● 2010年の気になった知財事件(当事者系)その2

 『2010年の気になった知財事件(当事者系)』として、次に、昨年の10/7の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20101007)で取り上げた、『平成21(ワ)31831 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「座椅子」平成22年10月01日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101006164518.pdf)があります。


 本件は、特許権侵害差止等請求事件で、被告製品が本件発明の技術的範囲に属すると判断しつつも、特許法第104条の3の特許無効の抗弁によりその請求が棄却された事案です。


 本件では、特許法第104条の3の特許無効の抗弁を認めていますので、この点について先に判断すれば、請求棄却となり、技術的範囲に属するか否かを判断する必要がないのですが、先に、「争点(1)(技術的範囲の属否)」として技術的範囲に属するか否かを判断しており、しかも、明細書における本件発明の目的や効果等の記載を参酌して、特許請求の範囲に記載された構成要件Bの「座面中央」の用語の意義を広め?に解釈し、「座面中央」はイ号の「座面前後の略2対1の比率位置」も含むと判断して、文理侵害を認めた点等で、とても参考になる事案かと思います。


 つまり、東京地裁(民事第40部 裁判長裁判官 岡本岳、裁判官 鈴木和典、裁判官 寺田利彦)は、


『1 争点(1)(技術的範囲の属否)について

(1) 被告製品が本件発明の構成要件A,Dを充足することについては,当事者間に争いがない。

(2) 構成要件Bの充足性について

ア被告製品を上方から見た場合,それが座面中央に位置しているものと直ちに評価できるかどうかはともかくとして,被告製品の座部が上方に向かって次第にその径を拡大する形状の中空孔80を有することは,当事者間に争いがない。


イ被告は,中空孔80の設置位置につき,「座部10を上から見たとき,その面の前後の略2対1の比率位置」に設定されているとして,中空孔80が構成要件Bでいうところの「座面中央」に位置することを否定する。


 しかし,この場合の「座面中央」とは,本件明細書の段落【0003】に記載されている本件発明の目的「本発明は,背部の傾斜角度如何に拘わらず,或いは長時間使用しても,初期の座り位置から位置ずれが生じ難い座椅子の提供を目的とする。」や,段落【0005】に記載されている本件発明の効果「本発明によれば,座部の座面に臀部が落ち込む円穴を設けてあるので,座面に対する臀部の前後左右方向(ここで前方とは足先方向をいう)の位置連れ(判決注:「位置ずれ」の誤記と認める。)を防止することができると共に,当該座面の表層カバー部材の直下に低反発クッション部材が配設してあるので,臀部の形状に相応した形状で臀部を座部に受けることができ,これによって更に位置ずれを防止することができると共に初期の座り心地を長時間にわたって保持することができる。」からすれば,その位置は厳密に解されるべきものではなく,要するに,座部の座面に臀部が落ち込む円穴を設けたこと自体で,座面に対する臀部の前後左右方向の位置ずれが防止できればよいのであって,そのためには,当該円穴の位置は,上記目的及び効果を達成できる程度の範囲をもって,座部の中央部の辺りに存在すればよいというべきである。


 そうすると,「前後の略2対1の比率位置」は,上記の意味合いで座部の中央部の辺りということができるから,被告製品の中空孔80は,構成要件Bとの対比においては,なお「座面中央」に位置するものと評価できる。


ウ被告は,構成要件Bの「座面側に向かって次第に拡大する形状の円穴」は,円穴に臀部が落ち込んだときでも,縁が角張った形の円穴となっておらず,開口上端側の縁に角が存在しない状態であることを前提とした記載と解釈するのが合理的であるとも主張する。


 しかし,本件明細書の段落【0002】記載の背景技術,段落【0007】記載の発明の効果及び段落【0012】記載の実施例の各記載内容からすれば,構成要件Bは,飽くまで平たんな座面に円穴を形成した場合と比べて,円穴の上端部の縁が「無用に」(すなわち不必要に)臀部に当たらず,心地よい座り感触を得られることを作用効果としているにすぎず,被告が主張するように,円穴に臀部が落ち込んだときでも,縁が角張った形の円穴となっておらず,開口上端部の縁に角が存在しない状態であることまでをその作用効果として求めているものとは解されない。


エ以上によれば,被告製品は,本件発明の構成要件Bを充足するものと認められる。


(3) 構成要件Cの充足性について


 ・・・省略・・・


(4) よって,被告製品は,本件発明の構成要件をすべて充足し,その技術的範囲に属するものと認められる。』


 と判示して、文理侵害を認めています。


 本件と少し違いますが、当業者の技術常識を参酌して実施例とは異なる態様のイ号も文理侵害とした、2008年の4/3の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080403)で取り上げた、『平成19(ワ)22449 特許権侵害行為差止等請求事件 特許権「ホースリール事件」平成20年03月31日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080403130354.pdf)の判断に近いような感もします。


 これら2件の侵害事件の判断は、文理侵害も均等侵害も認められなかった、●『平成21(ネ)10052 特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟「ドリップバッグ」平成22年01月25日 知的財産高等裁判所』 (http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100127083523.pdf)の判断と比較すると、大きく違うように思います。