●平成22(ワ)9664 補償金請求事件 特許権 民事訴訟

 本日は、『平成22(ワ)9664 補償金請求事件 特許権 民事訴訟地震時ロック方法及び地震対策付き棚」平成22年07月22日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100802113000.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許法65条1項に基づく補償金請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、争点1(被告物件は本件特許発明の技術的範囲に属するか)についての判断、特に、機能的に記載された構成要件Cについての判断が参考になるかと思います。


 つまり、大阪地裁(第21民事部 裁判長裁判官 森崎英二、裁判官 北岡裕章、裁判官 山下隼人)は、


『1 争点1(被告物件は本件特許発明の技術的範囲に属するか)について
(1) 構成要件Aについて

ア 構成要件Aに係る特許請求の範囲の記載は,「地震時に扉等が閉じられた位置と隙間を有して開かれた開き停止位置との間をばたつくロック状態となるロック方法であって」であり,本件明細書の【発明の詳細な説明】の【発明を実施するための最良の形態】の個所には,次の記載がある。


 ・・・省略・・・


特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定められ(特許法70条1項),特許請求の範囲に記載された用語の意味は,明細書の記載及び図面を考慮して解釈される(同条2項)。なお,明細書に特許請求の範囲に記載された用語に関する特別な説明や定義が存しない場合には,当業者が理解する一般的な意味として解釈されるべきである。


 ・・・省略・・・


(3) 構成要件Cについて

ア特許請求の範囲の記載

(ア) 構成要件Cに係る特許請求の範囲の記載は,「地震時に前後または左右のゆれでその後部において回動の動きが妨げられ扉等の開く動きを許容しない状態になり,」というものである。


 特許請求の範囲の記載によれば,「前後または左右のゆれ」とは前後又は左右の方向で規定される地震時のゆれを,「その後部」とは係止部の後部を意味するものと理解することができる。


 そして,構成要件Aについて検討したとおり,本件特許発明は,扉等が開き停止位置(閉じられた位置から所定の間隔を有して開かれてその動きが止められる位置)を超えて開かないようにロックされた状態となるというものであるから,構成要件Cの「扉等の開く動きを許容しない」とは,「扉等が開き停止位置を超えてそれ以上に開く動きを許容しない」ことを意味するものと理解することができる。


 そうすると,特許請求の範囲の記載によれば,構成要件Cの「地震時に前後または左右のゆれでその後部において回動の動きが妨げられ扉等の開く動きを許容しない状態になり,」とは地震時に,前後又は左右の方向で規定される地震のゆれで,係止体がその後部において回動が妨げられ,扉等が開き停止位置を超えてそれ以上に開く動きを許容しない状態になることを意味するものと解することができる。


(イ) しかしながら,構成要件Cに係る特許請求の範囲の「地震時に前後または左右のゆれでその後部において回動の動きが妨げられ扉等の開く動きを許容しない状態になり,」との記載を上記のように解釈できるとしても,この構成要件は,抽象的な文言によって係止体の機能を表現するにとどまっているのであって,地震時の前後または左右のゆれによって,いかなる仕組みで係止体の回動の動きが妨げられることになるのか,また係止体の回動の動きが妨げられることによって,いかなる仕組みで扉等の開く動きが許容されないことになるのかという,本件特許発明にいう地震時ロック装置に欠かせない具体的構造そのものは明らかにされているとはいえない。


 ところで,特許権に基づく独占権は,新規で進歩性のある特許発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるものであるから,このように特許請求の範囲の記載が機能的,抽象的な表現にとどまっている場合に,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成すべてを,その技術的範囲に含まれると解することは,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までを特許発明の技術的範囲に含ましめて特許権に基づく独占権を与えることになりかねないが,そのような解釈は,発明の開示の代償として独占権を付与したという特許制度の趣旨に反することになり許されないというべきである。


 したがって,特許請求の範囲が上記のように抽象的,機能的な表現で記載されている場合においては,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきであり,具体的には,明細書及び図面の記載から当業者が実施できる構成に限り当該発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。


イ本件明細書の記載

 そこで以上のような観点から本件明細書を見ると,本件明細書の発明の【詳細な説明】の個所には次の記載がある。


 ・・・省略・・・


ウ検討

(ア) 以上に見た本件明細書の記載のうち,【背景技術】,【発明が解決しようとす課題】,【課題を解決するための手段】及び【発明の効果】には,本件特許発明は,従来から用いられているゆれによって球が動くことにより地震を検出する地震時ロック方法において,係止体が扉等の戻る動きにより解除されることで解除機構が複雑化していたという技術課題を解決するため,地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法において棚本体側に取り付けられた装置本体の係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態になり,前記係止体は扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し,地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる


 扉等の地震時ロック方法等を課題の解決手段として採用したとの抽象的な記載があることが認められるが,これらの記載中には,本件特許発明の地震時ロック装置において,前後又は左右の方向で規定される地震のゆれによって係止体がその後部において回動が妨げられ,扉等が開き停止位置を超えてそれ以上開く動きを許容しない状態を生じさせるための具体的構成そのものは記載されていない。


 しかし,本件明細書の【発明を実施するための最良の形態】には,本件特許発明の実施例として,図6ないし図11に示される地震対策付き棚(ただし,図18及び図19と異なる構成部分は本件特許発明の範囲から除くとされている。)並びに図18及び図19に示される地震対策付き棚が記載されており,これらの実施例には,装置本体(1)の振動エリアAに収納された球(9)が,地震のゆれで移動して係止体(6)の後部(6f)の下方に位置することで係止体(6)の回動を妨げ,その結果,開き戸(91)に取り付けられた係止具(7)の開口に嵌入した状態の係止部(6b)(係止体の前の部分)が,開き戸(91)が開こうとして開口(7a)の先端側の内壁に当たっても持ち上げられず,開き戸(91)の開く動きを許容しない状態となるという具体的な構成が記載されていることが認められる。


 また,同欄には,本件特許発明の参考例として,図1ないし図5に示される地震対策付き棚及び図20に示される地震対策付き棚がそれぞれ記載されているが,これらの参考例は,装置本体(1)の震動エリアA内に収納された球(9)が,地震のゆれで移動して係止体(2)の庇(2b)を押し上げることにより係止体(2)の係止部(2e)を上昇させ,その結果,係止体(2)の係止部(2e)が開き戸(91)に取り付けられた係止具(5)の係止部(5a)に係止し,開き戸(91)の開く動きを許容しない状態となるという具体的な構成が記載されていることが認められる


 さらに,同欄には,実施例あるいは参考例のいずれかの地震時ロック装置に適用可能な振動エリアAの参考例として図12ないし図17が記載されていることが認められるが,図12ないし図17に図示される振動エリアはいずれも球を収納するものである。


(イ) 以上のとおり,本件明細書には,地震時ロック装置において,前後又は左右の方向で規定される地震のゆれによって係止体がその後部において回動が妨げられ,扉等が開き停止位置を超えてそれ以上開く動きを許容しない状態を生じさせるための具体的構成としては,装置本体の震動エリアに収納された球により地震時に係止体の回動を妨げる構成が開示されていることが認められるが,それ以外の構成は記載されておらず,またそれを示唆する記載もない。


 また,本件明細書の【背景技術】にも,従来技術として地震時ロック方法が紹介されているが,それはゆれによって球が動くことにより地震を検出するものであって,他に,振動エリア内に収容した球を用いる以外の構成を示唆するような記載は一切認められない。


 したがって,本件明細書には,装置本体の振動エリアに収納した球を用いて係止体の回動を妨げるという技術思想だけが開示されているというべきである。


 以上によれば,本件明細書の記載から当業者が実施できる構成は,振動エリアに収納した球を用いて係止体の回動を妨げる構成だけというべきであるから,かかる構成に限り本件特許発明の技術的範囲に含まれる(構成要件Cを充足する)と解するのが相当である。


エ被告物件との対比

 構成要件Cに対応する被告物件の構成は,「該ラッチ体と係合可能に設けられた中間体(ラッチ保持具)も軸で回動可能であり,その後部の係合突部が地震時に前後又は左右にゆれる感震体によって上昇させられ,それに伴ってその前部の係止爪が下降してラッチ体上面に設けられた爪係合部(溝)と係合し,これによってラッチ体の係止部が上昇する動きが妨げられる扉等の開く動きを許容しない状態になり,」である。


 すなわち被告物件では,地震時にラッチ体(本件特許発明の係止体に該当する部材)の回動を妨げるため,地震時のゆれで動作する感震体と感震体の動作に対応してラッチ体に係合する中間体を用いる構造を有しており(感震体及び中間体の具体的形状は別紙イ号物件図面及び同ロ号物件図面に記載のとおり。),振動エリア内に収納した球を用いて係止体の回動を妨げる構成を有するものではない。


 したがって,被告物件は,本件特許発明の構成要件Cを充足するものとはいえない。


オ原告の主張について

 原告は,本件特許発明の実施例である球と被告物件の感震体である倒立分銅は「振動するもの」として適宜選択可能な慣用手段であること,倒立分銅の横方向の動きを上下動に変換することは慣用技術である上,本件明細書の図1ないし図5に係る実施例においても球の横方向の動きを係止体の上下動に変換する構成が開示されていることからすれば,本件明細書に実施例として記載された球を,倒立分銅と中間体に置換して被告物件の構成にすることは当業者が容易に想到して実施できる旨主張して,被告物件が構成要件Cを充足する旨主張する。


 しかしながら,被告物件に用いられている倒立分銅は,下端の位置が変わらずに上部が振動するものであり,本件明細書の図1ないし図5に示された地震時ロック装置に用いられた球のように動き回るものではないから,ゆれを伝達する機構としては,両者の作動原理は全く異なっているものである(なお,本件明細書の図1ないし図5は,本件特許発明の参考例を示すものであり[本件明細書段落【0005】,【0006】参照],本件特許発明の実施例を示す図面ではない。)。また,被告物件は,感震体の動きが直接係止体の回動の動きを妨げているわけではなく,原告のいう中間体としてのラッチ保持具を用い,この機構を介して,地震によるゆれが係止体の回動の動きを妨げる構成をとっており,その構成は本件明細書に開示された構成とは相当異なっている。


 そうすると,当業者であれば「振動するもの」について多数の種類があることが常識であり,さらに地震時ロック装置の技術分野においても,地震のゆれによって「振動するもの」として球以外の種々の構成が公知であること(甲7ないし甲14)を考慮したとても,上記のとおり,本件明細書には装置本体の振動エリアに収納した球を用いて係止体の回動を妨げるという技術思想しか開示されていないのであるから,たとえ当業者であったとしても,本件明細書の記載から被告物件の倒立分銅とラッチ保持具を用いた構成を実施できるものと認めることはできない(なお,弁論の全趣旨によれば,被告物件におけるラッチ保持具は,地震終了時に収容物が扉側に倒れるなどして外方に付勢している場合に,ロック状態が解除されることを防ぎ,収容物が落ちることを防止するという機能を果たしているのであるから,被告物件の構成が本件特許発明の改悪にすぎないという原告の主張は当たっていない。)。


 したがって,被告物件の構成は,当業者であれば本件明細書の記載から容易に実施できるようにいう原告の主張は失当であって採用できない。


(4) 以上に検討したとおり,被告物件は,少なくとも構成要件Cを充足しないから,本件特許発明の技術的範囲に属すると認めることはできない。


2 結語

 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。