●平成21(ワ)13824 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟

 本日は、『平成21(ワ)13824 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「蓋体及びこの蓋体を備える容器並びにこの蓋体を成型する金型装置及びこの蓋体の製造方法」平成22年11月25日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101206105806.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権侵害差止等請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、均等侵害の成否についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、大阪地裁(第21民事部 裁判長裁判官 森崎英二、裁判官 達野ゆき、裁判官 山下隼人)は、

『(3) 均等侵害の成否

ア原告は,被告各製品が構成要件Eの「フラップ部は,前記一の領域の縁部に一体的に接続する基端部を備える」との要件を充足しないとしても,フラップ部基端部を色付領域とロゴ領域が接する段差部分に形成する構成を備える被告各容器は,本件特許権の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,本件各特許発明の技術的範囲に属すると解すべき旨を主張する。


被告各製品に特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,?該部分が特許発明の本質的部分ではなく,?該部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,?このように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,?対象製品が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,?対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないことの5つの要件(以下,順に「第1ないし第5要件」という。)を充足するのであれば,被告各製品は本件特許権の特許請求の範囲に記載された構成と均等であり,本件各特許発明の技術的範囲に属するということができる最高裁第三小法廷平成10年2月24日判決・民集52巻1号113頁参照)。


ウそこで,まず上記5要件のうち,第1要件について検討するため,本件各特許発明の本質的部分について検討すると,以下の点が指摘できる。


(ア) 本件明細書の【発明が解決しようとする課題】には「・・・特許文献1に開示される容器は,従来の使用上の不便性を解消する優れた機能を発揮するが,製造コストが高いという問題点を有する。なぜなら,特許文献1の蓋体(L)は,多くの工程を要する2段成型プロセスを経て製造されるからである。」(段落【0007】),「図16に示す容器(C)は,2段成型プロセスを用いることなしに製造可能であるので,工程の煩雑さが低減される。しかしながら,尚,組み立て工程が必要とされ,十分に製造コストの低減を図ることはできない。更に,図16に示す容器(C)は,他の問題を招来する。即ち,フラップ部(F)と蓋体(L)は,組み立て工程により一体化されているものの,本来的には別個の部品である。したがって,長期間使用している間に,フラップ部(F)が蓋体(L)から外れてしまうという問題が発生する。フラップ部(F)を再装着可能な構造を採用することにより,フラップ部(F)が蓋体(L)から外れるという問題を緩和できるが,蓋体(L)から外れたフラップ部( F) を紛失した場合には, 最早, 修復不可能である。」(段落【0009】),「本発明は,上記実情を鑑みてなされたものであって,煩雑な製造プロセスを要することなしに製造可能な蓋体を提供することを目的とする。本発明の他の目的は,蓋体からフラップ部が外れることのない蓋体を提供することである。本発明は,更に,このような蓋体を利用した容器を提供する。」(段落【0010】)と記載されており,これらの記載は,フラップ部に関する構成が,本件各特許発明が解決しようとする課題に直接結びついてることを示しているといえる。


(イ) そして,証拠(乙4,乙8ないし乙10)によれば,公知技術に関し,?本件特許の優先日前に発行された乙8公報には,「食材を収容する容器の開口部を閉塞する蓋であって,前記蓋の外周輪郭形状を定めるととともに,前記容器の前記開口部を形成する前記容器の縁部と嵌合するように隆起した周縁部と,該周縁部により囲まれる領域内部において,周縁領域から離間して隆起する隆起領域を備え,周縁部の隆起は,前記隆起領域よりも高い蓋体」(乙8発明)が記載されていること,?電子レンジ対応の容器の蓋体に,空気抜き穴と,空気抜き穴を閉塞可能な突起部を備えるフラップ部と,フラップ部を収容する凹領域を形成することは本件技術分野において技術常識であったこと,?本件特許の優先日前に発行された乙4公報には,容器の蓋体として,ヒンジ蓋3(フラップ部に相当するもの)を一体的に成形しているものが記載されていること,以上の事実が認められ,これら公知技術の内容に照らせば,蓋体にフラップ部を配設する手段として「一の領域の縁部」に一体的に接続する基端部を備えるという構成を採用したことが,従来技術には見られない本件各特許発明の特徴であるということができる。


(ウ) 以上を総合すると,本件各特許発明は,蓋体にフラップ部を設けるという公知の構成を前提に,煩雑な製造プロセスを要することなく製造可能であり,蓋体からフラップ部が外れることのない蓋体を提供することを目的として,フラップ部が「一の領域の縁部」に一体的に接続する基端部を備えるという構成を採用したものであり,この点に本件各特許発明の課題解決のための手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分があると認められ,上記構成が本件各特許発明の本質的部分であると解される。


 そうすると,被告各製品のフラップ部が「一の領域」の縁部ではなく,その内部に一体的に接続する基端部を備えているという相違点は,本件各特許発明の本質的部分に係る相違というべきであることになるから,被告各製品は,本件特許の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものという原告の主張は採用できないことになる。


エこれに対し,原告は,本件各特許発明の本質的部分は,一体成型によるフラップ付きの食材加熱容器を効果的に製造すべく,フラップ部基端部を溶融樹脂が流入する際の助走区間となる段差のある部分に接続する形で設けたことにあるとし,フラップ部基端部を色付領域とロゴ領域が接する段差部分に形成するという被告各製品の解決手段は,本件各特許発明における解決手段の原理と実質的に同一の原理に属するものであるから,被告各製品は,本件各特許発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等である旨の主張をする。


 しかしながら,一体成型によるフラップ付きの食材加熱容器を効果的に製造すべく,フラップ部基端部を溶融樹脂が流入する際の助走区間となる段差のある部分に接続する形で設けたという原告主張にかかる解決手段の原理は,原告が公知技術を引用してなされた拒絶理由通知を受けてした補正手続に際して提出した意見書(乙5)において,引用された公知技術との差異として記載されているにすぎないものである。


 すなわち,本件明細書中には,煩瑣な製造プロセスをなくすという解決課題は明示されているものの,そこからさらに進んで,上記意見書に記載されたような溶融樹脂の流入を効率よくするという具体的な解決課題は記載されておらず,またフラップ部が「一の領域の縁部」に接続する基端部を備えることが,上記の効果をもたらし,その課題についての解決方法になることを示唆する記載も全くない。


 そもそも特許法が,発明と出願による公開と引き換えに特許権を付与する仕組みを採用していることからするならば,均等の範囲に及んで特許権としての保護を受けるためには,当然,その本質的部分とされるべき技術的思想が明細書に開示されていなければならないことはもとより明らかなことである。


 そうすると,明細書に明示されていないが出願手続中の意見書にだけ表れた記載に基づいて本件特許発明の本質的部分を認定して,これに基づいて被告各製品が本件特許発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等であるということはできないということになるから,均等を主張する原告の上記主張はこの点で既に採用できない(原告がいう本件各特許発明の本質的部分によれば,フラップ部の基端部が接続される段差のある部分は,溶融樹脂がフラップ部に流入する際の助走区間となることが前提となるが,本件明細書中,【発明を実施するための最良の形態】の図6に示された溶融樹脂を射出する射出口は,フラップ部の基端部が接続された段差のある側ではなくフラップが垂直に起立する側にあるから,射出口から射出された溶融樹脂が段差のある部分にいかなる態様で流出し,そこから段差のある部分を助走路としてフラップ部に流入するか,その詳細は明らかではないといえる。また射出口との位置関係をおいたとしても,段差のある部分は,「一の領域」と中間領域の接続する部分に形成されるところ,中間領域は,「一の領域」よりも低い位置関係にあるから,その位置関係からしても,フラップに溶融樹脂が流入する経路が,高い位置にある「一の領域」側からではなく低位置の中間領域側から段差のある部分を助走路として流入するという説明もにわかに理解し難い。)。


オさらに上記(1)オで検討した本件特許請求の範囲の補正の経緯に鑑みれば,原告は,本件特許の出願手続において,フラップ部の基端部を「一の領域の縁部」に限定し,反射的にフラップ部の基端部を「一の領域」の別の場所に配置する構成を意識的に除外したものということができるから,「一の領域」の内部にフラップ部の基端部を配置した被告各製品の構成は,本件各特許発明の特許請求の範囲から意識的に除外されたものということができる。


 そうすると,被告各製品が本件各特許発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等であるかという点については,上記イの第5要件も充足しないものということにもなる。


カしたがって,被告各製品が,本件特許の特許請求の範囲記載の構成と均等である旨の原告主張は採用できない。


(4) 以上に検討したとおり,被告各蓋体が本件特許発明1の技術的範囲に属するとは認められず,被告各容器も本件特許発明2の技術的範囲に属するとは認められない。


 したがって,被告各製品を製造販売等する被告の行為は原告の本件特許権を侵害するものではない。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。