●平成22(行ケ)10187 審決取消請求事件「伸縮可撓管の移動規制装置

 本日は、『平成22(行ケ)10187 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「伸縮可撓管の移動規制装置」平成22年12月28日 知的財産高等裁判所 』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101228153609.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消を求めた審決取消請求事件で、その請求が認容された事案です。


 本件では、取消事由3(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)における進歩性の判断がとても参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 齊木教朗、裁判官 武宮英子)は、


『1 取消事由3(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)について


 当裁判所は,引用発明における,ボス12(取付片)の内側に配設した係合部材であるナット15に代えて,刊行物2記載の発明における低強度の締結ナット26Aを採用することにより,本願補正発明の相違点2に係る構成に想到することは,当業者において容易であったとはいえないから,これを容易であったとした審決の判断は,誤りであると判断する。


 本願補正発明が,特許法29条2項所定の要件を備えているか否かを判断するに当たっては,本願補正発明とこれに最も近い特定の引用発明とを対比し,本願補正発明の相違点に係る構成(技術的事項)について,当業者の出願時の技術常識等に照らして,引用発明から出発して容易に到達できたか否かを検討することによって判断される。ところで,以下のとおり,引用発明には,本願補正発明が目的としている技術的事項(「解決課題」及び「課題を達成するための手段」)についての記載は全く存在しないから,引用発明を基礎として,本件補正発明に至ることはないというべきである。


(1) 事実認定


 ・・・省略・・・


(2) 相違点2に係る容易想到性の判断

 上記事実認定を基礎にして,取付片の内側に配設した係合部材について,引用発明の(通常の)「ナット15」に代えて,引用例2記載の低強度の「ナット26A」を適用することにより,「前記流体輸送管に対して圧縮方向に,かつ前記タイロッドを変形させる異常荷重が作用したとき前記ナットのネジ部の変形または破壊により前記異常荷重を吸収する」との本願補正発明の係合部材に係る構成(相違点2に係る構成)に想到することが当業者において容易であったかについて検討する。


ア引用発明は,その脆弱部を補強する補強手段が,当該脆弱部を補強している補強状態から,当該脆弱部の補強を解除する補強解除状態へ切換操作可能に設けられている点を特徴的な構成としている。すなわち,運搬中や配管施工中においては,補強状態とすることによって,配管相互の相対移動を阻止することができ,施工後においては,補強解除状態へ切り換えることによって,わずかな衝撃力を受けただけでもその脆弱部(実施例の場合には切欠部16を有するロッド13)が破壊させることにより,外力を吸収させることを目的としている。引用発明は,実施例に示すとおり,配管施工後に補強状態を解除した場合には,切欠部16を有するロッド13自体が容易に破壊されるようにして,ケーシング管(以下「配管」と記載する場合がある。)が自由に相対移動できるようにした発明であるといえる(段落【0028】,別紙「刊行物1配管施工前参考図【図2】」及び「刊行物1配管施工後参考図【図3】」参照)。


 以上のとおり,引用発明では,ロッド13の破損を防止するという点,及び,ロッド13の破壊によって配管が突き破られることを防止するという点は,解決課題としていない。


 これに対して,本願補正発明は,取付片の内側に配設される係合部材(タイロッド端部のネジ部に螺挿されるナット30)が圧縮方向の異常荷重を受けたときに,内側の係合部材のみを変形又は破損させることによってその異常荷重を吸収して,タイロッド自体が変形又は破損しないようにすることを目的とする発明である。すなわち,本願補正発明は,配管施工後において,異常荷重を受けた場合であっても,伸縮可撓管又は配管の損傷を防止するというタイロッド本来の機能を維持させようとするものである。


 以上のとおり,本願補正発明は,引用発明と異なり,タイロッドに脆弱部を設けた上,脆弱部について,補強状態から補強解除状態への切換操作を可能とするとの構成を前提としていない。


イ引用発明においては,補強状態から補強解除状態への切換操作が可能であるとの特徴的構成を有し,配管施工後の補強解除状態において,異常荷重によってタイロッド自体を破壊させることによって,配管の相対移動を確保させている。


 これに対し,本願補正発明においては,タイロッドを補強する手段を設けることの記載はなく,運搬時及び配管施工後において,異常荷重を受けた場合には,取付片内側の低強度ナットの外力吸収機能を用いることによって,タイロッド自体の破損等は防止され,その維持されたタイロッド自体の外力吸収機能によって,更なる異常荷重を受けた場合であっても,伸縮可撓管又は配管自体の損傷を防止させることを目的としている。


 このように,引用発明と本願補正発明とは,発明の技術的思想,すなわち発明における解決課題及び課題解決手段を異にする。


 そうすると,たとえ地中に埋設する流体輸送管や管継手等には地震地盤沈下などによって変形や破損を引き起こすような大きな圧縮力に対する対応を図ることが課題として周知であり,かつ,低強度ナットに係る技術的事項が周知の技術であったとしても,引用例(刊行物1)に,審決が引用した先行技術である引用発明から出発して相違点2に係る本願補正発明の構成に到達するためにしたはずであるという示唆等が記載されていたと解することはできない。


(3) 被告の主張について

ア被告は,刊行物1には,「筒状体どうしを相対移動させようとする外力で破壊可能な脆弱部は,阻止手段を構成する部材の一部を他の部材よりも強度的に弱い材料で製作して構成しても良い。」(【0040】)と記載部分があり,また「前記阻止手段Bは,ケーシング管3各々の外周側に複数個(実施例では4個)のボス12を等間隔で環状に配置して一体形成するとともに,二個のケーシング管3のボス12どうしに亘って,これらのケーシング管3どうしを連結する連結部材としての雄ねじ14が形成されている鋼製ロッド13を挿通し,ボス12の各々とロッド13とを二個のナット15で締め付け固定して構成されている。」【0027】との記載があることに照らすならば,上記【0040】の記載部分は,阻止手段を構成する上記3種の部材,すなわち「ボス12」,「鋼製ロッド13」及び「二個のナット15」のうちのいずれかを脆弱部とすることを示唆するものであって,このうち「二個のナット15」の更に内側のナット1つを脆弱部とすることを直接示唆するものではないとしても,刊行物2に記載された脆弱部の構成を適用することについての阻害要因にはならないと主張する。


 しかし,被告の上記主張は,採用の限りでない。


 すなわち,引用発明は,補強状態から補強解除状態への切換操作が可能であるという第1の特徴的構成を有することを前提として,配管施工後においては,衝撃力を受けただけでタイロッド自体を破壊させることによって,配管の相互移動を自由にさせる発明であるのに対して,本願発明は,補強状態の切換操作の構成を有さず,タイロッド自体が一定範囲内の異常荷重を受けても破損しないようにすることを解決課題とするものであって,両者は,発明の解決課題の設定及び解決手段において,技術思想を異にすることにする。


 刊行物1の実施例には,切欠部16が示されているように,ロッド13自体を容易に破壊させるようにして,配管どうしが自由に相対移動できるようにさせるという課題を解決する発明のみが開示されていることに照らすならば,ロッド自体を破壊させる技術的思想と相反する目的で脆弱部を設ける技術的事項の開示はないと解するのが合理的である。


 したがって,被告の主張に係る段落【0040】の記載は,上記の解決課題及び解決手段の範囲における「ロッドに切欠部16を設ける代わりに,阻止手段を構成するロッドの一部を強度的に弱い材料とすることで脆弱部の部分を構成しても良い。」という技術を示しているに止まり,刊行物1に開示された全体の趣旨と離れて,ロッド以外の部分に脆弱部を設ける技術を示唆しているものではない。


 特許法29条2項への該当性を肯定するためには,先行技術から出発して当該発明の相違点に係る構成に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の相違点に係る構成に到達するためにしたはずであるという程度の示唆等の存在していたことが必要であるというべきところ,刊行物1の段落【0040】の記載は,刊行物2に記載された技術を適用することについて,「相違点に係る構成に到達したはずであるという程度の示唆等」を含む記載ということはできない。


イまた,被告は,脆弱部の補強手段については,移動規制装置に異常荷重として引っ張り力や圧縮力が作用するという課題に加えて,運搬途中や配管施工中等に不測の相対移動が発生することを防止する課題がある場合に設けるものであるから,当該脆弱部が低強度ナットである場合には,運搬途中や配管施工中等に不測の相対移動が発生することを防止する必要があれば低強度ナットをナット一般の補強手段又は保護手段で一時的に補強し,その必要がなければ補強手段を省く程度のことは当業者が適宜推考できると主張する。


 しかし,この点の被告の主張も採用の限りでない。すなわち,仮に上記補強手段の省略が当業者において容易であったとしても,引用発明が配管施工後のタイロッドの破壊を前提としているのに対し,本願補正発明は,配管施工後も一定範囲内の異常荷重である限りタイロッド自体が破損等しないことを目的としているという点で,その技術的思想を異にするものである以上,補強手段を省略することが容易であるとの上記主張は,結論に影響する反論とはいえない。


2 結論

 以上のとおり,原告主張の取消事由3(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)は理由がある。その他,被告が縷々主張するが,いずれも採用の限りでない。よって,その余の取消事由について判断するまでもなく,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。