●平成22(行ケ)10246 審決取消請求事件「米糠を基質とした麹培養方

 本日は、『平成22(行ケ)10246 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「米糠を基質とした麹培養方法と玄米麹」平成23年04月27日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110428115853.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審判の棄却審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、まず、取消事由1(容易想到性判断の誤り)についての判断手法が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 武宮英子、裁判官 齊木教朗)は、


『当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消すべき違法はないものと考える。その理由は以下のとおりである。

1 取消事由1(容易想到性判断の誤り)について

 特許法29条2項所定の「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたとき」との要件は,無効審判を請求する請求人(本件では原告)において,主張,立証すべき責任を負う。


 そして,本件各発明について,当業者(その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者)が同条1項各号に該当する発明(以下「主たる引用発明」という場合がある。)に基づいて容易に発明をすることができたかは,通常,引用発明のうち,特許発明に最も近似する引用の発明から出発して,主たる引用発明以外の引用発明(以下「従たる引用発明」という場合がある。)及び技術常識ないし周知技術(その発明の属する技術分野における通常の知識)を考慮することにより,特許発明の主たる引用発明と相違する構成(特許発明の特徴的な構成)に到達することが容易であったか否かを基準として判断されるべきものである。


 ところで,上記の特許発明の主たる引用発明との相違する構成は,特許発明が目的とした課題を解決するために採用された構成であるから,特許発明の主たる引用発明と相違する構成に到達することが容易であったか否かの判断に当たっては,特許発明が目的とした解決課題及び解決手段の相違等を的確に検討することによって判断することが重要となる。


 上記の観点から,以下,本件各発明が特許法29条2項に該当する発明であるとの要件に該当する事実を,原告において主張,立証できたか否かについて,検討する。


 この点,原告の審判手続における主張等を総合しても,原告は,単に,甲5ないし7,18ないし21,特開2002−29994号公報等は挙げるものの

?どのような先行技術を「主たる引用発明」として,同項の要件充足性の主張,立証を試みようとしているのか,
?特定の先行技術を「主たる引用発明」として選択した場合に,本件各発明と当該先行技術との一致する構成及び相違する構成は何か,
?本件各発明における「主たる引用発明」との相違する構成が,解決課題及び解決手段との関係でどのような技術的な意義を有するのか,
?「主たる引用発明」と「従たる引用発明」を組み合わせることに支障があるか否かについて,

合理的な主張,立証をしていると評価することはできない。


 以上の点にかんがみると,「(本件各発明)は,請求人が提示したいずれの刊行物を組み合わせても,当業者が容易に発明できたものではない」とした審決の理由は,本訴における個別的具体的な検討をするまでもなく,正当であるといえる。


 以下,補足的事項を含めて詳述する。

(1) 事実認定(本件各発明の内容と原告が挙げる刊行物の記載)


 ・・・省略・・・


(2) 判断

 上記事実認定に基づいて判断する。

 上記(1)ア 認定の事実によれば,本件各発明は,麹菌の培養に当たり,白米部分や霊芝等を混ぜることなく,栄養価の高い米糠を単独で基質として使用する場合,麹菌が好気菌であることから,空気の流通性を確保する必要があるが,米糠は,粉状であるため,空気の流通性が悪く,麹菌が増殖できず,腐敗菌が増殖するという問題があり,そのような課題を前提として,その課題解決の方法として,「水分を加え粒子状に加工する」この構成を採用した発明であることが認められる。そして,本件明細書には,米糠を粒状にすることによって,保水性を高めるとともに,培養段階においては,空気の流通性を良くし,麹菌を働きやすくできること,粒子の大きさは,略2〜4mm(直径)の大きさであること,粒子状に造粒し,形を保持するためには,水分量の調整が大切であるが,湿度状態などにも大きく左右されるため,調整しながら水分量の増減を計ること等が併せて記載されている。


 これに対して,?甲18記載の発明は,胚芽の糖蛋白に種菌を用いて酵素を増加させて,体内の糖鎖に好影響を与える蛋白と,失活されていない酵素を多く含む食品の製造方法を提供することを課題とし,その解決のため,特に玄米の胚芽部位単独,あるいは胚芽と表皮の混合物を蒸し,これに,種菌を培養,熟成させた後,培養床の品温をあげて種菌を死滅させ,酵素群は失活させない品温で乾燥体としての健康食品を得る技術,?甲19記載の発明は,吸収性の低いフィチン酸を摂取しやすくすることを課題とし,その解決のため,米糠を蒸し,これに麹菌株群を培養,熟成させ,米糠麹を得て,麹菌を死滅させて乾燥体とし,麹菌株群が産生した酵素群が,酵素本来の触媒作用を喪失されていない状態で,そのまま含まれた乾燥米糠麹微粉末とし,これにフィチン酸を混合した組成物とする技術,?甲20,21記載の発明の課題も,同様に,米糠等の基質に,アスペルギルスオリーゼ菌株群などを培養,熟成させ,種菌は死滅させるが,種菌が産生する酵素群の触媒作用能力を喪失させない状態で乾燥粉末として,未失活酵素強化組成物ないし栄養補助組成物等を提供することに関する技術のみが開示されているにすぎない。


 上記のとおり,原告の挙げた刊行物には,米糠等の基質ないし副基質に水を加え,水を吸わせて膨潤させることは記載されていると認められるが,「粒子状に加工すること」については何ら記載されていないこと,甲18及び21には,好気菌の平均した培養を図るため,空気の流通をよくすることが記載されているが,そのことと,加水ないし造粒との関係については何ら記載も示唆もない。甲18ないし21には,米糠に「水分を加え粒子状に加工する」ことにより,保水性を高めるとともに,培養段階においては,空気の流通性を良くし,麹菌を働きやすくするという本件各発明の課題解決方法について,何ら記載及び示唆等はない。


 甲18ないし21は,本件各発明の解決課題及び課題解決手段おいて,全く異なる技術というべきである。


 この点,原告は,「水分を加え粒子状に加工する」ことは,本願出願前に周知の技術である「膨潤」の域を出ないから,当業者は,「水分を加え粒子状に加工する」との構成を容易に想到し得る旨主張する。しかし,粒を形成するための手段ないし工程が何ら示されていない表記中に「膨潤」との語が用いられた場合,米糠に水分を加えて体積を増加させると解することができたとしても,米糠を「粒子状に加工すること」ないし「『撹拌』や『粒子状に形成』ための工程を備える」技術が開示ないし示唆されているとまで理解することはできないというべきである。上記のとおり,本件各発明の「粒子状に加工する」ことは,空気の流通性を良くする目的で採用された構成であり,そのような技術的意義を有するのであるが,原告の主張する「膨潤」(甲18の段落【0030】,【0031】,甲20の段落【0020】,甲21の段落【0036】)に,そのような技術的な趣旨が示されていると合理的に解することはできない。原告の主張は採用できない。


 したがって,当業者にとって,本件発明1は,原告の指摘する公知文献から容易に想到できるとはいえないから,その余の点を判断するまでもなく,特許法29条2項に規定する要件を満たすとした審決の判断に誤りはなく,原告の主張は失当である。』


 と判示されました。