●平成21(ワ)31831特許権侵害差止等請求事件 民事訴訟「座椅子」(1)

 本日は、『平成21(ワ)31831 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「座椅子」平成22年10月01日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20101006164518.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権侵害差止等請求事件で、被告製品が本件発明の技術的範囲に属すると判断しつつも、特許法第104条の3の特許無効の抗弁によりその請求が棄却された事案です。


 本件では、まず、争点(1)(技術的範囲の属否)についての判断において、明細書における本件発明の目的や効果等の記載を参酌して、特許請求の範囲に記載された構成要件Bの「座面中央」の用語の意義を広め?に解釈し、イ号の「前後の略2対1の比率位置」も含むと判断した点等で、とても参考になる事案かと思います。


 なお、本件では、本件特許発明の構成要件は、次のように分説されています。

『A 座部と前記座部に対して傾倒自在な背部とを備えた座椅子において,
 B 前記座部は,座面中央に座面側に向かって次第に拡大する形状の円穴を有するとともに,
 C 当該座部の垂直断面において上面側表層カバー部材の直下に円穴の内周面側から座部の外周面側にかけてその長さ方向の中央が高く全体として弧状になるように配設された低反発クッション部材
 D を有することを特徴とする座椅子。』

 
 つまり、東京地裁(民事第40部 裁判長裁判官 岡本岳、裁判官 鈴木和典、裁判官 寺田利彦)は、


『1 争点(1)(技術的範囲の属否)について

(1) 被告製品が本件発明の構成要件A,Dを充足することについては,当事者間に争いがない。

(2) 構成要件Bの充足性について

ア被告製品を上方から見た場合,それが座面中央に位置しているものと直ちに評価できるかどうかはともかくとして,被告製品の座部が上方に向かって次第にその径を拡大する形状の中空孔80を有することは,当事者間に争いがない。


イ被告は,中空孔80の設置位置につき,「座部10を上から見たとき,その面の前後の略2対1の比率位置」に設定されているとして,中空孔80が構成要件Bでいうところの「座面中央」に位置することを否定する。


 しかし,この場合の「座面中央」とは,本件明細書の段落【0003】に記載されている本件発明の目的「本発明は,背部の傾斜角度如何に拘わらず,或いは長時間使用しても,初期の座り位置から位置ずれが生じ難い座椅子の提供を目的とする。」や,段落【0005】に記載されている本件発明の効果「本発明によれば,座部の座面に臀部が落ち込む円穴を設けてあるので,座面に対する臀部の前後左右方向(ここで前方とは足先方向をいう)の位置連れ(判決注:「位置ずれ」の誤記と認める。)を防止することができると共に,当該座面の表層カバー部材の直下に低反発クッション部材が配設してあるので,臀部の形状に相応した形状で臀部を座部に受けることができ,これによって更に位置ずれを防止することができると共に初期の座り心地を長時間にわたって保持することができる。」からすれば,その位置は厳密に解されるべきものではなく,要するに,座部の座面に臀部が落ち込む円穴を設けたこと自体で,座面に対する臀部の前後左右方向の位置ずれが防止できればよいのであって,そのためには,当該円穴の位置は,上記目的及び効果を達成できる程度の範囲をもって,座部の中央部の辺りに存在すればよいというべきである。


 そうすると,「前後の略2対1の比率位置」は,上記の意味合いで座部の中央部の辺りということができるから,被告製品の中空孔80は,構成要件Bとの対比においては,なお「座面中央」に位置するものと評価できる。


ウ被告は,構成要件Bの「座面側に向かって次第に拡大する形状の円穴」は,円穴に臀部が落ち込んだときでも,縁が角張った形の円穴となっておらず,開口上端側の縁に角が存在しない状態であることを前提とした記載と解釈するのが合理的であるとも主張する。


 しかし,本件明細書の段落【0002】記載の背景技術,段落【0007】記載の発明の効果及び段落【0012】記載の実施例の各記載内容からすれば,構成要件Bは,飽くまで平たんな座面に円穴を形成した場合と比べて,円穴の上端部の縁が「無用に」(すなわち不必要に)臀部に当たらず,心地よい座り感触を得られることを作用効果としているにすぎず,被告が主張するように,円穴に臀部が落ち込んだときでも,縁が角張った形の円穴となっておらず,開口上端部の縁に角が存在しない状態であることまでをその作用効果として求めているものとは解されない。


エ以上によれば,被告製品は,本件発明の構成要件Bを充足するものと認められる。


(3) 構成要件Cの充足性について

ア被告製品の形態は,別紙添付図1〜6に図示するとおり(前記第2の2(4))であって,これによれば,(ア) 前記座部10には,座部側フレーム31に固定された外径が大きく内径が小さく形成された体積の大きい大芯材41及びその上に配設された外径が大芯材41よりも小さく内径が大芯材41よりも大きく形成された体積の小さい小芯材42が同心円状に配置固定されており,(イ) 大芯材41及びその上の小芯材42は,それらの露出する上面側に低反発材50が,空気層101,102,103を介して,かつ,大芯材41の下面を覆う低弾性材60の端部に接合されて,低反発材50に張力を付与した状態で配設されていることが認められる。


イ被告は構成要 件Cの「全体として弧状」の「全体」は,「低反発クッション部材」が「板状全体」という意味ではなく,「中層クッション部材6の外表面を含んでの全体」と解釈するのが合理的である旨主張する。


 しかし,本件明細書の記載によれば,構成要件Cは,必ずしも中間クッション層を念頭に置いているとは認められず,そこでいう「全体として弧状」とは,飽くまで作成された座部において低反発クッション部材がどのような形状を呈しているかを規定したものと理解される。


 また,被告は,仮に構成要件Cの「全体として弧状」の「全体」が「低反発クッション部材」の「板状全体」という意味であるとしても,構成要件Cの「全体として弧状」の構成を有していない旨主張するが,上記認定の被告製品の形態を見れば,被告製品の低反発材50は,被告が主張するように内面側に変形が見られるものの,全体としては弧状を呈していると評価できる。


ウ 以上によれば,被告製品は,本件発明の構成要件Cを充足するものと認められる。


(4) よって,被告製品は,本件発明の構成要件をすべて充足し,その技術的範囲に属するものと認められる。』

 
 と判示されました。


 特許法第104条の3の特許無効の抗弁の判断については、明日取り上げます。