●平成20(ワ)30272 損害賠償請求事件 特許権 民事訴訟

 本日は、『平成20(ワ)30272 損害賠償請求事件 特許権 民事訴訟 平成21年12月10日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091218111315.pdf)について取り上げます。


 本件は、原告が,被告に対し,被告は,原告のした発明につき,特許を受ける権利を承継することなく特許を出願し,原告の特許を受ける権利を侵害したなどと主張して,不法行為に基づく損害賠償等を請求し、その請求が棄却された事案です。


 本件では、最高裁判決を引用しての発明の成立性の判断が参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第47部 裁判長裁判官 阿部正幸、裁判官 山門優、裁判官 舟橋伸行)は、


『1 争点1−1(本件補正により原告の発明者名誉権等が侵害されたか)について


(1) 原告は,本件訂正前の発明の発明者か

ア 発明とは,自然法則の利用に基礎付けられた一定の技術に関する創作的な思想であり,その創作された技術内容は,その技術分野における通常の知識経験を持つ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され,客観化されたものでなければならず,その技術内容がこの程度に構成されていないものは,発明としては未完成のものであって,特許法2条1項にいう「発明」とはいえない最高裁昭和44年1月28日第三小法廷判決・民集23巻1号54頁参照)。


イ(ア) これを,本件訂正前の発明についてみるに,同発明の内容は,別紙特許請求の範囲の「平成11年1月11日付け手続補正書」欄記載のとおりであり,「セサミン及び/又はエピセサミン含有飲食物」(請求項1ないし3,7,14ないし16),「セサミン及び/又はエピセサミン含有液体飲料」(請求項4ないし6),「セサミン及び/又はエピセサミン含有飲食物の製造方法」(請求項8ないし13,17ないし19)に関する発明である。このように,本件訂正前の発明は,いずれも,「飲食物」ないし「飲料」に関する発明である。


(イ) そこで,特許請求の範囲に記載された「飲食物」ないし「飲料」の意義について検討するに,「飲食物」ないし「飲料」という用語は,技術用語として一義的に明確な意味を有しているものではなく,いわゆる日常用語である。


 そして,「飲食物」とは,「飲みものと食べもの」(広辞苑第5版207頁)を,「飲料」とは,「飲むためのもの。飲みもの。」(同213頁)を,それぞれ意味するものであり,「飲みもの」とは,「飲用に供する液体。飲料。水・酒・茶・ジュースの類。」(同2096頁)を,「食べもの」とは,「人や動物が食用にするものの総称。また,飲み物に対して,噛んで食べる物。」(同1671頁)を,それぞれ意味するものである。また,「飲食物」は,「人が日常的に食物として摂取する物の総称。」を意味する「食品」と同じ意味を有するものでもある(同1342頁)。


(ウ) 本件明細書1の「発明の詳細な説明」の記載を見ると,「飲食物」の意味を直接定義した箇所は見当たらないものの,次のような記載が存在する。


 ・・・省略・・・


(エ) 上記(イ)認定の「飲食物」及び「飲料」という用語の通常の意味に,上記(ウ)の明細書の記載を参酌すると,本件明細書1においては,「飲食物」という用語は,「飲料」を含むものであり,「食品」と同義,すなわち,「人が日常的に食物として摂取する物」という意味において使用されているものと認められる。


ウ 一方,本件実験は,セサミンとエピセサミンの等量混合物(セサミン混合物)を配合したラット飼料を用いた動物実験であり,同実験で用いられた飼料は,飼養動物に与える食物(えさ)であって,人が日常的に食物として摂取することができる物(上記イ(エ)の意味での「飲食物」)であるとは認められない。セサミン単体,エピセサミン単体又はセサミンとエピセサミンの混合物を含有した飲食物(食品)に関する発明を完成したというためには,かかる飲食物について,その技術分野における通常の知識経験を持つ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化,客観化した技術内容を創作することが必要である。


 本件実験は,脂溶性で水に溶けない性質を持つセサミン(乙26)について,その製造方法を工夫するなどして上記イ(エ)の意味での飲食物や液体飲料を具体的に製造したり,製造された物が食品として利用可能かどうかを味覚実験等を通じて検証するものでもない。また,本件実験の結果を記載した本件報告書にも,本件実験の結果が記載されているだけで,同実験により確認されたセサミン混合物の特定の性質を上記イ(エ)の意味での「飲食物」の用途に用いることが可能である旨の記載や,これを示唆する記載は特段存在しない。


 したがって,本件実験により,原告が「飲食物」に関する発明である本件訂正前の発明を完成したと認めることはできない。


エ 原告は,平成2年実験により,セサミン及びエピセサミンが生体内でアルコールの影響なくコレステロール低下作用等を有することを原告が初めて見い出したとも主張する。


 しかしながら,平成2年実験も,本件実験と同様に,セサミンとエピセサミンの等量混合物(セサミン混合物)を配合したラット飼料を用いた動物実験であり,人が日常的に食物として摂取することができる物(飲食物)を具体的に製造したり,製造された物が食品として利用可能かどうかを味覚実験等を通じて検証するものではない。また,同実験の結果を記載した報告書(甲22の2)にも,実験の結果が記載されているだけで,実験により確認されたセサミン混合物の特定の性質を飲食物の用途に用いることが可能である旨の記載や,これを示唆する記載は特段存在しない。


 したがって,原告が平成2年実験によって本件訂正前の発明を完成したと認めることもできない。


オこれに対し,原告は,本件実験は,飼料を用いた動物実験ではあるものの,原告は動物の健康の維持等を目的に本件実験を実施したのではなく,人間が健康の維持のためにセサミン及びエピセサミンなどを経口摂取することを前提としてプロトコールを作成し,本件実験を行ったものであり,動物実験によって人間の飲食物に関する際の作用効果を確認することも一般に行われていることから,原告は本件実験によって,セサミン単体,エピセサミン単体又はセサミン及びエピセサミンのいずれかが血中コレステロール及び過酸化脂質を低下させる効果を有することを前提として,これらを飲食物に含有せしめること,すなわち,「セサミン及び/又はエピセサミンを添加したセサミン及び/又はエピセサミン含有飲食物」(本件セサミン発明)を発明したものであると主張する。


 しかしながら,原告が,「人間が健康の維持のためにセサミン及びエピセサミンなどを経口摂取すること(すなわち,食品として摂取すること)を前提としてプロトコールを作成し,本件実験を行った」こと及び「本件実験によって,セサミン及び/又はエピセサミンが血中コレステロール等を低下させることを前提として,これらを飲食物に含有せしめることを発明した」ことについては,これを裏付けるに足りる客観的証拠は存在しない上,? 動物実験は,飲食物(食品)として使用するための作用効果を確認するために行うものに限られるわけではなく,医薬品や動物薬品等としての効果を確認するためのものも存在すること,? 仮に,本件実験によりセサミン及び/又はエピセサミンが血中コレステロール等を低下させるとの作用効果が確認されたとしても,このような作用効果に鑑みると,同物質を医薬品の用途に用いることは格別,これを飲食物の用途に用いることに想い至ることが通常であるとは認め難いこと,? 原告が本件実験の対象としてセサミン群を入れることとしたのは,α1教授から「セサミンをやってみないか」と言われたためであり,原告は,本件実験を行う以前には,セサミンの作用効果等について何も分かっていなかったこと(甲46)などを併せ考えると,原告が上記前提の下で本件実験を行い,同実験の結果からセサミン等を飲食物に含有せしめることに想到したとはにわかに認め難い。


 また,本件実験結果のみからは,「飲食物」に関する発明の内容が具体的,客観的に開示されているとは認められないことについては,上記ウのとおりである。


 さらに,本件実験は,ラットにアルコールを連続して与えてアルコール性脂肪肝とし,このアルコール性脂肪肝に及ぼすセサミン混合物とGSHの影響を比較測定したものであるから,その実験結果は,あくまでも,アルコールの存在下のセサミン混合物のコレステロール低下効果等を示すにとどまり,本件実験の結果のみから,アルコールを投与しない場合のセサミン混合物の投与効果を判断することはできないというべきである。


 したがって,これらのいずれの点からみても,原告の上記主張は理由がない。



カ 以上のとおり,本件実験により原告が本件訂正前の発明を完成したと認めることはできない。

 ・・・省略・・・

 したがって,本件補正のされた平成11年1月11日時点において,原告は,同発明についての特許を受けることはできなかったというべきであり,本件補正は,本件訂正前の発明に係る原告の発明者名誉権及び特許を受ける権利を侵害するものではなく,不法行為は成立しない。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。