●平成21(行ケ)10065審決取消請求事件「酵素によるエステル化方法」

 本日は、『平成21(行ケ)10065 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟酵素によるエステル化方法」平成22年04月14日 知的財産高等裁判所』 (http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100415142028.pdf)について取り上げます。


 本件では、取消事由1(分割要件の有無)についての判断が参考になるかと思います。

 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣、裁判官 本多知成、裁判官 浅井憲)は、

『1 取消事由1(分割要件の有無)について

(1) 分割出願の適否の判断基準

 本件審決は,本件訂正の適否について判断するに当たり,本件訂正は本件訂正前発明を本件訂正後発明に訂正するものであるが,本件訂正前発明が原出願発明の分割出願に係る発明であるため,本件訂正後発明における技術的事項,すなわち,本件訂正後事項と原出願事項とを比較検討して,本件訂正後事項が原出願事項の範囲内のものではないとし,その結果,本件出願は分割出願として適法なものではないから,本件出願の出願日が原出願日に遡ることはなく,本件出願の現実の出願日を基準にすると,本件訂正後発明は進歩性がなく,本件訂正は独立特許要件を欠くとしたが,本件審決のその判断を前提に,原告は,本件訂正後事項は原出願事項の範囲内であるとし,他方,被告は,その範囲外であるとして,本件審決の判断の当否を争っている。


 しかしながら,本件訂正の適否について本件訂正後発明が独立特許要件を具備するか否かを判断する必要がある場合には,その進歩性の判断の基準時として,本件出願の出願日を確定する必要があるところ,本件出願は分割出願であるから,本件出願が適法な分割出願であれば,原出願の出願日である昭和55年3月14日に遡って出願したとみなされる(改正前44条2項)ので,原出願日が基準時となるのに対し,適法な分割出願でなければ,本件出願の現実の出願日が基準時となるのであって,その基準時を確定するためには,まずもって本件出願が分割出願として適法なものであったか否かを検討する必要がある。


 しかるところ,本件出願が適法な分割出願であったというためには,分割出願の発明の構成に欠くことができない技術的事項,すなわち,本件訂正前の請求項1に係る発明(以下「本件訂正前発明」という。)の構成に欠くことができない技術的事項(以下「本件訂正前事項」という。)が原出願の願書に最初に添付された明細書又は図面に記載された事項であること,すなわち,原出願事項の範囲内であることが必要であって,原出願事項の範囲内であるか否かを検討する対象となるのは,本件訂正後事項ではなく,本件訂正前事項でなくてはならない。


 けだし,本件訂正後発明の進歩性について判断するのは,本件訂正の適否を検討するためであるところ,原出願日を基準にその判断をすることが可能であるのは,本件出願が適法な分割出願であった場合であることを前提とするが,本件においては,その分割出願の適否もまた問題となっているからである。


 そこで,以下,本件訂正後事項を専ら対象として本件審決の判断の当否に言及する原・被告の主張もその見地から善解し得るものは善解して,本件訂正前事項が原出願事項の範囲内であるか否かについて検討することとする。

(2) 本件訂正前事項

 ・・・省略・・・

ウ 以上によると,上記アのとおり,本件訂正前事項は,文言上,原出願明細書に記載されていることに加え,上記イのとおり,脂肪酸とアルコールからエステルを生成することができること,グリセリンに対する脂肪酸の過剰量使用の割合も,当業者が排水のための条件,使用する酵素の種類や量,反応時間等を考慮して適宜決定し得る事項であって,原出願明細書の記載から自明なものということができることなどを考慮すると,本件訂正前事項については,当業者において,「エステル化方法」に関する技術として正確に理解した上で,容易に実施することができる程度に原出願明細書に記載されているものと認めることができる。


エ しかしながら,本件訂正前事項が原出願事項の範囲内であるか否かを検討するに,以上の検討のほか,さらに,本件訂正前発明に係る特許請求の範囲と原出願明細書とを比較検討してみると,次のとおりいうことができる。


(ア) 本件訂正前発明及び原出願発明の各特許請求の範囲をみると,原出願明細書では「可及的乾燥した系において」基質に酵素を作用させることが特定されているのに対して,本件訂正前発明では「水または水及び低級アルコールを排出する系において」酵素を作用させることが特定されている点において,相違する。


(イ) また,原出願明細書と本件出願明細書の各発明の詳細な説明をみると,本件出願明細書においては,原出願明細書の発明の詳細な説明の(原−①)〜(原−③)は削除され,(記載−①)〜(記載−③)が追加されており,原出願明細書では,酵素反応が,可及的水分を低下させた基質及び酵素を用いて行われるものと限定されており,「可及的乾燥した系において」行われることが必須の事項であるのに対し,本件出願明細書では,(記載−③)のように,系を乾燥させるにおいて,「基質及び酵素は可及的水分を低下させる」場合と「酵素を基質に作用させつつ水を系外に排出する」場合とが記載されている。


 以上によると,本件出願明細書には,酵素反応の場が,可及的水分を低下させた基質及び酵素を用いて行われる「可及的乾燥」した系において水を系外に排出する方法だけでなく,基質に酵素を反応させる場が,このような「可及的乾燥」状態でなく,可及的水分を低下させたものではない基質を用い,エステル化が行われる系全体のどこかにおいて水を系外に排出し,そのことで系が乾燥する方法が包含されると解されるが,このうち,後者の方法については原出願明細書に記載されていないものである。

 ・・・省略・・・

オ 以上の検討結果によると,本件訂正前事項は,グリセリンを用いてエステルを生成するという点においては,原出願事項の範囲に含まれるとはいうことができるものの,酵素反応の場については,「可及的乾燥」を要件とせず,したがってまた,グリセリンを含め,基質についても,原出願発明では可及的水分を低下させたものとして予定されているのに対し,可及的水分を低下させたものではない基質を用いることを含むものであって,これらは原出願事項の範囲内のものということはできず,本件出願は,改正前44条1項に規定する適法な分割出願であるということができない。


 本件審決は,本件訂正後事項を専ら判断の対象として,原出願事項の範囲内に含まれないとしたが,本件訂正後事項についても,本件訂正前事項についてと同様に,原出願明細書に記載のない酵素反応の場について「可及的乾燥」を要件とせず,可及的水分を低下させたものではない基質を用いることを含むものであって,原出願明細書に記載されたものということができないものである。したがって,本件審決の判断も,その結論においては,これを是認することができるというべきものである。』


 と判示されました。


 今回、知財高裁は、

しかるところ,本件出願が適法な分割出願であったというためには,分割出願の発明の構成に欠くことができない技術的事項,すなわち,本件訂正前の請求項1に係る発明(以下「本件訂正前発明」という。)の構成に欠くことができない技術的事項(以下「本件訂正前事項」という。)が原出願の願書に最初に添付された明細書又は図面に記載された事項であること,すなわち,原出願事項の範囲内であることが必要であって,原出願事項の範囲内であるか否かを検討する対象となるのは,本件訂正後事項ではなく,本件訂正前事項でなくてはならない。


 けだし,本件訂正後発明の進歩性について判断するのは,本件訂正の適否を検討するためであるところ,原出願日を基準にその判断をすることが可能であるのは,本件出願が適法な分割出願であった場合であることを前提とするが,本件においては,その分割出願の適否もまた問題となっているからである。」

 と判示されていますが、訂正審判の認容審決の効果(特許法128条)を考えると、審決のように、訂正後の事項で分割出願の適否を判断しても良いのではと思います。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。