが含まれると記載されており,チモロール等多数の化合物が列記されている。


イ 原告の主張について

 原告は,HA 1077がカルシウムアンタゴニストであり,かつ,Rhoキナーゼ阻害剤であることは技術常識であったとして,引用例1におけるHA 1077の記載から,当業者はRhoキナーゼ阻害剤が記載されているに等しいものと認識することができたと主張する。


 しかし,引用例1には,上記アのとおり,カルシウムアンタゴニストの作用機序と緑内障治療の関係が説明されているのであって,Rhoキナーゼ阻害活性と緑内障治療についての開示は一切存在しない。


 そして,特許法29条2項により,同条1項3号にいう「刊行物に記載された発明」に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか否かを判断するに当たっては,同条1項3号に記載された発明について,まず刊行物に記載された事項から認定すべきである。引用例1には,緑内障治療にカルシウムアンタゴニスト活性を有する薬剤と眼圧を下降させる薬剤の併用が開示されているのみで,Rhoキナーゼ阻害活性と緑内障治療についての開示は一切存在しないことに照らすと,引用例1の記載に接した当業者は,たとえ,そこに記載された具体例の1つであるHA1077が,たまたまRhoキナーゼ阻害活性をも有するとしても,そのことをもって,引用例1に,Rhoキナーゼ阻害活性を有する薬剤と眼圧を下降させる薬剤を併用する緑内障治療が記載されているとまでは認識することができないというべきである。


 なお,特許出願時における技術常識を参酌することにより当業者が刊行物に記載されている事項から導き出せる事項は,同条1項3号に掲げる刊行物に記載されているに等しい事項ということができるが,刊行物に記載されたある性質を有する物質の中に,たまたまそれとは別のもう一つの性質を有するものが記載されていたとしても,直ちに当該刊行物に当該別の性質に係る物質が記載されているということはできず,このことは,むしろ,容易想到性の判断において斟酌されるべき事項である。

 よって,原告の上記主張は,採用することができない。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。