●平成21(ネ)10052特許権侵害差止等請求控訴事件「ドリップバッグ」

 本日は、一昨日取り上げた、『平成21(ネ)10052 特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟「ドリップバッグ」平成22年01月25日 知的財産高等裁判所』 (http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100127083523.pdf)について取り上げます。


 本件では、文言侵害の成否についての判断も、参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 裁判長裁判官 中野哲弘、裁判官 今井弘晃、裁判官 真辺朋子)は、

『(1) 文言侵害の成否(控訴人の主張(1))

 当裁判所も,被告製品1は本件特許発明の技術的範囲に属しないと判断する。その理由は,以下のとおり付加するほか,原判決記載のとおりであるから,これを引用する。


ア控訴人は,被告製品は,本件特許発明〔請求項1の発明〕の構成要件を充足すると主張する。


(ア) 本件明細書(甲1〔特許公報〕)には,以下の記載がある。
a 特許請求の範囲
・【請求項1】
 通水性濾過性シート材料からなり,上端部に開口部を有する袋本体と,薄板状材料からなり,袋本体の対向する2面の外表面に設けられた掛止部材とからなるドリップバッグであって,掛止部材が,その周縁側に形成されている周縁部と,周縁部の内側にあって,袋本体から引き起こし可能に形成されているアーム部と,アーム部の内側に形成されている舌片部とからなり,アーム部の上下いずれか一端で周縁部とアーム部とが連続し,アーム部の上下の他端でアーム部と舌片部とが連続し,周縁部又は舌片部のいずれか一方が,袋本体の外表面に貼着されていることを特徴とするドリップバッグ。

・【請求項2】
 アーム部の上端部で周縁部とアーム部とが連続し,アーム部の下端でアーム部と舌片部とが連続し,アーム部の基部と舌片部とが袋本体の外表面に貼着されている請求項1記載のドリップバッグ。

・【請求項3】
 周縁部の外周部において補強片が袋本体の外表面に貼着されている請求項2記載のドリップバッグ。


 ・・・省略・・・


(イ) 上記(ア)によれば,本件特許発明は,カップ等の容器の上部に掛止しドリップ式コーヒーをいれるドリップバッグに関するものであるところ(段落【0001】),従来知られた使い捨てのワンドリップコーヒー(ドリップバッグ)につき,ドリッパー(明細書に定義はないが抽出するコーヒー粉末を入れたものと解される)をカップの上に載置するカップオン方式と,ドリッパーに取り付けられている掛止部をカップの壁に引っかけるカップイン方式が知られていたところ(段落【0003】・【0004】),それぞれに長所,短所が存した。


 そこで本件特許発明は,カップオン方式の有する長所であるコーヒーの美味・セットや注湯のしやすさ・セット後の形状の安定と,カップイン方式の長所である簡略な構成・抽出後の廃棄が容易で安全である新たなドリップバッグを提供することを目的とする(段落【0009】・【0010】)。


 そのため,本件特許発明のドリップバッグは,上端部に開口部を有する袋本体,薄板状材料,袋本体の対向する外表面に設けられる掛止部材とからなる。そして,上記掛止部材は,?周縁側に形成される周縁部と,?周縁部の内側にあり袋本体から引き起こし可能に形成されるアーム部と,?アーム部の内側に形成される舌片部とからなる。そして,周縁部とアーム部,アーム部と舌片部は,それぞれ端部で連続しており,周縁部又は舌片部のいずれかが袋本体に貼着される(【請求項1】)。


 本件特許発明の舌片部には,本件明細書には特段その意味を定義する記載はないところ,舌片部に関し,発明の詳細な説明の【課題を解決するための手段】には,「…周縁部が袋本体の外表面に貼着されている場合には,アーム部と共に舌片部を引き起こしてカップ側壁にかけることが可能となる。


 この場合,袋本体は,アーム部によって対向する2面からそれぞれ外向きに互いに反対方向に引っ張られ,袋本体の上端部の開口部が大きく広げられた状態で,カップの中央上部に吊されることとなる。また,カップ側壁は周縁部又は舌片部とアーム部とで挟まれ,かつカップ側壁の外面は周縁部又は舌片部で押さえつけられるので,ドリップバッグは極めて安定した状態でコップの上部に固定される。」(段落【0014】)と記載されている。


 そうすると,周縁部が袋本体に貼着された場合には,舌片部はカップ側壁にかけられるものであることが明らかである。


 以上によれば,本件特許発明の舌片部は,周縁部と連続しその内側に形成されるアーム部の,さらにその内側に形成されるものであり,アーム部が周縁部と連続する端のもう一方のアーム部の端と連続しており,袋本体にも貼着し得るとともに,周縁部を袋本体に貼着した場合にはアーム部と共に引き起こしてカップ側壁にかけることが可能な部材をいい,用語の通常の意味からして,原判決も判示するとおり(21頁1行〜3行),「舌のかけら」様の形状を有するものであることが明らかである。


 そして,本件明細書のその余の記載も上記解釈を裏付けるものである。すなわち,舌片部に関し,実施例(【発明の実施の形態】)には,「…舌片部6(図1((a)中ドットで塗りつぶした部分)…」(段落【0023】)として,図1には下部でアーム部と連続した舌のかけら様の形状の舌片部がドットで塗りつぶされて示されている。


 また,「図2は…外側切込線L1により周縁部4とアーム部5とが区切られ,また,内側切込線L2によってアーム部5と舌片部6とが区切られている。」(段落【0024】)として,図2にアーム部5の内側に切込線L2により形成された舌のかけら様の形状の舌片部6が示されている。


 さらに,「本発明において,掛止部材の形態は,種々の態様をとることができる。」(段落【0033】)とする実施例においても,図3(舌片部を大きめに形成する〔段落【0034】〕とされた例),図4(舌辺部が掛止部材の両側辺に略沿った内側切込線でアーム部と区切られ,舌片部を引き起こし可能とする〔段落【0036】〕例),図5(舌片部を引き起こしてカップ側壁にかけ〔段落【0038】〕,舌片部でカップ側壁を押さえつける〔段落【0039】例),図6・7(周縁部と舌片部が下側切込線L4で区切られた例〔段落【0040】・【0041】〕),図8(舌片部6は図8に示されているが,前記のとおり図8
を説明する段落【0042】には舌片部に言及する記載はない)のいずれにおいても,周縁部と連続して内側に形成されるアーム部のさらにその内側に位置し,アーム部の端と連続し,先端の角部分が丸みを帯びた舌のかけら様の形状を有する舌片部が示されているということができる。


(ウ) 被告製品1の構成要件Bの充足性

 本件特許発明の構成要件B(原判決記載のとおり)にいう「舌片部」の意味については,上記(イ)のとおり,周縁部と連続しその内側に形成されるアーム部の,さらにその内側に形成されるものであり,アーム部が周縁部と連続する端のもう一方のアーム部の端と連続しており,袋本体にも貼着し得るとともに,周縁部を袋本体に貼着した場合にはアーム部と共に引き起こしてカップ側壁にかけることが可能な部材で,「舌のかけら」様の形状を有する部材をいうものである。


 これを被告製品1についてみると,被告製品1の掛止部材の構成は原判決別紙被告製品目録の図面記載のとおりである(当事者間に争いがない)。これによれば,被告製品1のA部分6’と補強片9’とは一体として形成されており,仮に周縁部に比すべき把手部?4’を袋本体に貼着した場合には,引き起こしてカップ側壁にかけることが可能な部材とはなっていない。加えて,被告製品1のA部分6’は袋本体の上端部方向に伸びる形で補強片9’と一体となっており,本件特許発明のアーム部に比すべき把手部?5’の内側に形成されているともいえない。


 さらに,被告製品1のA部分6’の形状は,アーム部に比すべき把手部?5’と連続する部分から上部に向けて徐々に幅が狭くなり補強片9’と連続する部分付近ではかなり細く尖った形状となっていることから,これが舌のかけら様のものであるということもできない。


 そうすると,被告製品1は本件特許発明における「舌片部」を備えるものとはいえず,本件特許発明の構成要件B(B?)を充足しないといえるほか,構成要件D,同Eに記載された「舌片部」に関してもその要件を充足しないことになる。


イ控訴人の主張に対する補足的判断

(ア) 控訴人は,被告製品1のA部分6’と補強片9’とが連続する部分には接着剤が塗布されていないから一体的には貼着されておらず,またA部分6’は補強片9’とは異なる機能も有するから補強片9’とは独立した部材であり,A部分6’は本件特許発明の舌片部に該当し,これに反する原判決の認定は誤りであると主張する。


 被告製品1の掛止部材は相応の厚みを有し剛性もある板紙からなり,袋本体にA部分6’及び補強片9’において貼着されているところ(弁論の全趣旨),被告製品1の掛止部材のA部分6’と補強片9’とが連続する部分の一部に袋本体に貼着されていない部分があるとしても,掛止部材が相応の厚みを有して剛性もあることから,A部分6’と補強片9’が貼着されている以上,A部分6’と補強片9’は一体的に袋本体に貼着されているということができる。原判決が「…被告製品のA部分6’と補強片9’(保持部分)とは構造的に連続しているだけではなく,…袋本体2’に一体的に貼着されている…」(29頁8行〜10行),「…A部分6’を補強片9’から構造上分断し,本件特許発明の舌片部ということはできないというべきである。」(28頁17行〜19行)とした認定・判断に誤りはない。


 また,被告製品1のA部分6’と補強片9’との機能についてみると,被告製品1のA部分6’と補強片9’とは連続していることから,把手部?4’を把手部?5’と共に引き起こして把手部?4’をカップ側壁にかけた場合,対向する2面の掛止部材のA部分6’と補強片9’とは外向きの反対方向に引っ張られることから,共に袋本体の矩形面2’a,2’bが撓むのを防止して袋本体2’の開口部8’の開口形状を良好に維持するとの同一の機能を果たすことが明らかである。そうすると,A部分6’と補強片9’とを機能的に切り離して捉えることはできない。


 原判決の認定に誤りはなく,控訴人の上記主張は採用することができない。


(イ) また控訴人は,本件特許発明では,被告製品1の掛止部材のように舌片部と補強片とを連続させることを排除していないし,本件明細書の【図4】記載の実施例を上下逆さまにして補強片を備え,舌片部の上端と補強片をわざわざ切り離す必要もないことからこれを連続させれば被告製品1となるとも主張する。


しかし,本件特許において,補強片は,請求項3に記載されているところ,その内容及び請求項3が引用する請求項2の特許請求の範囲の記載は,前記のとおりである。そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,補強片に関し「…周縁部4の外周部には,第3の切込線L3で周縁部4と区切られている補強片9が形成されており…」(段落【0025】)と記載され,補強片が貼着された実施例を示す図2においても,補強片9は切込線L3で周縁部4と区切られ,切込線L1〜L3で周縁部4・アーム部5・舌片部6も一端のみで連続するほかはそれぞれ別々に区切られている。また,図1においても補強片は周縁部4・アーム部5・舌片部6とは切り離された部材として記載されている。


 これらによれば,本件特許発明において,舌片部と補強片とは別々の部材として記載され,これを一体とすることについては何らの示唆もされていないということができる。


また,本件明細書の【図4】の実施例を上下逆さまにして補強片を備え,舌片部の上端と補強片をわざわざ切り離す必要もないから,連続させるとの点は,本件明細書に何ら示唆されているものでもない。控訴人の上記主張は採用することができない。


(ウ) さらに控訴人は,舌片部につきその形状は不問にすべきであると主張する。

 しかし,本件特許発明〔請求項1〕の特許請求の範囲には明確に「舌片部」と記載され,本件明細書中に特段これを定義する記載もないものであるから,その形状は当然その通常の用語の意味により解すべきである。


 そして,「片」については広辞苑新村出編,2008年1月11日第6版第1刷発行,2541頁)に「?ひときれ。きれはし。…」と記載されており,舌片部につき舌のかけら様の形状と解することに誤りはない。控訴人の上記主張は採用することができない。


(エ) さらに控訴人は,甲13の1〜5(財団法人日本化学繊維検査協会大阪分析センターが平成21年10月16日に作成した「試験報告書」)を提出し,被告製品1におけるA部分6’と補強片9’とを分離してもこれを一体とした場合と機能的に異なるものではないから,被告製品1のA部分6’は舌片部に該当すると主張する。


 甲13の1〜5を基にした控訴人の上記主張は,被告製品1(甲13の1)と,被告製品1のA部分6’と補強片9’とを切り離し分離した物(甲13の2)とで,開口状態が全くといってよいほど同じでほとんど変化がない,被告製品1の補強片9’を除去した物(甲13の3),被告製品1のA部分6’を除去したもの(甲13の4),被告製品1の補強片9’及びA部分6’を除去したもの(甲13の5)とを比較すると,補強片9’はあるがA部分6’が除去されても袋本体が開口していることから,被告製品1においては把手部?5’の下端が袋本体に貼着していることにより開口が生じ,補強片9’には袋本体を反対方向に大きく引っ張る機能はない,とするものである。


 しかし,甲13の1〜5の実験は,いずれも上部面積がそれほどドリップバッグの開口部の面積と異ならない特定のカップを用いて注湯前の袋本体の開口部の長さ・幅・面積を測定したものであるところ,ドリップバッグの開口部の長さ・面積等は,用いるカップの大きさや,開口する際の力の入れ具合等によってもその状況には差異が生じうることが明らかである上,実際の使用に際しては袋本体に熱湯が注がれるものであるから,開口状況はこれにより大きく変化するものと容易に推認される。


 そうすると,甲13の1〜5の実験結果から,必ずしも,被告製品1においてA部分6’と補強片9’を切り離しても機能に差がなく,補強片9’に袋本体を引っ張る機能がないということはできないから,控訴人の上記主張は採用することができない。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。