●平成20(ワ)8761 意匠権侵害差止等請求事件 意匠権 民事訴訟

 本日は、『平成20(ワ)8761 意匠権侵害差止等請求事件 意匠権 民事訴訟「測量地点明示プレート」平成22年08月26日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100831152311.pdf)について取り上げます。


 本件は、意匠権侵害差止等請求事件で、その請求が一部認容された事案です。


 本件では、登録意匠の類否判断が参考になるかと思います。


 つまり、大阪地裁(第26民事部 裁判長裁判官 山田陽三、裁判官 達野ゆき、裁判官 北岡裕章)は、

『(4) 本件登録意匠1の要部

 登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものである(意匠法24条2項)。

 したがって,その判断にあたっては,意匠に係る物品の性質,用途,使用態様,さらには公知意匠にない新規な創作部分の存否等を参酌して,需要者の注意を惹き付ける部分を要部として把握した上で,両意匠が要部において構成態様を共通にするか否かを中心に観察し,全体として美感を共通にするか否かを判断すべきである。


 以下,本件登録意匠1の要部を検討する。

ア 測量地点明示プレートの性質,用途,使用態様

 測量地点明示プレートは,測量地点に設置して位置情報を明示する金属標に使用されるものであり,その金属標を設置する業者等が需要者であるが,前提事実(4)の経緯により,測量地点明示プレートは,ICタグを収容できるものが使用されることとなった。


 このため,需要者は,測量地点明示プレートの取引にあたり,設置時の表示状態だけでなく,ICタグのデータの読み取り方法等を考慮するものであり,通常,上方あるいは斜め上方からの観察を中心としつつも,ICタグの収容状況や,電磁波の読み取りに関連する切り込み部分の状況を含めた,全体的な観察を行うと考えられる。


イ公知意匠本件登録意匠1の出願日(平成18年1月6日)より前に存在したICタグなどを装着する金属物(マーカー,データネイルなど)に関する公知意匠としては,ICタグを装着する金属製構造物の周壁に,内部と外側面を連通する切り欠き部を設ける構成(乙4),データネイルの周壁に,細幅のスリットを設ける構成(乙5),RFID釘の周壁に,読み取り用に十字の切り込みを設ける構成(乙6)などがある。


 なお,測量地点明示プレートに係る公知意匠としては,本件登録意匠1の出願日より前である平成17年7月21日に国土地理院において設置されたサンプル75が存在しているが,地面に埋め込まれる形で設置されていたため,少なくとも証拠上は,地表に現れた,本体の外周に接して円形の孔を設け,そこからICタグを露出させている点に関する形状が認識可能であったことが認められるに過ぎない(甲10)。


 また,本件登録意匠1の出願日前に,上記形状以外の構成が公知であったとしても,その内容は上下面を貫通して略円筒状にくり抜かれた収容孔を有していないものである(甲19の1〜3)。


ウ要部

 前記イによれば,本件登録意匠1の構成態様のうち,サンプル75に見られる,プレート本体の外周に接して円形の孔を設け,そこからICタグを露出させることや,乙4ないし6に見られる,周壁に縦に細溝状の切り込み部を設けることは,いずれも本件登録意匠1の出願日より前に公知であったと認められる。


 もっとも,上記各公知意匠には,外周面に近接して設けられた,プレートの上下面を貫通して略円筒状にくり抜かれた収容孔や,収容孔から外周面への縦の細溝状切り込み部は表現されていないところ,これらの形状は,斜め上方から見た場合に,上面から外周面にかけて視認され,視覚的に目立ち,かつ,本件登録意匠1の出願日より前において,測量地点明示プレートの分野において見られなかった特徴的な構成態様であるから,需要者の格別の注意を惹くものといえる。


 また,プレートの上面に形成される収容孔と切り込み部分からなる形状は,プレートを道路に埋設した後も上方から観察することができる部分であり,需要者の注意を惹くものといえる。


 一方,全体がやや肉厚の円盤状であること,上面の中心に十字状の線模様を施していることは,どちらもありふれたものといえるし,底面の中心にアンカーボルトの固定用凹部を形成していることは,通常は目に触れない部分における,機能的な構成態様に過ぎないといえるから,いずれも需要者の注意を惹くものではない。さらに,収容孔の内側に段差を形成している点については,ICタグが収容孔から上に抜け出てしまわないよう,口径を変えて段差を設けていると考えられ,その段差をどのように設けるかは,機能的にはICタグが収容孔から上へ抜け出ないようにするための手段の選択に過ぎず,収容孔の内側の段差や口径の比率自体が需要者の注意を直接的に惹くものとは認めがたい。


 したがって,本件登録意匠1の要部は,外周面に近接した位置で,上下面を貫通して略円筒状にくり抜かれた収容孔,上下面を貫通して設けられた収容孔から外周面へ通じる垂直状の細幅の切り込み部,収容孔の上面の各形状であると認められる。


(5) 本件登録意匠1と被告旧プレート意匠との類否判断

 前記(4)ウの要部について,本件登録意匠1と被告旧プレート意匠を対比し,共通点及び差異点を抽出して類否判断を行うと,次のようになる。


ア共通点

(ア) 収容孔の位置及び態様

 両意匠とも,外周面に近接して,上下面を貫通してICタグを収容する,略円筒状にくり抜かれた収容孔を設けている。


(イ) 切り込み部の形成

 両意匠とも,収容孔から外周面へ縦に細溝状の切り込み部を形成している。なお,被告は,本件登録意匠1とは異なり,被告旧プレート意匠では切り込み部にICタグが収容されない点を問題にするが,意匠自体を対比するにあたり,意匠に係る物品でないICタグがどの部分に収容されるかは,問題とならないというべきである(被告の主張からも窺えるように,ICタグの形状は,必ずしも,収容孔と切り込み部分によって形成される形状に100%合うように限定されているわけでない。)。


(ウ) 収容孔と切り込み部分の形状(上面側)

 両意匠とも,収容孔の上面は,収容孔に段差を設け,収容孔底面の口径に比べ小さい口径の円形をなし,これに切り込み部分が外周面に向かって伸びている。外周面に向かって伸びる切り込み部分の幅はほぼ同じである。


イ差異点

(ア) 収容孔の縮径の程度

 収容孔の上面側と底面側との口径比が,本件登録意匠1では約1:2であるのに対し,被告旧プレート意匠では約7:9であり,本件登録意匠1の方が,被告旧プレート意匠よりも縮径の程度が大きい。


(イ) 収容孔と切り込み部の形状(上面側)

 前記(ア)の結果,収容孔本体の位置と切り込み部の形成の点で共通しているにもかかわらず(前記ア(ア),(イ)),本件登録意匠1の上面では,収容孔の口径が,被告旧プレート意匠のそれより小さく,切り込み部分と一体となって鍵穴をイメージさせるのに対し,被告旧プレート意匠の上面では,鍵穴はイメージされない。


ウ類否判断

(ア)共通点について

 前記アのとおり,本件登録意匠1と被告旧プレート意匠は,外周面に近接して,上下面を貫通してICタグを収容する,略円筒状にくり抜かれた収容孔を設けている点,収容孔から外周面へ縦に細溝状の切り込み部を形成している点,収容孔の上面の口径を小さくしている点で共通している。


 そして,これらの共通点は,いずれも本件登録意匠1を特徴づけるものであり,その視覚的効果は,意匠全体として,両意匠に共通した美感を起こさせるといえる。


(イ)差異点について

 一方,前記イのとおり ,両意匠は,収容孔の縮径の程度(差異点(ア))を異にし,その結果,上面側における収容孔と切り込み部からなる形状(差異点(イ))も異にする。


 しかしながら,差異点(ア)は,視覚的に十分識別できる程度の違いとはいえ,上面と底面を同時に見ることはできないから,看者はこれを,収容孔の縮径として捉える以上に,上面における収容孔と切り込み部の形状,底面における収容孔と切り込み部の形状として,それぞれ独立して認識すると考えられる。そうすると,前者は差異点(イ)に収斂されるし,後者は,通常の観察方向である斜め上方から観察した場合に得られる印象と比べ,看者に与える印象の度合いが小さいため,全体的な美感に影響を及ぼさないといえる。


 そして,差異点(イ)は,結局のところ,上下面を貫通する収容孔においてICタグが上に抜け出ないように段差を設けた結果,収容孔上面における口径の大きさを異にし,切り込み部との組み合わせにおける大きさの比率を異にしているものに過ぎず,むしろ,外周面に近接して収容孔を設けている点(共通点(ア))や,収容孔から外周面へ縦に細溝状の切り込み部を設けている点(共通点(イ))が,その新規性と相まって,看者に強い印象を与えているといえ,収容孔と切り込み部との大きさの比率及びその結果としての上面における形状の差異(鍵穴型をイメージするか否か)が,この印象を凌駕するほど大きなものであるとは認めがたい。


 なお,被告が主張する,ICタグの存在により,原告プレートと被告旧プレートとの混同が生ずるおそれがないとの点は,意匠自体の類否を判断するにあたって考慮されるべき要素ではない。


(ウ) 結論

 以上のとおり,被告旧プレート意匠においては,本件登録意匠1との共通点から受ける印象が,差異点に係る具体的な形状の違いから受ける印象を凌駕しており,両意匠が視覚を通じて起こさせる全体としての美感を共通にしているということができる。


 したがって,被告旧プレート意匠は,本件登録意匠1と類似すると認められる。

(6) 本件登録意匠1と被告新プレート意匠との対比

 前記(4)ウの要部について,本件登録意匠1と被告新プレート意匠を対比し,共通点及び差異点を抽出して類否判断を行うと,次のようになる。


ア共通点

 被告旧プレート意匠に係る共通点と同じである(前記(5)ア)。ただし,収容孔から外周面への切り込み部分の下側は,後記イ(イ)のとおり,異なっている。


イ差異点

 被告旧プレート意匠に係る差異点に加え,次の差異点が認められる。


(ア) 切り込み部周辺の形状(上面側)

 切り込み部は,本件登録意匠1では1本の線状であるのに対し,被告新プレート意匠では,切り込み部の両側に並行に沿って,2本の浅い細溝が形成されている。


(イ) 切り込み部の形状(側面側)

 切り込み部の外周面における形状が,本件登録意匠1では直線状であるのに対し,被告新プレート意匠では,やや下部で左右に分岐する逆T字状である。


ウ類否判断

(ア)共通点について

 前記アの共通点のみをみる限り,前記(5)ウ(ア)で述べたとおり,両意匠に共通した美感を起こさせるといえる。


(イ) 差異点について

 しかし,被告新プレート意匠では,本件登録意匠1とは異なり,切り込み部の両側に並行に沿って,2本の浅い細溝が設けられているため(前記イ(ア)),深さこそ異なるものの,斜め上方から見た場合は,あたかも3本の切り込み部が形成されているかのような印象を看者に与える。


 また,切り込み部形成箇所の外周面を,斜め上方あるいは側面から見た場合,本件登録意匠1における直線状と,被告新プレート意匠における,やや下部で左右に分岐する逆T字状とでは,看者に与える印象が大きく異なる。

 
 したがって,両意匠は,本件登録意匠1において特徴的であり,需要者が特に注目する,全体的な美感に影響を及ぼす部分において,視覚的な印象を異にするといえる。


(ウ) 結論

 以上のとおり,被告新プレート意匠は,切り込み部周辺の形状や,外周面における切り込み部の形状において,本件登録意匠1や,これと類似すると認められる被告旧プレート意匠とは異なる,特徴的な構成態様を有している。そして,この差異点から受ける印象は,本件登録意匠1との共通点から受ける印象を凌駕していると認められるから,被告新プレート意匠は,本件登録意匠1が視覚を通じて起こさせる全体としての美感を共通にしているとはいえない。


 なお,原告プレートも被告新プレートも,どのような意匠を採用するにせよ,ICタグの情報を読み取り可能であることが前提とされており,差異点に係る意匠が機能とは無関係な装飾的なものであることによって,上記結論が左右されるものではない。


 したがって,被告新プレート意匠は,本件登録意匠1と類似するとは認められない。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。