●平成22(行ケ)10019審決取消請求事件 特許権「モールドモータ」(再

 本日は、先日取り上げた、●『平成22(行ケ)10024 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「遊技機」平成22年10月28日 知的財産高等裁判所 』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101028135349.pdf)中で引用されていた、●『平成22(行ケ)10019 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「モールドモータ」平成22年07月15日 知的財産高等裁判所(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100716090324.pdf)について、再度取り上げます。


 本件は、訂正審判の棄却審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が認容され、審決が取り消された事案です。


 本件では、訂正審判における「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲」の意義についての判断が参考になります。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 齊木教朗、裁判官 武宮英子)は、

『当裁判所は,本件訂正は,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものと認めることができ,本件訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものであるということができるから,この点を否定した審決の判断には,誤りがあると判断する。以下,その理由を述べる。


1 はじめに

 本件特許は,平成4年7月13日に出願されたものであるから,その訂正審判請求の可否は,平成6年改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)126条1項に基づいて判断されるところ,同項には,「特許権者は,第百二十三条第一項の審判が特許庁に係属している場合を除き,願書に添付した明細書又は図面の訂正をすることについて審判を請求することができる。ただし,その訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならず,かつ,次に掲げる事項を目的とするものに限る。

一特許請求の範囲の減縮
二誤記の訂正
三明りょうでない記載の釈明」

と規定されている。

 審決は,本件訂正審判請求について,「訂正事項aは,特許明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である『歯部』について『内周側が連結された』とあったのを『内周側が絶縁性樹脂を介して連結された』と限定するものであって,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当」(審決書4頁15行〜18行)すると認定し,本件訂正が,いわゆる訂正の目的要件に適合することを認めている(この点は,当事者間に争いはない。)。その上で,審決は,内周側が絶縁性樹脂を介して連結されたとする本件訂正が,「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」のものであるか否かを判断している。


 そうすると,本件訂正前の請求項1記載の発明における「内周側が連結された歯部」は,「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」と「内周側が絶縁性樹脂を介さないで連結された歯部」との両方を含んでいたことについて,本件訴訟において,当事者間に争いはないことになる。


2 「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲」の意義について

 旧特許法126条1項は,訂正が許されるためには,いわゆる訂正の目的要件(本件では特許請求の範囲の減縮)を充足するだけでは足りず,「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」であることを要するものと定めている。


 法が,いわゆる目的要件以外に,そのような要件を定めた理由は,訂正により特許権者の利益を確保することは,発明を保護する上で重要ではあるが,他方,新たな技術的事項が付加されることによって,第三者に対する不測の不利益が生じることを避けるべきであるという要請を考慮したものであって,特許権者と第三者との衡平を確保するためのものといえる。


 このように,訂正が許されるためには,いわゆる目的要件を充足することの外に,「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」であることを要するとした趣旨が,第三者に対する不測の損害の発生を防止し,特許権者と第三者との衡平を確保する点にあることに照らすならば,「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」であるか否かは,訂正に係る事項が,願書に添付された明細書又は図面の特定の箇所に直接的又は明示的な記載があるか否かを基準に判断するのではなく,当業者において,明細書又は図面のすべてを総合することによって導かれる技術的事項(すなわち,当業者において,明細書又は図面のすべてを総合することによって,認識できる技術的事項)との関係で,新たな技術的事項を導入するものであるか否かを基準に判断するのが相当である知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10563号平成20年5月30日判決参照)。


3 本件訂正について

 そこで,審決が,「内周側が連結された歯部」を「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」とする本件訂正について,一方では,特許請求の範囲の減縮に当たることを認めた(すなわち,訂正前には,「内周側が連結された歯部」を「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」と「内周側が絶縁性樹脂を介さないで連結された歯部」の両者を含むことを認めた)上で,他方では,本件訂正が「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」に該当しないと判断した点の当否について検討する。


 そして,前記のとおり,その検討に当たっては,当該明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で,何らかの新たな技術的事項を導入するものであったかどうかをみていくこととする。


(1) 事実認定

 本件訂正前の本件特許明細書の発明の詳細な説明には,次の記載がある(甲5)。


 ・・・省略・・・


(2)判断

ア本件訂正前の本件特許明細書の上記記載中の本件発明の作用・効果等の記載に照らすならば,?本件発明を特徴づけている技術的構成は,特許請求の範囲の記載(請求項1)中の「継鉄部と,外周側が開放され内周側が連結された歯部とに分割されるとともに,前記歯部にコイルが巻装され,かつ,前記継鉄部と歯部とが,プレス抜きの後積層されて,一体的に構成されるステータコアと,前記ステータコアをインサート成形した絶縁性樹脂からなるフレームと,前記フレームに嵌合固定するブラケットとを有するモールドモータにおいて」までの部分にあるのではなく,むしろ,これに続いて記載されている「前記コイルの巻装形状を,コイルエンドの軸方向端面の外周側を平坦面にするとともに,コイルエンドの軸方向端面の内周側にテーパを形成した台形状とし,かつ,前記フレームのコイルエンドの軸方向端部の平坦面と接する部分の厚みを薄くし,前記コイルエンドと前記ブラケットとを,肉厚のきわめて薄い樹脂製のフレームからなる細隙を介して対向させたことを特徴とするモールドモータ。」との部分にあると解されるところ,本件特許明細書の「内周側が連結された歯部」との構成は,前段部分に記載されていること,?そして,「歯部」は,「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」のみに限定された範囲のものであったとしても,「内周側が絶縁性樹脂を介さないで連結された歯部」を含む範囲のものであったとしても,本件発明の上記作用効果,すなわち,歯部間におけるコイルのスペースファクタを高くし,コイルの冷却を良好にすることにより,モータ特性を向上させ,モータの全長を短くするとの作用効果との関係においては,何らかの影響を及ぼすものとはいえないことが,それぞれ認められる。



イ被告は,本件特許明細書の【図2】及び【図4】には,「歯部の内周側が絶縁性樹脂を介して連結されること」が明確に示されているとはいえない点を,本件訂正が「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」の訂正であることを否定する根拠としている。


 しかし,訂正が,上記要件を充足するか否かは,明細書の実施例に図示されているか否かという形式的な観点から判断すべきではなく,当該明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で,第三者に不測の損害を生じる可能性があると推測できるような,新たな技術的事項を導入したか否かを実質的に判断すべきであるから,被告の主張は採用の限りでない


 この点,被告は,本件において,「絶縁性樹脂を介して連結された歯部」とする訂正を認めると,本件特許明細書の記載から予測できない範囲に特許権の効力が及ぶことになり,第三者に不測の損害を与えかねないと主張する。


 しかし,被告は,第三者に不測の損害を与えかねないような新たな技術的事項の内容を,何ら明らかにしていないので,被告の主張は採用できない。


 また,審決では,本件訂正が「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当すると判断しており,「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」も本件訂正前の請求項1記載の発明に含まれることを認めているのであって,本件においては,本件訂正がされたからといって,第三者に不測の損害を与える可能性のある新たな技術的事項が付加されたことを,想定することは困難である。


ウしたがって,「内周側が連結された歯部」(本件において,同構成が「内周側が絶縁性樹脂を介さないで連結された歯部」及び「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」を含むことについては,争いがない。)を「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」とした本件訂正は,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではないというべきである。


(3) 小括

 以上によれば,旧特許法126条1項ただし書の規定のうち,「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」との要件に適合しないことを理由とする審決の認定判断,すなわち,「訂正事項aが,本件特許明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものとはいえない。したがって,訂正事項aは,特許明細書等に記載した事項の範囲内においてなされたものとは認められない。」(審決書7頁26行〜30行)とした審決の認定判断には,誤りがある(なお,訂正事項bについての審決の判断も同様に誤りがあることになる。)。その他,被告は,縷々反論するが,いずれも採用の限りでない。


4 結論

 原告主張の取消事由には理由があるから,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 本件を読むと、知財高裁の考える「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲」の意義というものが、良く理解できるものと思います。


 また、本質的なことではありませんが、本件では、

しかし,訂正が,上記要件を充足するか否かは,明細書の実施例に図示されているか否かという形式的な観点から判断すべきではなく,当該明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で,第三者に不測の損害を生じる可能性があると推測できるような,新たな技術的事項を導入したか否かを実質的に判断すべきであるから,被告の主張は採用の限りでない。


また,審決では,本件訂正が「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当すると判断しており,「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」も本件訂正前の請求項1記載の発明に含まれることを認めているのであって,本件においては,本件訂正がされたからといって,第三者に不測の損害を与える可能性のある新たな技術的事項が付加されたことを,想定することは困難である。」、

 という判示が新しく、面白いと思います。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。