●平成19(ワ)35324 特許権侵害差止請求 特許権 民事訴訟(1)

 本日は、『平成19(ワ)35324 特許権侵害差止請求 特許権 民事訴訟「プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム,並びにそれを含む組成物」平成22年03月31日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100421142638.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権侵害差止請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、争点(1)ア(本件各発明の技術的範囲につき,製造方法を考慮すべきか)におけるプロダクト・バイ・プロセス・クレームについての判断が参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第29部 裁判長裁判官 清水節、裁判官 坂本三郎、裁判官岩崎慎)は、


『1 争点(1)ア(本件各発明の技術的範囲につき,製造方法を考慮すべきか)について

(1)本件特許の特許請求の範囲の各請求項は,物の発明について,当該物の製造方法が記載されたもの(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム)である。


 ところで,特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づき定めなければならない(特許法70条1項)ことから,物の発明について,特許請求の範囲に,当該物の製造方法を記載しなくても物として特定することが可能であるにもかかわらず,あえて物の製造方法が記載されている場合には,当該製造方法の記載を除外して当該特許発明の技術的範囲を解釈することは相当でないと解される。


 他方で,一定の化学物質等のように,物の構成を特定して具体的に記載することが困難であり,当該物の製造方法によって,特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ない場合があり得ることは,技術上否定できず,そのような場合には,当該特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定して解釈すべき必然性はないと解される。


 したがって,物の発明について,特許請求の範囲に当該物の製造方法が記載されている場合には,原則として,「物の発明」であるからといって,特許請求の範囲に記載された当該物の製造方法の記載を除外すべきではなく,当該特許発明の技術的範囲は,当該製造方法によって製造された物に限られると解すべきであって,物の構成を記載して当該物を特定することが困難であり,当該物の製造方法によって,特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ないなどの特段の事情がある場合に限り,当該製造方法とは異なる製造方法により製造されたが物としては同一であると認められる物も,当該特許発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。


⑵ そこで,本件において,前記(1)の「特段の事情」があるか否かについて,検討する。


ア物の特定のための要否

 証拠(甲2,36,37,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の優先日当時,本件各発明に開示されているプラバスタチンナトリウム自体は,当業者にとって公知の物質であったと認められる。そして,本件特許の請求項1に記載された「物」である「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」の構成は,その記載自体によって物質的に特定されており,物としての特定をするために,その製造方法を記載せざるを得ないとは認められない。


 すなわち,本件特許の請求項1に記載された「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」という「物」は,当該物の特定のために,その製造方法を記載する必要がないものと認められる(なお,当該物の特定のために,その製造方法を考慮する必要がないことは,当事者間に争いがない。)。


イ出願経過

 証拠(甲1,2,乙3(枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の出願の経緯及びその過程において原告が行った説明等は,次のとおりであると認められる。


(ア) 原告は,平成13年10月5日に本件特許の国際出願をし,平成14年11月27日付けで,願書に添付して提出した明細書とみなされる翻訳文を提出した。当該翻訳文中の特許請求の範囲には,次のとおり,製造方法の記載を含まない請求項が含まれていた(乙3の1)。


・・・省略・・・


(エ) 本件特許の出願は,平成17年4月22日付けで,「引用例2には,99.7〜99.8%のHPLC純度を有するプラバスタチンのナトリウム塩が記載されている(実施例1〜3)。引用例2には,プラバスタチンラクトン又はエピプラバの含有量についての記載はないが,医薬として使用される化合物はより純度の高い方が好ましいことは技術常識であるところ,プラバスタチンのナトリウム塩の精製を繰り返すことにより,より純度の高い,プラバスタチンラクトン又はエピプラバの含有量の少ない本発明のプラバスタチンナトリウム等を得ることは当業者が容易になし得ることである。」等の理由で,拒絶査定を受けた(乙3の13)。なお,この拒絶査定においては,製造方法の記載がされていた前記(ウ)bの請求項7(本件発明1と同一の内容)については,拒絶理由がある請求項としては挙げられていない。


(オ) これに対し,出願人である原告は,平成17年7月25日,拒絶査定不服審判の請求をするとともに(乙3の14),同日付けで手続補正書を提出して,製造方法の記載がなく,プラバスタチンラクトンやエピプラバの含有量を示すことのみで特定したプラバスタチンナトリウムに関する請求項(すなわち,物のみを記載した請求項)をすべて削除し,前記争いがない事実等に記載した特許請求の範囲の記載と同一とする補正を行い(乙3の15),前置審査の結果,同年9月16日付けで特許査定を受けた(乙3の18)。


(3)ア以上述べたように,本件特許の請求項1は,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」と記載されて物質的に特定されており,物の特定のために製造方法を記載する必要がないにもかかわらず,あえて製造方法の記載がされていること,そのような特許請求の範囲の記載となるに至った出願の経緯(特に,出願当初の特許請求の範囲には,製造方法の記載がない物と,製造方法の記載がある物の双方に係る請求項が含まれていたが,製造方法の記載がない請求項について進歩性がないとして拒絶査定を受けたことにより,製造方法の記載がない請求項をすべて削除し,その結果,特許査定を受けるに至っていること。)からすれば,本件特許においては,特許発明の技術的範囲が,特許請求の範囲に記載された製造方法によって製造された物に限定されないとする特段の事情があるとは認められない(むしろ,特許発明の技術的範囲を当該製造方法によって製造された物に限定すべき積極的な事情があるということができる。)。


 したがって,本件発明1の技術的範囲は,本件特許の請求項1に記載された製造方法によって製造された物に限定して解釈すべきであるから,次のとおりと解される。


・・・省略・・・


イ なお,原告は,本件特許の訂正請求をしたことから,訂正前の請求項との関係における出願経過は,訂正後の請求項との関係では意味をなさないと主張する。


 しかしながら,特許発明の訂正は,出願から一定の出願経過を踏まえて特許を受けたことを前提として行われるものであるから,特許を受けるに至るまでの出願経過が,訂正により意味をなさなくなるものではないことは,明らかである。特に,本件においては,本件訂正後の請求項1と,物の構成としては実質的に同一である「【請求項6】0.2重量%未満のプラバスタチンラクトン及び0.1重量%未満のエピプラバが混入している,プラバスタチンナトリウム。」が,進歩性が欠如するなどとして拒絶査定を受けた(乙3の13)後に,補正により削除されていることからすれば,尚更このような経過を無視することはできないというべきである。


 また,訂正は,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明瞭でない記載の釈明の場合に限って認められ(特許法126条1項,134条の2第1項),実質上特許請求の範囲を拡張する訂正は認められない(同法126条4項,134条の2第5項)ところ,訂正前の請求項に係る発明の技術的範囲が製造方法によって限定されたものと解される場合に,仮に,訂正によって出願経過が意味をなさなくなり,訂正後の請求項に係る発明の技術的範囲が製造方法の限定のないものと解することになるとすると,実質的に,訂正によって特許発明の技術的範囲が拡張されることを認めることになってしまい,相当でない。



 したがって,原告の前記主張は,採用することができず,本件訂正発明1の技術的範囲は,本件訂正後の請求項1に記載された製造方法によって製造された物に限定して解釈すべきである。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。