●平成22(行ケ)10024審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「遊技機」

 本日は、『平成22(行ケ)10024 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「遊技機」平成22年10月28日 知的財産高等裁判所 』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101028135349.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審判の棄却審決の取り消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、取消事由1(新規事項追加による違法な訂正)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 中平健、裁判官 知野明)は、


『1 取消事由1(新規事項追加による違法な訂正)について

(1) 当裁判所は,本件訂正について,本件基準明細書(特許請求の範囲を含む。以下同じ。)又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものと認めることができ,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項の範囲内において」するものと判断する。以下,その理由を述べる。


(2) 特許法134条の2第5項により準用する同法126条3項は,訂正が許されるためには,いわゆる訂正の目的要件を充足するだけでは足りず,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項の範囲内」であることを要するものと定めている。


 法が,いわゆる目的要件以外に,そのような要件を定めた理由は,訂正により特許権者の利益を確保することは,発明を保護する上で重要ではあるが,他方,新たな技術的事項が付加されることによって,第三者に不測の不利益が生じることを避けるべきであるという要請を考慮したものであって,特許権者と第三者との衡平を確保するためのものといえる。


 このように,訂正が許されるためには,いわゆる目的要件を充足することの外に,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項の範囲内」であることを要するとした趣旨が,第三者に対する不測の損害の発生を防止し,特許権者と第三者との衡平を確保する点にあることに照らすならば,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項の範囲内」であるか否かは,訂正に係る事項が,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面の特定の箇所に直接的又は明示的な記載があるか否かを基準に判断するのではなく,当業者において,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべてを総合することによって導かれる技術的事項(すなわち,当業者において,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべてを総合することによって,認識できる技術的事項)との関係で,新たな技術的事項を導入するものであるか否かを基準に判断するのが相当である知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10563号平成20年5月30日判決,同平成22年(行ケ)第10019号平成22年7月15日判決参照。)。


(3) これを本件訂正についてみるに,本件訂正の内容は,前記第2の2(2)のとおりであり,「遊技制御基板と表示制御基板との間の信号」を「遊技制御基板と表示制御基板との間の全ての信号」(判決注・訂正部分は下線部分)と訂正することを含むものである。そこで,以下,上記訂正部分が,本件基準明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で,何らかの新たな技術的事項を導入するものであったか否かを検討する。


(4) 本件基準明細書には,以下の記載がある。


 ・・・省略・・・


(5) 本件基準明細書添付の図16によれば,メイン基板および表示制御基板における表示制御コマンドデータ送受信に関わる部分を示す回路図には,表示制御コマンドデータ及びストローブ信号がバッファ回路105及び63を介して表示制御用CPU101に入力することが開示されている。


(6) 前記(4),(5)によれば,本件基準明細書又は図面に記載された発明は,回路基板改造による不正行為の防止を課題とし,上記不正行為を効果的に防止して不正行為を受けにくくする遊技機を提供することを目的としており(前記段落【0006】【0007】),遊技制御基板からの信号の入力のみを可能とする信号伝達方向規制手段を表示制御基板に設けるとともに,表示制御基板への信号の出力のみを可能とする信号伝達方向規制手段を遊技制御基板に搭載する構成とし(図16),更に信号伝達方向規制手段をバッファIC回路で構成していることが認められる(前記段落【0060】)。これにより,本件基準明細書又は図面に記載された発明は,表示制御基板側から遊技制御基板側に信号が伝わることなく,確実に信号の不可逆性を達成することができるようにしており,表示制御基板改造による不正行為を効果的に防止するものである(前記段落【0094】【0095】【0096】)。


 そうすると,本件基準明細書又は図面のすべての記載を総合すると,本件基準明細書又は図面に記載された遊技機は,当業者において,不正行為を防止するため,遊技制御基板から表示制御基板への信号の伝達のみを可能とし,表示制御基板側から遊技制御基板側に信号が伝わる余地がないよう,確実に信号の不可逆性を達成することができるように構成していること,すなわち,信号の不可逆性に例外を設けないとの技術的事項が記載されていると認定するのが合理的である。そうすると同技術的事項との関係において,「遊技制御基板と表示制御基板との間のすべての信号について,信号の伝達方向を前記遊技制御基板から前記表示制御基板への一方向に規制する」ことは,新たな技術的事項を導入するものであるとはいえない。


 これに対し,原告は,甲3記載の発明について,メイン制御部からサブ制御部へのすべての信号を規制の対象としていないと解釈するならば,本件基準明細書についても同様に解釈するべきであり,本件訂正は,新たな技術的事項を導入するものに当たると主張する。


 しかし,前記のとおり,訂正の適否の判断において,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項の範囲内」であるか否かは,当業者において,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべてを総合することによって,認識できる技術的事項との関係で,新たな技術的事項を導入するものであるか否かを基準に判断すべきものであり,他の公知文献等の解釈により判断が左右されるものではないから,上記原告の主張は採用することができない。


 したがって,遊技制御基板と表示制御基板との間の「信号」を「全ての信号」と限定する本件訂正は,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項の範囲内」においてするものということができるので,審決が本件訂正を認めた点に違法はない。』


 と判示されました。


 『「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項の範囲内」であるか否かは,訂正に係る事項が,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面の特定の箇所に直接的又は明示的な記載があるか否かを基準に判断するのではなく,当業者において,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべてを総合することによって導かれる技術的事項(すなわち,当業者において,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべてを総合することによって,認識できる技術的事項)との関係で,新たな技術的事項を導入するものであるか否かを基準に判断するのが相当である知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10563号平成20年5月30日判決,同平成22年(行ケ)第10019号平成22年7月15日判決参照。)。』

 というのがポイントですね。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。