●平成22(行ケ)10036 審決取消請求事件 特許権「医療用器具」(1)

 本日は、『平成22(行ケ)10036 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「医療用器具」平成22年09月28日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100928161230.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審判の棄却審決の取り消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、まず、1 取消事由1(旧法36条5項1号に係る判断の誤り)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 齊木教朗、裁判官 武宮英子)は、


『1 取消事由1(旧法36条5項1号に係る判断の誤り)について

 当裁判所は,請求項1中の「該環状部材は,・・・縫合糸挿入用穿刺針の中心軸またはその延長線が,環状部材の内部を貫通するように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びる」との構成について,本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載がされていると理解することができるから,旧法36条5項柱書及び1号(「・・・特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。・・・特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」)の要件に適合すると判断する。その理由は,以下のとおりである。


(1)本件特許請求の範囲と本件特許明細書の記載

 本件特許発明(請求項1)に係る特許請求の範囲の記載は,第2の2記載のとおりである。


 ・・・省略・・・


(2) 判断

ア 旧法36条5項1号は,「特許請求の範囲」の記載について,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」を要件としている。


 同号は,特許権者は,業として特許発明の実施をする権利を専有すると規定され,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した明細書の「特許請求の範囲の記載」に基づいて定めなければならないと規定されていること(特許法68条,旧法70条)を実効ならしめるために設けられた規定である。


 同号は,「特許請求の範囲」の記載が,「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項の範囲を超えるような場合に,そのような広範な技術的範囲にまで独占権を付与するならば,当該技術を公開した範囲で,公開の代償として独占権を付与するという特許制度の目的を逸脱することになるため,そのような特許請求の範囲の記載を許容しないものとした規定である。


 例えば,「発明の詳細な説明」における「実施例」として記載された実施態様等に照らして,限定的で狭い範囲の技術的事項のみが開示されているにもかかわらず,「特許請求の範囲」に,その技術的事項を超えた,広範な技術的範囲を含む記載がされているような場合には,同号に違反することになる。


 このように,旧法36条5項1号の規定は,「特許請求の範囲」の記載について,「発明の詳細な説明」の記載と対比して,広すぎる独占権の付与を排除する趣旨で設けられたものである。


 以上の趣旨に照らすならば,旧法36条5項1号所定の「特許請求の範囲の記載が,・・・特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものである」か否かを判断するに当たっては,その前提として「発明の詳細な説明」の記載がどのような技術的事項を開示しているかを把握することが必要となる。


 なお,上記のとおり,「特許請求の範囲」に,発明の詳細な説明に記載,開示がされていない技術的事項を含む記載は許されないが,そのことは,「特許請求の範囲」に,およそ機能的な文言が用いられることが,一切許されないことを意味するものでない。


 上記の観点から,本件特許発明1の内容と発明の詳細な説明の記載において開示された技術的事項とを対比・検討する。


イ 本件特許発明1に係る請求項1においては,「該環状部材は,・・・縫合糸挿入用穿刺針の中心軸またはその延長線が,環状部材の内部を貫通するように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びる」ことを必須の構成とする旨記載されている。


 他方,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,上記構成を実現するための方法については,以下のような説明がある。


(ア)「スタイレット4の環状部材5が,確実に縫合糸挿入用穿刺針方向に延びるようにするために,縫合糸把持用穿刺針2の先端の刃面は,図1に示すように,縫合糸挿入用穿刺針3方向に向かって開口していることが好ましい。」,「図1に示すような,刃面部分を含む先端部が,湾曲したものを用いてもよい。このようにすれば,より確実に,後述するスタイレット4の環状部材5が,縫合糸挿入用穿刺針方向に延びるようにすることができる。」(段落【0012】)


(イ)「そして,スタイレット4の環状部材5は,穿刺針2の先端より突出した状態において,図1および図2に示すように,縫合糸挿入用穿刺針3の中心軸またはその延長線が,環状部材5の内部を貫通するように縫合糸挿入用穿刺針3方向に延びるように形成されている。具体的には,図1に示すように,環状部材5は,棒状部材13の先端にある程度の角度をもって固定されており,さらに,環状部材5は,側面から見た状態にて,中央部または中央部より若干先端側部分が底部となる湾曲形状となっていることが好ましい。このように形成することにより,縫合糸挿入用穿刺針3の中心軸またはその延長線が,より確実に環状部材5の内部を貫通するようになる。さらに,環状部材5の先端部は,ほぼ先端を中心とするV字またはU字状となっており,距離が狭くなった縫合糸把持部14を形成していることが好ましい。このような,縫合糸把持部14を設けることにより,縫合糸挿入用穿刺針3より突出する縫合糸12をより確実に,把持することができる。」(段落【0015】)


(ウ)「さらに,図1および図2に示すように,スタイレットハブ9にリブ16を設け,穿刺針ハブ7にこのリブ16と係合するスリット17を設け,縫合糸把持用穿刺針2内に,完全にスタイレット4を挿入した状態が確定されるようにすることが好ましい。このようにすることにより,スタイレット4の環状部材5が,確実に縫合糸挿入用穿刺針3方向を向くようにすることができる。」(段落【0016】)


 上記(ア)ないし(ウ)の記載によれば,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,挿入針の中心軸又は延長線が環状部材の内部を貫通するという構成を実現するための技術的手段が,具体的に記載されており,特許請求の範囲(請求項1)に記載された技術内容は,発明の詳細な説明に開示された技術的事項を超えるものではない。


 よって,本件特許発明1に係る特許請求の範囲の記載が旧法36条5項1号の要件に適合するとした審決の判断に誤りはない。


ウ これに対し,原告らは,中央部又は中央部より若干先端側部分が底部となる湾曲形状の湾曲をやや強くする構成を採った場合には,環状部材が縫合糸把持用穿刺針から押し出されたときに,環状部材縫合糸挿入用穿刺針の側面に衝突してしまい,環状部材の円環平面内部に縫合糸挿入用穿刺針を位置させる目的(縫合糸挿入用穿刺針の「中心軸」が環状部材の内部を貫通する目的)を達成できない場合がある旨主張する。


 しかし,原告らの主張は採用の限りでない。すなわち,本件特許明細書の前記各記載の技術的事項に照らせば,縫合糸挿入用穿刺針の中心軸が該環状部材の内部を貫通するように,該環状部材が該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びることは十分にあり得ることであり,当業者にとっては,そのことが発明の詳細な説明において記載されていると理解されるから,原告らの主張は,採用の限りでない。』


 と判示されました。