●平成20(行ケ)10235 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟(2)

 本日も、昨日に続いて、『平成20(行ケ)10235 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「ペンタフルオロエタンとジフルオロメタンの共沸混合物様組成物」平成22年01月14日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100114164520.pdf)について取り上げます。


 本件では、取消事由2(「訂正後の請求項1における組成範囲の記載では,『32°Fにおいて約119.0 psia の蒸気圧』を実施することはできない」旨の判断の誤り)についての判断も、参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第1部 裁判長裁判官 塚原朋一、裁判官 東海林保、裁判官 矢口俊哉)は、


『2 取消事由2(「訂正後の請求項1における組成範囲の記載では,『32°Fにおいて約119.0 psia の蒸気圧』を実施することはできない」旨の判断の誤り)について


(1) 証拠(甲29,53の1,57,58)によれば,共沸混合物とは「2成分以上の混合液に平衡な蒸気の組成が液の組成と等しいもの」を意味すること,原告は「約25重量%のペンタフルオロエタンと約75重量%のジフルオロメタンを含んだ組成物」につき真の共沸組成物(実質的に一定の沸点を有する組成物)として最良と考えており,同組成物は32°F(0°C)にて約119 psia(820kPa)の蒸気圧を有すること,「約35.7〜約50.0重量%のペンタフルオロエタンと約64.3〜約50.0重量%のジフルオロメタンとからなる混合物」は,32°Fにて,118.62 psia 以下,116.80 psia 以上の蒸気圧を有することが認められる。


 ところで,本件発明に係る請求項において「約35.7〜約50.0重量%のペンタフルオロエタンと約64.3〜約50.0重量%のジフルオロメタンとからなり」(以下「前段」という。)との記載及び「32°Fにて約119.0 psia の蒸気圧を有する」(以下「後段」という。)との記載が存在する。


 上記前段と後段の記載は,一見すると互いに矛盾する関係にある(なお,その詳細については,後記のとおりである。)ところ,この点につき,被告は,本件訂正明細書の記載は実施可能要件を欠くものである旨主張するのに対し,原告は,?後段は,単に真の共沸混合物が有する属性を記載したにすぎず,本件発明に係る共沸混合物様組成物の蒸気圧は,真の共沸混合物が有する蒸気圧を中心とした一定範囲内で,ある程度の幅を有する旨,?前段と後段とが互いに矛盾していても,後段記載は明白な誤記であるから,実施可能性に問題はない旨を主張しているので,以下,検討する。


(2) 後段記載が有する意味について

ア 本件訂正前の請求項1の発明について

 前記1(2) イのとおり,本件訂正明細書において,本件発明における共沸混合物様組成物につき,「沸騰特性が一定であるという点,あるいは沸騰もしくは蒸発させても分別を起こしにくいという点に関して,真の共沸混合物のように挙動する組成物」を意味するとされ,「本発明の意味する範囲内で共沸混合物様であることを明確に示すもう一つの方法は,該混合物が32°F(0°C)にて,本明細書に開示の最も好ましい組成物の蒸気圧〔32°F(0°C)にて約119 psia(810 kPa)〕の約±5 psia(25 kPa)の範囲内の蒸気圧を有することを明示することである。好ましい組成物は,32°F(0°C)にて約±2 psia(14 kPa)の範囲の蒸気圧を示す。」と記載されている。

 また,前記1(2) ウ,エのとおり,本件訂正明細書の実施例1においては,ペンタフルオロエタンとジフルオロメタンの組成割合につき,0〜58.5/100〜41.5重量%の範囲で変化させた混合物の沸点測定値が示され,実施例2においては,ペンタフルオロエタンの割合を変化させた組成物の蒸気圧データが示されており,表?に記載された6種類の組成物は,ペンタフルオロエタンの割合が0.0〜51.6重量%の範囲であることからすれば,約1.0〜50.0重量%のペンタフルオロエタンと約99.0〜50.0重量%のジフルオロメタンからなる組成物では,そのすべての範囲において,実質的に一定の蒸気圧を示すものといえる。


 なお,当初明細書においても,以上の点につき本件訂正明細書と同様の記載があるところ,当業者は,当初明細書をみた場合,実施例1,2は,本件訂正前の発明の実施例として理解するものと解される。


 したがって,実施例2は,実質的に一定の蒸気圧となる組成範囲,すなわち,共沸混合物様となる組成範囲を示すための記載といえ,当初明細書は,約1.0〜50.0重量%のペンタフルオロエタンと約99.0〜50.0重量%のジフルオロメタンとを含む組成物が実質的に一定の蒸気圧を有する,すなわち,共沸混合物様であることを,発明の特徴として記載していたことになる。


 他方で,前記(1)のとおり,原告は「約25重量%のペンタフルオロエタンと約75重量%のジフルオロメタンを含んだ組成物」につき真の共沸組成物(実質的に一定の沸点を有する組成物)として最良と考えており,同組成物は32°F(0°C)にて約119 psia(820kPa)の蒸気圧を有するものであるが,当初明細書や本件訂正明細書には,同組成物の蒸気圧に関する特段の記載はない。


 このような当初明細書や本件訂正明細書の記載からすれば,本件訂正前の請求項1の発明が,「約25重量%のペンタフルオロエタンと約75重量%のジフルオロメタンを含んだ組成物」に限定されていたと解することはできず,同発明は「約1.0〜約50.0重量%のペンタフルオロエタンと約99.0〜約50.0重量%のジフルオロメタン」とからなり,「『32°Fにて約119.0 psia の蒸気圧を有する(真の)共沸混合物』のように挙動する組成物」であったと解すべきである。


 そして,「32°Fにて約119.0 psia の蒸気圧を有する」との記載は,あくまで「真の共沸混合物」が有する属性として記載されたものと解するのが相当である。


イ本件訂正後の本件発明について

 本件発明は,「約35.7〜約50.0重量%のペンタフルオロエタンと約64.3〜約50.0重量%のジフルオロメタンとからなり,32°Fにて約119.0psia の蒸気圧を有する,空調用又はヒートポンプ用の冷媒としての共沸混合物様組成物。」と特定されており,「空調用又はヒートポンプ用の冷媒としての共沸混合物様組成物」が「32°Fにて約119.0 psia の蒸気圧を有する」ことが明確に特定されているため,これが訂正前の請求項1の発明と全く同一内容の発明であるということはできず,訂正に伴う相応の変更があったものといわざるを得ない。


 しかしながら,本件発明は,訂正前と同様,共沸混合物様組成物に関するものであって,本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載された発明の技術的意義についても,訂正前と実質的な変更はないものというべきであるが,本件訂正による特許請求の範囲の減縮は,発明の用途を限定するとともに,ペンタフルオロエタンとジフルオロメタンからなる組成物の組成範囲を減縮することを目的としてされているものの,後段記載の部分がそのまま維持されたこともあって,前段記載と後段記載の矛盾関係が発生したものといえる。


 そうであれば,本件訂正後の本件発明は,発明の用途や組成範囲が限定された点を除けば,本件訂正前の発明と基本的に同一であるが,本件訂正明細書の発明の詳細な説明を参照しつつ,上記のような矛盾が生じないように解釈すべきであるから,「空調用又はヒートポンプ用の冷媒としての組成物であり,約35.7〜約50.0重量%のペンタフルオロエタンと約64.3〜約50.0重量%のジフルオロメタンからなり,32°Fにて約119.0 psia の蒸気圧を有する共沸混合物のような組成物」(ここで「共沸混合物のような組成物」とは「共沸混合物のように挙動する組成物」であるという意義)であると解するのが相当である。


 すなわち,本件発明の後段における蒸気圧の記載は,「真の共沸混合物」が有する属性を記載したものにすぎないと解すべきであって,本件訂正明細書の発明の詳細な説明を参照した当業者であれば,本件発明が上記認定どおりの組成物であると理解することができるものと認められる。


 そして,前記アで検討したとおり,本件訂正明細書には,本件発明の特徴について記載されており,当業者がこれらの記載を見れば,本件発明が「空調用又はヒートポンプ用の冷媒としての組成物であって,約35.7〜約50.0重量%のペンタフルオロエタンと約64.3〜約50.0重量%のジフルオロメタンとからなり,『32°Fにて約119.0 psia という真の共沸混合物の蒸気圧を有する,共沸混合物』のように挙動する組成物」であるものと理解し,その旨実施することができるものと認められる。


 したがって,本件発明の前段記載と後段記載とは実質的に矛盾するものではなく,両者が矛盾するものであると解釈し,これを根拠に本件発明につき実施可能要件違反があるとした審決の認定判断には誤りがある。


ウ なお,「約119.0 psia」の蒸気圧の意味につき,審決は「119.0±0.05 psia」であると認定しており,原告も,同認定を争っていなかったところ,被告は,上記「約119.0 psia」が「119.0±0.05 psia」を意味することにつき自白が成立したと主張する。


 その後,原告が,平成21年7月30日付け準備書面(5) において,本件発明に係る「共沸混合物様組成物」の蒸気圧の範囲に幅があるという主張をしたため,被告は,原告による同主張が上記蒸気圧の範囲について成立した自白の撤回に当たるとして,このような自白の撤回は許されず,信義則にも反する旨主張する。


 しかし,そもそも,原告が上記準備書面において「約119.0 psia」の範囲につき新たな主張をしたものとは認められないので,仮に,「約119.0 psia」との文言の意味内容,解釈等に関する主張が審決取消訴訟における主要事実に当たり,かつ,審決取消訴訟に弁論主義が適用されるべきであったとしても,原告による上記主張自体が許されないものではない。


 このほか,被告は,原告の上記準備書面(5) における「本件発明に係る『共沸混合物様組成物』の蒸気圧の範囲に一定の幅がある旨」の主張が,時機に後れて提出された攻撃防御方法であり,却下を免れない旨主張する。


 しかし,原告の上記主張は,実質的には,それ以前からの主張と変わりがない上,この点を判断することにより訴訟の完結を遅延させるとはいえない(民事訴訟法157条1項参照)ので,被告の上記主張は理由がない。


エ 被告は,最高裁平成3年3月8日判決(いわゆるリパーゼ事件判決)を引用して,請求項1の後段の「32°Fにて約119.0 psia の蒸気圧」について,それが誤記であるとしても,それは同判決が判示するような「一見して誤記であることが明らかな場合」には当たらないと主張し,また,誤記ではないとしても,「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない」場合にも当たらないと主張するので,念のために,所論の判例との関係につき付言することとする。


 上記判示のとおり,本件発明の請求項1の文言は,前段では,組成物の物質の名称が特定の数値(重量パーセント)とともに記載され,後段では,特定の温度における特定の数値の蒸気圧が記載されており,それぞれの用語自体としては疑義を生じる余地のない明瞭なものであるが,組成物の発明であるから,構成としては前段の記載で必要かつ十分であるのに,後者は,さらにこれを限定しているようにも見えるものの,真実,要件ないし権利の範囲として更に付された限定であるとすれば,その帰結するところ,権利範囲が極めて限定され,特許として有用性がほとんどない組成物となり,極限的な,いわば点でしか成立しない構成の発明であるという不可思議な理解に,当業者であれば容易に想到することが必定である。


 そうすると,本件発明の請求項1の記載に接した当業者は,前段と後段との関係,特に後段の意味内容を理解するために,明細書の関係部分の記載を直ちに参照しようとするはずである。


 そうであってみれば,本件発明の請求項1の記載に接した当業者は,後段の「32°Fにて約119.0 psia の蒸気圧を有する」の記載に接し,その技術的な意義を一義的に明確に理解することができないため,明細書の記載を参照する必要に迫られ,これを参照した結果,その意味内容を上記判示のように理解するに至るものということができる。


 したがって,本件発明の請求項1の解釈に当たって明細書の記載を参照することは許され,上記の判断には,所論のような,判例の趣旨に反するところはなく,被告のこの点に関する主張は採用することができない。

(3) 以上のとおり,本件発明における請求項1の「32°Fにて約119.0 psiaの蒸気圧を有する」との記載(後段記載)は,「真の共沸混合物が有する蒸気圧」を記載したにとどまり,本件発明の対象はあくまで「約35.7〜約50.0重量%のペンタフルオロエタンと約64.3〜約50.0重量%のジフルオロメタン」との組成範囲の記載(前段記載)によって定まると解釈すべきことになるから,本件発明の前段記載と後段記載は実質的に矛盾しないことになり,本件特許には,審決が説示したような実施可能要件違反はない。


 したがって,その余の点を検討するまでもなく,取消事由2は理由があることになる。

3 結論

 以上のとおり,取消事由1,2ともに理由があり,本件特許を無効とした審決は誤りであるから,審決を取り消すこととする。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。