●平成21(ワ)5610特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟(1)

 本日は、『平成21(ワ)5610 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「流し台のシンク」平成22年02月24日 東京地方裁判所』 (http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100312094528.pdf)について取り上げます。


 本件では、まず、特許発明の技術的範囲の解釈における明細書の記載および出願経過の参酌等が参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第29部 裁判長裁判官 清水節、裁判官 坂本三郎、裁判官岩崎慎)は、


1 争点(1)(侵害論)について

 原告は,本件発明1の「前記後の壁面である後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている」(構成要件C1)とは,上側段部と中側段部との間が,全長にわたって傾斜面となっている必要はなく,被告製品のように,リブ(段部)が,壁面を構成する金属板を折り曲げて加工され,壁面と一体的に形成されており,かつ,リブ(段部)の下部に傾斜面がある場合は,構成要件C1を充足すると主張する。


 そこで,構成要件C1の技術的意義を検討する。

 まず,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないところ(特許法70条1項),特許請求の範囲に記載された用語の意義は,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して解釈すべきであるから(特許法70条2項),構成要件C1の意義を解釈するに当たっては,本件明細書中の「前記後の壁面である後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている」との記載部分及びこれに関連する記載部分について検討するとともに,後記(2)のとおり,【請求項1】(本件発明1)は,本件特許の出願経過において,構成要件C1の部分が補正されているから,この点についても,併せて検討する必要がある。

 ・・・省略・・・

エ 以上のような本件明細書の記載,図面及び出願経過に照らせば,「前記後の壁面である後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている」(構成要件C1)という構成は,後方側の壁面の傾斜面が,中側段部によりその上部と下部とが分断されるように後方側の壁面の全面にわたるような,本件明細書に記載された実施形態のような形状のものに限られないと解されるものの,その傾斜面は,少なくとも,下方に向かうにつれて奥方に向かって延びることにより,シンク内に奥方に向けて一定の広がりを有する「内部空間」を形成するような,ある程度の面積(奥行き方向の長さと左右方向の幅)と垂直方向に対する傾斜角度を有するものでなければならないと解するのが相当である。


 したがって,構成要件C1の「下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面」とは,上側段部と中側段部との間において,下方に向かうにつれて奥方に延びることにより,奥方に向けて一定の広がりを有する「内部空間」を形成するような,ある程度の面積と傾斜角度を有する傾斜面を意味すると解するのが相当である。


オ これを被告製品についてみるに,証拠(甲11,12)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品の後方側の壁面は,上側段部の前後の間隔と中側段部の前後の間隔とを容易にほぼ同一にすることができる形状であるものの,原告自身も認めるとおり,上側段部と中側段部の間は,そのほとんどが垂直の壁面のままであって,上側段部の下面のみが傾斜面となっているものと認められる。したがって,被告製品の上側段部の下面の傾斜面は,段部(リブ)を形成するに当たり,段部(リブ)の下面が傾斜したものにすぎず,奥方に向けて一定の広がりを有する空間を形成するような,ある程度の面積と傾斜角度を有する傾斜面であるということはできない。


 したがって,被告製品は,「前記後の壁面である後方側の壁面は,前記上側段部と前記中側段部との間が,下方に向かうにつれて,奥方に向かって延びる傾斜面となっている」(構成要件C1)という構成を充足すると認めることはできない。


カ 原告は,上側段部同士の水平方向の間隔と下側(中側)段部同士の水平方向の間隔が同一になっている限り,後方側壁面の形状は,特に限定されず,また,シンク内にて2枚の同一プレートを上側段部及び中側段部のいずれにも掛け渡すことが可能となるように,上側段部と中側段部との幅がほぼ同一であるような傾斜面が存在すればよいとして,同一のプレートを掛け渡すように載置できるという目的,機能を持つものであれば,リブ(段部)の下面であっても,傾斜面が存在する限り,構成要件C1を充足すると主張する。


 しかしながら,前記認定のとおり,構成要件C1は,上側段部と中側段部とに,選択的に同一のプレートを掛け渡すようにして載置することができるようにするために,上側段部の前後の間隔と前記中側段部の前後の間隔とがほぼ同一に形成されるという出願当初の【請求項1】の構成について,特許庁審査官から特許法29条2項の規定に該当するとの拒絶理由通知を受けたことにより,これを回避するものとして,出願当初の【請求項1】の構成を限定するものとして加えられたものであるところ,構成要件C1の意義を解釈するに当たり,同一のプレートを掛け渡すように載置できるという目的を達成することができれば,リブ(段部)の下面であっても,傾斜面が存在すれば,構成要件C1を充足するという原告の前記主張は,同一のプレートを掛け渡すように載置できるという目的のみを殊更に強調し,補正により加えられた構成要件C1の構成には何ら技術的意義はないと主張するに等しく,前記のような出願の経過を無視するものであって,これを採用することができないことは明らかである。


(4) 小括

 以上によれば,被告製品は,本件発明の構成要件C1を充足せず,本件発明の技術的範囲に属するものとは認められないから,争点(1)(侵害論)についての原告の主張は,理由がない。

 したがって,争点(2)ア(被告製品の製造,販売による損害額(特許法102条1項))について判断するまでもなく,被告製品が本件特許権を侵害することを理由とする損害賠償請求は,理由がない。』


 と判示されました。