●平成22(行ケ)10110審決取消請求事件 特許権「エレベータ」(2)

 本日は、『平成22(行ケ)10110  審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「エレベータ」平成22年12月28日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101228140647.pdf)について取り上げます。


 本件では、取消事由2(本願発明についての容易想到性判断の誤り)について判断も参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 中平健、裁判官 知野明)は、

『2 取消事由2(本願発明についての容易想到性判断の誤り)について

 原告は,審決の引用文献2記載の技術の認定には誤りがあり,本願発明は,引用文献1記載の発明及び引用文献2記載の技術に基づいて容易に想到することができるものとはいえないと主張する。当裁判所は,原告の上記主張には理由があり,審決には,その結論に影響を及ぼす誤りがあるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。


(1) 当初明細書等の記載


 ・・・省略・・・


(4) 判断

ア前記(1)によれば,本願発明は,トラクションシーブの表面の被覆材が破壊されたり,消失したりするような異常事態となっても,エレベータの運転に必要な把持力を一時的に確保するように,材料のペアを形成するものであり,被覆材が破壊ないし消失してトラクションシーブとロープが接触すると,巻上ロープに加わるエレベータとカウンタウェイトの応力により,即時にトラクションシーブが変形し,巻上ロープがその中に食い込むことにより,エレベータの落下事故などを防止することを解決課題とするものであって,その解決のために,第2の2(1)記載の構成を採用した。


 他方,前記(2)によれば,引用文献1記載の発明2は,トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合に,巻上ロープがトラクションシーブに入り込んで把持力を確保し,トラクションシーブと巻上ロープが共同して安全確保手段を形成する点では,本願発明と一致しているものの,その構成は,U字形ないしV字形のトラクションシーブ溝の接触部で,くさび効果により,ロープとの強い摩擦力を得ることにより,エレベータの落下事故などを防止するものであって,「材料のペア」及び「即時のトラクションシーブの変形」に関する技術思想の記載又は開示はない。


 また,前記(3)によれば,引用文献2記載の技術においては,トラクションシーブの表面に被覆材がなく,トラクションシーブの溝の側面のみが,常にロープと接触する溝形状としたエレベータにおいて,巻上ロープ外層線がシーブとの繰り返し接触により徐々に塑性変形し,表面層が加工硬化してもろくなり,やがて断線に至ることを防止し,より耐摩耗性を高めることを解決課題として,シーブ及びロープの硬度を所定以上のものとする等の構成を採用したものである。


 以上のとおり,本願発明は,異常事態が発生した場合に,巻上ロープをトラクションシーブに食い込ませ,シーブとロープとの間に十分な把持力が得られるようにして,エレベータの機能及び信頼性を保証させるものであり,異常事態が発生したときにおける,一時的な把持力の確保を図ることを解決課題とするものである。


 また,引用文献1記載の発明2も,本願発明と同様に,何らかの原因よって高摩擦材が欠落するような異常事態が生じた場合を想定し,その際,ワイヤロープがU字形またはV字形のトラクションシーブ溝の接触部で接触し,この部分で摩擦力を得ることによって,エレベータ積載荷重を確保させることを解決課題とする発明である。


 これに対して,引用文献2記載の技術は,上記のような異常事態が発生した場合における把持力の確保という解決課題を全く想定していない。


 そうすると,本願発明における引用文献1記載の発明2との相違点に関する構成に至るために,引用文献2記載の技術を適用することは,困難であると解すべきである。


イこれに対し,被告は,引用文献2には,「シーブ3の摩耗寿命は1.8〜2.0倍に向上し」との記載があり,シーブの摩耗寿命が向上しているものの,なお摩耗寿命はあり,シーブが多少なりとも摩耗するものであること,また,引用文献2記載の技術においても,シーブにはロープから応力がかかることになり,硬度の高いロープが硬度の低いシーブの溝を摩耗させることにより,ロープがシーブの内部に入り込むことに照らすならば,食い込む状態になると主張する。


 しかし,被告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。すなわち,本願発明は,「食い込み」が生じる場合について,「摩擦係数を増大させる材料で被覆されたトラクションシーブ」を駆動装置に対して用いたエレベータにおいて,「被覆材が失われた後に」と特定しており,緊急事態に対応する場合であることが特定されているものと理解するのが合理的である。


 そうすると,長時間エレベータを使用した結果,経年変化によって摩耗が生じることと,トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合に巻上ロープがトラクションシーブに食い込むこととは,その前提において相違し,材料のペアを選択することによって確保しようとする目的においても相違するというべきであり,したがって,技術的な意義を異にすると解するのが合理的である。


 なお,被告は,本願補正発明についてではあるが,トラクションシーブの被覆材は,ロープの最大応力に耐えられるものの,トラクションシーブ本体は,ロープの最小応力にすら耐えられないような構成を想定することは困難である,当初明細書等には,綱溝形状によってロープが効果的に溝に食い込むことや,被覆材の下に設けた平行溝によってロープが確実に食い込むことが記載されているものの,トラクションシーブが最小応力にすら耐えられずに破損するのであれば,このような綱溝形状や平行溝を設ける意味はないなどとも主張する。


 しかし,トラクションシーブは,表面に被覆材を備える場合,ロープの応力を面として受け,その力がトラクションシーブにも面として伝えられるのに対し,被覆材が消失した場合,ロープの応力を線として受けることになるから,トラクションシーブの被覆材は,ロープの最大応力に耐えられるものの,トラクションシーブ本体は,ロープの最小応力に耐えられないような場合を想定することは困難とはいえない。また,本願発明において,ロープを効果的に溝に食い込ませる形状の綱溝や被覆材の下に平行溝が設けられているとしても,なおトラクションシーブに巻上ロープが食い込むことにより把持力が高まるとの構成が排除されるわけではない。


したがって,被告の上記主張は採用することができない。


ウ以上のとおり,本願発明は,引用文献1記載の発明及び引用文献2記載の技術に基づき,容易に着想することができたとはいえない。


3 結論

 以上によれば,原告の主張する取消事由1には理由がないが,取消事由2には理由があり,審決には,その結論に影響を及ぼす誤りがあることになる。
よって,原告の請求は理由があるから,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。