●平成21(ワ)7718特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「餅」

 本日は、『平成21(ワ)7718 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「餅」平成22年11月30日 東京地方裁判所 (http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101203173939.pdf)について取り上げます。


 本件は、切り餅の「切り込み」について争われた特許権侵害差止等請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、まず、争点1(技術的範囲の属否)についての判断、すなわち明細書に記載された発明の目的や作用効果を参酌した構成要件Bの充足性についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第46部 裁判長裁判官 大鷹一郎、裁判官 大西勝滋、裁判官 石神有吾)は、


『1 争点1(技術的範囲の属否)について

(1) 構成要件Bの充足性について

本件発明の特許請求の範囲(請求項1)は,前記第2の2(3)アのとおりであり,これを構成要件に分説すると,「焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の」(構成要件A),「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,」(構成要件B),「この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として, 」( 構成要件C),「焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した」(構成要件D),「ことを特徴とする餅。」(構成要件E)となる。


 そして,被告製品(別紙物件目録1ないし5記載の各食品。ただし,「切餅」)は,前記第2の2(4)イの構成aないしdを有しており,また,被告製品が本件発明の構成要件A,C及びEを充足することは争いがない。そこで,まず,被告製品が構成要件Bを充足するかどうかについて判断することとする。


 この点について原告は,被告製品の構成b2によれば,別紙被告製品図面(斜視図)のとおり,被告製品には,上面17及び下面16に挟まれた側周表面12の対向する二長辺部に切り込み部13が設けられており,切り込み部13は,本件発明の構成要件Bの「上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する・・・複数の切り込み部を設け」るに該当するから,構成要件Bを充足すると主張する。


 これに対し被告は,構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,・・・切り込み部又は溝部を設け」との文言は,「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けずに,「小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面」のみに切り込み部等を設けることを意味するものであり,被告製品の構成b1によれば,被告製品には,上面17及び下面16に切り込み部18が設けられているから,構成要件Bを充足しない旨主張して争っている。


ア構成要件Bの解釈

(ア) 本件明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」には,以下のような記載がある。


 ・・・省略・・・


(イ) 前記(ア)の各記載を総合すれば,本件明細書には,?従来,餅を焼いて食べる場合,加熱時の膨化によって内部の餅が外部へ突然膨れ出て下方へ流れ落ち,焼き網を汚すなどの問題があったこと(前記(ア)a),?この加熱時の膨化による噴き出しを制御するため,従来の米菓で行われていたように,餅の表面に数条の切り込みや交差させた切り込みを入れることも考えられたが,その場合には,切り込みによって膨化部位が特定され,突発噴き出しを抑制することはできるものの,焼き上がった後の当該切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなり,実に忌避すべき状態となってしまい,生のつき立て餅をパックした切餅への実用化がためらわれるという課題があったこと(前記(ア)b),?「本発明」は,「切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」るようにすること,しかも「切り込みの設定によっては,焼き上がった餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく,逆に自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また現に美味しく食することができる画期的な焼き上がり形状となり,また今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができ餅の消費量を飛躍的に増大させることも期待できる極めて画期的な餅を提供すること」を目的とし(前記(ア)c),上記?の課題を解決するための手段として,切り込みを,「単に餅の平坦上面(平坦頂面)に直線状に数本形成したり,X状や+状に交差形成したり,あるいは格子状に多数形成したりするのではなく,上側表面部の立直側面である側周表面に周方向に形成」する構成を採用したこと(前記(ア)d,f),?「本発明」は,上記?のような構成を採用したことにより,「切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」るなどの作用効果を奏すること(前記(ア)g,h),?上記?の「焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」る作用効果は,具体的には,「切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく,オーブン天火による火力が弱い位置にあるため忌避すべき焼き形状とならない場合が多く,膨化によってこの切り込みの上側が下側に対して持ち上がり,この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならないという」作用効果を意味すること(前記(ア)i,j)が記載されていることが認められる。


(イ) そして,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び前記(イ)の本件明細書の記載事項を総合すれば,本件発明は,「切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化でき」るようにすることなどを目的とし,切餅の切り込み部等(切り込み部又は溝部)の設定部位を,従来考えられていた餅の平坦上面(平坦頂面)ではなく,「上側表面部の立直側面である側周表面に周方向に形成」する構成を採用したことにより,焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,「切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べて見えにくい部位にあるというだけでなく,オーブン天火による火力が弱い位置にあるため,焼き上がった後の切り込み部位が人肌での傷跡のような忌避すべき焼き形状とならない場合が多い」などの作用効果を奏することに技術的意義があるというべきであるから,本件発明の構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,・・・切り込み部又は溝部を設け」との文言は,切り込み部等を設ける切餅の部位が,「上側表面部の立直側面である側周表面」であることを特定するのみならず,「載置底面又は平坦上面」ではないことをも並列的に述べるもの,すなわち,切餅の「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けず,「上側表面部の立直側面である側周表面」に切り込み部等を設けることを意味するものと解するのが相当である。


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。