●平成21(行ケ)10434 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟

 本日は、『平成21(行ケ)10434 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「伸縮性トップシートを有する吸収性物品」平成22年08月31日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100901101316.pdf)について取上げます。


 本件は、拒絶審決の取り消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、法36条6項2号の解釈,適用の誤りについての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯 村 敏 明、裁判官 齊 木 教 朗、裁判官 武 宮 英 子)は、


『1 法36条6項2号の解釈,適用の誤りについて

 当裁判所は,本願各補正発明が法36条6項2号に違反し,独立特許要件を欠くとして本件補正を却下した審決には,法36条6項2号の解釈,適用について誤りがあるから,取り消されるべきであると判断する。その理由は,以下のとおりである。


(1) 審決の理由について

 法36条6項2号に関する審決の判断の内容は,前記第2の3のとおりである。すなわち,審決は,「本願補正発明1は,トップシートの糞便が通過できる開口が設けられた吸収性物品において,当該吸収性物品の適用中に開口の位置合わせを適切に行うことを課題とするものであるといえる。また,本願補正発明1で規定されている,『伸張時短縮物品長Ls』は,上記(b)において定義されており,当該記載からすると,『伸張時短縮物品長Ls』は,物品の各横断方向各末端部から,物品の全長(弛緩した状態で)の20%又は30%の幅(例えば,物品の長手方向軸線に平行な寸法)を有する横断方向のストリップを取り除くことによって決定された,残りの60%又は40%の短縮物品部分を,温度を23℃で一定に保ち,湿度を50%に保ち,20Nの力が加えられる瞬間まで,物品が水平な長手方向に引張られた時の長さであると解される。そして,『伸張時短縮物品長Ls』と『第1負荷力』及び『第2負荷軽減力』との関係により物品の弾性力を特定することに関して,上記(c)に記載がなされている。しかしながら,上記(c)の記載,さらには,全文補正明細書全体の記載を参酌しても,上記(b)のように定義される『伸張時短縮物品長Ls』と『第1負荷力』及び『第2負荷軽減力』との関係により物品の弾性力を特定することが,吸収性物品の機能,特性,さらには,上記(a)に記載された課題と,どのように関連するのか明確でなく,また,『0.25Lsで0.6N未満の第1負荷力,0.55Lsで3.5N未満の第1負荷力,及び0.8Lsで7.0N未満の第1負荷力,並びに0.55Lsで0.4N超の第2負荷軽減力,及び0.80Lsで1.4N超の第2負荷軽減力』とすることによりもたらされる作用効果も明確でない。してみれば,本願補正発明1において,『伸張時短縮物品長Ls』を用いて,『第1負荷力』及び『第2負荷軽減力』との関係で物品の弾性特性を特定することの技術的意味が明確でなく,本願補正発明1を不明確にしている。また,本願補正発明1を引用する本願補正発明2乃至4についても同様に不明確である。」(審決書6頁3行〜31行)とするものである。


(2) 法36条6項2号の趣旨について

 法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,仮に,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。


 そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきことはいうまでもない。


 上記のとおり,法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関して,「特許を受けようとする発明が明確であること。」を要件としているが,同号の趣旨は,それに尽きるのであって,その他,発明に係る機能,特性,解決課題又は作用効果等の記載等を要件としているわけではない。


 この点,発明の詳細な説明の記載については,法36条4項において,「経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」と規定されていたものであり,同4項の趣旨を受けて定められた経済産業省令(平成14年8月1日経済産業省令第94号による改正前の特許法施行規則24条の2)においては,「特許法第三十六条第四項の経済産業省令で定めるところによる記載は,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」と規定されていたことに照らせば,発明の解決課題やその解決手段,その他当業者において発明の技術上の意義を理解するために必要な事項は,法36条4項への適合性判断において考慮されるものとするのが特許法の趣旨であるものと解される。


 また,発明の作用効果についても,発明の詳細な説明の記載要件に係る特許法36条4項について,平成6年法律第116号による改正により,発明の詳細な説明の記載の自由度を担保し,国際的調和を図る観点から,「その実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」とのみ定められ,発明の作用効果の記載が必ずしも必要な記載とはされなくなったが,同改正前の特許法36条4項においては,「発明の目的,構成及び効果」を記載することが必要とされていた。


 このような特許法の趣旨等を総合すると,法36条6項2号を解釈するに当たって,特許請求の範囲の記載に,発明に係る機能,特性,解決課題ないし作用効果との関係での技術的意味が示されていることを求めることは許されないというべきである。


 仮に,法36条6項2号を解釈するに当たり,特許請求の範囲の記載に,発明に係る機能,特性,解決課題ないし作用効果との関係で技術的意味が示されていることを要件とするように解釈するとするならば,法36条4項への適合性の要件を法36条6項2号への適合性の要件として,重複的に要求することになり,同一の事項が複数の特許要件の不適合理由とされることになり,公平を欠いた不当な結果を招来することになる。


 上記観点から,本願各補正発明の法36条6項2号適合性について検討する。


 ・・・省略・・・・


ウ判断


 そうすると,「伸張時短縮物品長Ls」又は「収縮時短縮物品長Lc」と関連させつつ,吸収性物品の弾性特性を「第1負荷力」及び「第2負荷軽減力」により特定する本願各補正発明に係る特許請求の範囲の記載は,当業者において,本願補正明細書(図面を含む。)を参照して理解することにより,その技術的範囲は明確であり,第三者に対して不測の不利益を及ぼすほどに不明確な内容は含んでいない。


 上記のとおりであるから,「伸張時短縮物品長Ls」と「第1負荷力」及び「第2負荷軽減力」との関係(本願補正発明1),「収縮時短縮物品長Lc」と「伸長時短縮物品長Ls」との関係(本願補正発明2)によって,弾性力を特定したことが,吸収性物品の機能,特性,発明の解決課題とどのように関連するのか,作用効果が不明であることを理由として,本願各補正発明に係る特許請求の範囲の記載が,法36条6項2号に反するとした審決には,同項同号の解釈,適用を誤った違法があるというべきである。


エ 被告の主張に対して

 この点,被告は,本願各補正発明の特許請求の範囲の記載は,どのような大きさ,形状,材質とすれば,本願各補正発明で特定されている弾性体に係る構成を充足することになるのか,当業者において理解することができないから不明確であると主張する。


 しかし,前記のとおり,特許請求の範囲に記載された弾性体に係る構成は,発明の詳細な説明において明確に定義されているといえるから,被告の上記主張は採用の限りでない。


 また,被告は,本願補正明細書に基づいて,吸収性物品の技術常識(技術水準)を構成する一般的な吸収性物品(従来技術)の「第1負荷力」や「第2負荷軽減力」がどのような特性のものであるのかを理解することができず,本願各補正発明を特定するパラメータと技術水準との関係を理解することができない以上,本願各補正発明を「第1負荷力」や「第2負荷軽減力」により特定しても,その技術的意味を把握することができないと主張する。


 しかし,「第1負荷力」や「第2負荷軽減力」が明確に定義され,本願各補正発明の構成による技術的範囲が明確である限り,第三者に不測の不利益を与えることはなく,従来の技術水準と比較した本願各補正発明の構成の技術的意味は,法36条6項2号に反するか否かの問題とはなり得ないから,被告の主張は,採用の限りでない。


 さらに,被告は,第三者は,自己の製品が本願各補正発明の技術的範囲に属するか否かについて,実験等を実施せざるを得なくなり,不測の不利益を受ける危険性があるから,本願各補正発明に係る特許請求の範囲の記載は不明確であると主張する。


 しかし,?被告の主張どおり,実験等によって,本願各補正発明の技術的範囲に含まれるか否かを確認することができるのであれば,それは,すなわち,特許請求の範囲が明確であることを意味していること,?およそ,特許請求の範囲に,どのような構成が記載されたとしても,第三者が自己の製品を製造,販売等をするに当たり,当該製品が特許発明の特許請求の範囲に記載された構成を具備するか否かを確認する作業(実験や計測等を含む。)は必須であり,そのような作業が必要であるからという理由によって,当該特許請求の範囲の記載が不明確であり,法36条6項2号に反するとはいえないこと等に照らすならば,被告の主張は,その主張自体失当である。


 その他,被告は縷々主張するが,いずれも採用の限りでない。


2 結論

 以上によれば,原告主張の取消事由は理由があるから,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。