●平成21(行ケ)10304 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟

 本日は、『平成21(行ケ)10304 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「溶剤等の攪拌・脱泡方法とその装置」平成22年07月28日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100802131118.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審判の棄却審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、取消事由2(本件訂正発明1の容易想到性についての判断の誤り)、および取消事由3(本件訂正発明2の容易想到性についての判断の誤り)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 裁判長裁判官 中野哲弘、裁判官 清水節、裁判官 古谷健二郎)は、


『3 引用発明1の意義

(1) 一方,引用発明1が審決認定(18頁下2行〜19頁5行)のとおりのものであることは,当事者間に争いがなく,引用例1(甲 1)には,以下の記載がある。


 ・・・省略・・・


(2) 上記(1)の記載によれば,引用発明1は,真空状態にした混煉容器を,駆動モーターで公転させるとともに,駆動モーターか又はこれとは異なる他の駆動機により自転させて,被混煉材を混煉し脱泡させるための装置であり,その混煉のための運転条件は,被混煉材の種類や要求される温度上昇の制限などの条件に合わせて予め設定されているものと認められる。


 また,引用例1には,混練脱泡装置において,しばしば混練脱泡作業中の被混練材の攪拌により温度上昇が生じて問題となることが明示されており,その温度上昇を押さえるために,混煉容器のみを真空にすることだけでなく,冷却用ファンを設ける方法についても開示されている。したがって,引用発明1は,真空状態にある混煉容器を自転・公転させて被混煉材を混煉脱泡する際に,当該容器の温度上昇を制限する必要があるという技術課題を開示しているものと認められる。


 被混練材の攪拌により温度上昇が生じて問題となることが明示されており,その温度上昇を押さえるために,混煉容器のみを真空にすることだけでなく,冷却用ファンを設ける方法についても開示されている。したがって,引用発明1は,真空状態にある混煉容器を自転・公転させて被混煉材を混煉脱泡する際に,当該容器の温度上昇を制限する必要があるという技術課題を開示しているものと認められる。


4 引用発明2の意義

(1) また,引用発明2について,引用例2(甲2)には,以下の記載がある。


 ・・・省略・・・


(2) 上記(1)の記載によれば,引用発明2は,複数のトナー原材料を混合する方法に関するものであって,混合時にトナー原材料が攪拌による摩擦熱によって温度が上昇するのに対応するために,ホッパー内に投入されたトナー原材料を,モーターの回転駆動により攪拌部材を回転させて混合する際,ホッパーの上面に設けた温度センサーによりホッパー内の温度を測定する旨の構成を採用し,モーターを高速回転させて攪拌部材により各トナー原材料を混合させる場合,混合時の各トナー材料の摩擦熱によりホッパー内の温度が上昇し所定の上限値に達したことを検知すると,モーターの回転速度を低速に切り替え,その後温度が低下して下限設定値の達すると,再び高速回転に切り替えて混合を行うように制御しており,これによりトナー原材料が所定の温度範囲に維持された状態で攪拌混合できるようにしたものと認められる。


 したがって,引用発明2は,攪拌混合する対象物の温度上昇を押さえることを技術課題とし,ホッパーの上面に設けた温度センサーにより対象物の温度を検知し,温度が一定の温度まで上昇すると,攪拌する部材の回転数の減少させて温度を低下させ,以後,回転数の減少と増加を順次繰返すものと認められる。


5 周知技術の内容

(1) 原告は,攪拌混合の分野において,攪拌によって攪拌熱が発生し,内容物の温度が上昇するため,攪拌による温度上昇を抑えるために攪拌を抑制することは,本件周知例(甲12。実開平5−72942)に記載されているように周知であると主張するところ,本件周知例には以下の記載がある。


 ・・・省略・・・


(2) 上記(1)の記載によれば,本件周知例は,テレフタル酸エチレングリコールとをエステル化反応させるエステル化反応装置に関するものであり,両材料を混合槽内で攪拌翼の回転により攪拌混合する際,攪拌熱による混合槽内の温度上昇を温度検出端で検出し,内容物の温度を所定の値に抑えるように,攪拌翼の回転数を低下させるなどして,内容物の温度変化に応じて攪拌翼の回転数を制御していることが開示されているものと認められる。


 したがって,攪拌混合する対象物は異なるが,引用発明2と同様の技術事項が開示されており,攪拌によって熱が生じ,その影響を抑えるために温度を検知して攪拌する速度を制御することが,本件訂正発明1及び2の出願時(平成15年10月29日)の周知技術であったということができる。


6 原告主張の取消事由に対する判断


 ・・・省略・・・


(2) 取消事由2(本件訂正発明1の容易想到性についての判断の誤り)について

ア 原告は,審決が,引用発明1では,「運転の条件は,被混煉材の種類や温度上昇の制限に合わせて予め設定」されているため,「溶剤等の温度上昇」は運転の条件の設定により制限されて問題とされるものではなく,引用発明1において,他の手法により,「溶剤等の温度上昇」をさらに制御しようとする動機付けは見い出せないと認定した(23頁19行〜36行)ことについて,このような動機付けが存在しないという審決の認定は,当業者による通常の創作能力を誤解したものであって誤りであると主張する。


 そこで,検討するに,引用発明1は,前記3(2)認定のとおり,真空状態にある混煉容器を自転・公転させて被混煉材を混煉脱泡する際に,当該容器の温度上昇を制限する必要があるという技術課題を明示しており,これを解決するために,容器の自転数,公転数を含む運転条件を予め設定したものと認められる。


 また,引用発明2も,前記4(2)認定のとおり,同様に,攪拌混合する対象物の温度上昇を押さえるという技術課題を有しており,これを解決するために,ホッパーの上面に設けた温度センサーにより対象物の温度を検知し,温度が一定の温度まで上昇すると,攪拌する部材の回転数を減少させて温度を低下させ,以後,検知した温度に応じて回転数を制御し,攪拌する部材の回転数の減少,増加を順次繰返すものであると認められる。


 さらに,本件周知例にも,攪拌により一定以上に温度が上昇するのを防ぐという技術課題と,これを解決するために,検出された温度に応じて攪拌翼の回転数を制御するという技術事項が開示されている。


 そうすると,引用発明1及び2と本件周知例は,いずれも攪拌により生じる温度上昇を一定温度に止めるという共通の技術課題を有し,それぞれその課題を解決する手段を提供するものであると認められる。


 したがって,引用発明1において,上記技術課題を解決するために採用した,混煉のための自転数,公転数を含む運転条件を温度上昇の制限などの条件に合わせて予め設定しておくという構成に代えて,共通する技術課題を有する引用発明2に開示された,温度センサーにより対象物の温度を検知して温度が一定の温度まで上昇すると,攪拌する部材の回転数を制御するという技術思想を採用し,対象物の温度を検知して検知した温度に応じて容器の自転数,公転数を含む運転条件を制御するという構成(審決認定の[特定事項B]の構成)に至ることは,攪拌により一定以上に温度が上昇するのを防ぐという技術課題自体が本件周知例にも示される周知の技術課題であることも考慮すると,当業者にとって,容易に想到することができたものといわなければならない。


 審決認定のとおり引用例1に「温度の検知」の記載がないとしても,攪拌により生じる温度上昇を一定温度に止めるという技術課題が引用例1自体に開示されており,これが周知の技術課題でもある以上,当該課題解決の観点から,温度を検知してそれに応じて運転条件を制御するという構成を採用することに,格別の困難性はないものということができる。


イ 被告は,引用発明2は,「ホッパー内に投入される複数種類のトナー原材料を,該ホッパー内に配設された撹拌部材を駆動させることにより撹拌して混合する」ものであり,引用発明1の「混煉容器を公転させながら自転させて,被混煉材を混煉し脱泡させる」ものとは,構成が全く異なるし,技術分野も異なると主張する。


 確かに,引用発明2は,混煉容器自体は回転せず,その中にある撹拌部材が回転するものであるのに対し,引用発明1は,混煉容器が公転し,自転するものであるが,両者は,混煉すべき材料を攪拌混合するという共通の技術分野に属するのみならず,材料を攪拌して混合する際に生じる材料間の摩擦熱による温度上昇に対応するという技術課題と,当該課題を解決するため温度に応じた回転数の制御を行うという解決手段でも共通するものであり,その制御が事前に設定されたものか検知した温度に即応したものかと,回転制御の対象が混煉容器自体であるか攪拌翼(ペラ,羽根)であるかが相違するにすぎない。


 したがって,引用発明1と引用発明2との構成及び技術分野が異なるとして,前者に後者の構成を適用することに阻害要因があるとする被告の主張は理由がない。


 また,被告は,引用例1において,「温度上昇の制限」は単なる一例示にすぎず,このような一例示の記載から「撹拌による被混煉材Aの温度上昇という課題」を導くのは無理な発想の飛躍である旨主張する。


 しかし,引用例1には,混練脱泡作業中の被混練材の攪拌により温度上昇が生じて問題となることが明示されており,その温度上昇を押さえるために,混煉容器のみを真空にすることだけでなく,冷却用ファンを設ける方法についても開示されていることは,前記3(2)認定のとおりである。したがって,被告の上記主張は採用することができない。


 さらに,被告は,本件訂正発明1及び2は,脱泡作用を高めるために容器内を真空にした上で,内容物の温度が上昇してしまうという問題に対し,「容器の公転数と自転数を独立して制御」できる装置を用い,?公転数を減少させることによって,内容物の温度は下げられるし,?自転数を減少させることによっても,内容物の温度は下げられる。ただし,?公転数を減少させると,脱泡作用が減少するし,?自転数を減少させると,攪拌作用が減少するという4点を総合的に勘案しつつ,容器の公転数と自転数を独立して制御することを特徴とするものであって,この点において本件訂正発明1及び2が進歩性を有する旨を主張する。


 しかし,前記3(2)認定のとおり,本件訂正発明1及び2において,最適な状態で溶剤を攪拌し精度の高い脱泡を行うために,容器の公転数及び自転数をどのように制御すればよいかは,具体的に全く規定されていない。


 また,特許請求の範囲の請求項においても,「容器の公転数及び自転数を独立して制御しながら,容器の公転数及び自転数の減少,増加を順次繰り返す」と記載されているだけであって,特別な制御手法が特定されているわけではない。


そして,引用発明1に引用発明2に開示された技術思想を採用し,検知した対象物の温度に応じて容器の自転数,公転数を含む運転条件を制御するという構成に至ることが,当業者にとって容易に想到することができたことは,前記アのとおりであるから,この点において本件訂正発明1及び2が進歩性を有するものではない。したがって,被告の上記主張は採用することができない。


ウ 以上のとおり,引用発明1において,特定事項Bに関して引用例2に記載される技術思想を適用する動機付けは,周知技術を加味しても見い出せないとした審決の判断(26頁18行〜20行)は誤りであり,この点に関する原告主張の取消事由2には理由がある。


(3) 取消事由3(本件訂正発明2の容易想到性についての判断の誤り)について


 原告は,審決が,第一に,引用発明1について,「装置を運転する際の「温度上昇の制限」についての認識はあったにしても,そもそも,「溶剤等の温度を検知」するという技術思想がないものといえる」(31頁1行〜3行)と認定し,第二に,引用発明1において,「「溶剤等の温度を検知」して,さらに「溶剤等の温度上昇」を制御しようとする動機づけは見いだせない」(同頁12行〜13行)と認定しことが,いずれも誤りであると主張する。


 確かに,引用発明1において,混煉容器を自転・公転させて被混煉材を混煉脱泡する際に,当該容器の温度上昇を制限する必要があるという技術課題が開示されていることは,前記3(2)認定のとおりである。


 また,引用例1に「温度の検知」の記載がないとしても,攪拌により生じる温度上昇を一定温度に止めるという技術課題が引用例1自体に開示されており,周知の技術課題でもある以上,当該課題解決の観点から,他の解決手段を採用することに格別の困難性がないことも,前記(2)認定のとおりである。


 そうすると,引用発明1において,同発明と同様の技術課題を有する引用発明2に開示された,ホッパーの上面に設けた温度センサーにより対象物の温度を検知し,温度が一定の温度まで上昇すると攪拌する部材の回転数を制御するという技術思想を採用することは,当業者にとって,容易に想到することができたものといわなければならない。


 したがって,引用発明1において,引用例2に記載される技術思想を適用する動機付けは,周知技術を加味しても見い出せないとした審決の判断(32頁24行〜25行)は誤りであり,この点に関する原告主張の取消事由3には理由がある。』


 と判示されました。

 
 詳細は、本判決文を参照して下さい。