●昭和39(行ツ)92「原子力エネルギー発生装置事件」最高裁判所第三小

 本日は、昨日の、『平成20(ワ)30272 損害賠償請求事件 特許権 民事訴訟 平成21年12月10日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091218111315.pdf)において引用されていた最高裁事件である、●『昭和39(行ツ)92 審決取消請求 特許権 行政訴訟原子力エネルギー発生装置事件」昭和44年01月28日 最高裁判所第三小法廷』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/7FD8AED5EEA613C249256A85003122E3.pdf)について取り上げます。


 本最高裁判決の内容は、以下の通りです。


『 本願発明は、その明細書によれば、要するに、中性子の衝撃による天然ウランの原子核分裂現象を利用し、その原子核分裂を起こす際に発生するエネルギーの爆発を惹起することなく有効に工業的に利用できるエネルギー発生装置を得ることを目的とするものというのである。


 そのような装置の発明であるとすれば、それは単なる学術的実験の用具とは異なり、少なくとも定常的かつ安全にそのエネルギーを取り出せるよう作動するまでに技術的に完成したものでなければならないのは当然であつて、そのためには、中性子の衝撃による原子核の分裂現象を連鎖的に生起させ、かつ、これを適当に制御された状態において持統させる具体的な手段とともに、右連鎖的に生起する原子核分裂に不可避的に伴う多大の危険を抑止するに足りる具体的な方法の構想は、その技術内容として欠くことのできないものといわなければならない。


 論旨は、その装置が定常的かつ安全に作動することは発明の技術的完成の要件に属しないものと主張し、また、それが旧特許法一条にいう工業的発明とするのには、発明の技術的効果が産業的なものであれば足りると論ずるが、本願発明が連鎖的に生起する原子核分裂現象を安全に統制することを目的としたものであることに目を蔽うものであり、また、それが定常的かつ安全に実施しがたく、技術的に未完成と認められる以上、エネルギー発生装置として産業的な技術的効果を生ずる程度にも至つていないものといわざるをえない。


 ・・・省略・・・


 発明は自然法則の利用に基礎づけられた一定の技術に関する創作的な思想であるが、特許制度の趣旨にかんがみれば、その創作された技術内容は、その技術分野における通常の知識・経験をもつ者であれば何人でもこれを反覆実施してその目的とする技術効果をあげることができる程度にまで具体化され、客観化されたものでなければならない。


 従つて、その技術内容がこの程度に構成されていないものは、発明としては未完成であり、もとより旧特許法一条にいう工業的発明に該当しないものというべきである。


 ところで、特許出願の手続においては、右のような発明の技術内容の全貌が明細書(その添付図面を含む。以下同じ。)のうちに開示されて、その記述が審査の対象となるわけである。


 その発明が技術的に完成されたものかどうかも、明細書の記述によつて判断されるのである。されば、右記述において発明の技術内容が十分具体化、客観化されておらず、その技術分野における通常の知識を有する者にとつて容易に実施可能とは認めがたいとすれば、その発明の実体は技術的に未完成のものとして発明を構成しないと判断して妨げないのである。


 原判決が、本願発明について明細書の記述の不完全から結局これを旧特許法一条にいう工業的発明にあたらないと解したのは、このような見地に拠るものとして正当と認めることができる。


 論旨は、明細書の記述の不完全を理由として発明を未完成と認定するのは、明細書における開示の問題と発明の完成の問題とを混同するものと非難するが、明細書の記載を通じて発明の実体、その特許能力の有無を審査させる法の建前を無視した論というべきである。


 明細書における発明の技術内容の記述が、その技術分野における通常の知識を有する者が容易にそれを実施できる程度に示されなければならないのは、前叙のように発明の技術的完成を開示するため当然のことに属し、旧特許法のもとにおいては、同法施行規則三八条三項、同法五七条一項三号等の規定をまつまでもないのである。


 従つて、論旨の説くように、本願発明について適用されるべき規定は、上記各規定の改正前のものであつたとしても、そのために原判決の判断の結果に影響するものとは考えられない。(なお、右施行規則の改正は、三八条四項を三項に繰り上げたのみで規定の内容に変更はないが、右特許法の規定は、改正後では明細書に発明の実施に必要な事項を記載していなかつたものは、誤つて登録された後でも特許無効の原因とある旨を定めたのに対し、改正前では、右事項を故意に記載しなかつた場合に限つて特許無効原因とした相違がある。しかし、改正前のそれは、一旦登録を、許されたものであるから政策的に特許を無効とする場合を制限したものと認められ、その規定から逆に、右改正前では、故意によらないかぎり、明細書に発明を実施しうべき程度に記載がなくても足りると論じうるものではない。改正前の右規定もまた明細書には発明を実施しうべき程度に記載せられるべきことを前提としていたことは、改正後と異ならない。)


 論旨は、なお、原判決は当該技術分野における通常の知識を有する者が容易に実施できる程度という意味を誤解し、本願発明につきその明細書において不当に細目的事項までの開示を要求したものであり、かつ、それらの事項が当該技術分野の専門家において容易に知りえない事項かどうかについても審理を欠いた違法があるものと主張する。しかし、原判決が本件明細書の記述を不十分とした諸点は、専門的知識をもつて報告されたものと認められる前記a報告書に基づいて適法に認定されているところであり、それらの事項や臨界量が本件出願当時のその技術分野において十分解明されていなかつた事実も、また挙示の各証拠によつて適法に認定されているのである。そして、それらの事項が原子炉の安全な作動につき重要でない細目的事項と認めるに足りる証拠はない。されば、その出願当時において、その技術分野における通常の知識をもつ者が右明細書に記述されたところによつて容易に反覆実施できたとは認められないとして、前叙のような判断を示した原判決に、所論の違法は存しない。

 論旨はいずれも採用できない。


 同第七点ないし第九点(上告理由書第二編第三章)について。

 論旨は、原判決が本願発明の明細書における明白な記載を無視し、これに危険防止安全確保の手段が具体的に明らかにされていないと判示したものというが、原判決は、所論のような手段の記載が全くないと判示したのではなく、明細書に記載されたところは概ね理論的な指示以上に出でず、積極的に具体的手段を明示していないうえ、構築材料、配管材料等に対する放射線の影響や「時おくれの中性子」の制御度合に関する考慮等が払われていないので、上記のように判示したものと認められる。論旨は、原判決を正解しないものというべきである。


 本願発明の実施に伴う危険は、一般の動力装置におけるような通常の手段方法で阻止できない特異のものであり、しかもその装置の作用効果を発揮するためには不可避的のものであるから、その防止の具体的手段は、発明の技術内容を構成するものといわざるをえない。


 論旨は、原判決の判断をもつて本願発明の装置の可動性の条件と安全性の条件とを混同したもののように非難するが、その発明の特質を看過したものであつて、安全性を除外して原子炉の作動は考えられないのである。また、すでに本願発明が技術的に未完成と認められるものである以上、その危険がある点で旧特許法三条四号適用の問題であつて同法一条適用の問題ではないとする所論のあたらないのはいうまでもない。


 さらに、論旨は、発明が危険性のために未完成といえるのは危険性がその発明の効果の発生を妨げる場合でなければならないとし、本願発明についていえば、装置を実施すれば不可避的に爆発が起こるとか、危険でエネルギーが制御された形で取り出せない場合がこれにあたるとし、本願発明を未完成ではないと主張するが、その装置が定常的かつ安全に作動できることをこの発明の要件とみない見地に立つての反論であり、本願発明の特質を見誤つたもので、首肯しがたい。


 このほか、論旨は、原判決は本件出願当時の技術水準に基づかず本願発明の装置を本質的に危険なものとみなし、原子爆弾と原子炉との本質的差異を見失つたものと論ずるが、そのいうところは、本願発明当時の技術水準では、原爆型の急激な連鎖反応を起こすこと自体不可能な段階にあつたから、いかように原子炉を作つたところで原爆型の危険は絶対に起こりえなかつたし、原子炉には危険性はないとするのである。


 しかし、原判決は本願発明を原子爆弾と同様の危険性を認めて安全確保の必要を判断したものと認める根拠はない。原子炉が作動する場合にその制御がよろしくなければ核連鎖反応を強烈ならしめて爆発の虞れがないとはいえないはずであり、現に、今日まで諸国で、原子炉についていくつかの大事故のあつたことも一般に知られているところである。このような危険性は、当時の技術水準がこれを意識すると否とにかかわりなく存在する。原子核分裂にあたつて発生するベータ線ガンマ線中性子線の危険性についても同様のことがいえるわけである。原判決はこれらの危険に対する具体的な対応手段について本願発明に不十分なものがあることを指摘しているのであつて、論旨は的はずれの論といわざるをえない。

 論旨はいずれも理由がない。


 同第一〇点(上告理由書第二編第四章)について。

 論旨は、特許出願の審査にあたつて、その発明の完成の有無、第三者によるその実施の可能性の有無についての判断は、必ず出願当時の技術を基準としてなされるべきものであるのにかかわらず、原判決は、本願発明の明細書の開示につき、出願後の時期に至つてはじめて明らかになつた知識を考慮して判断しているのであつて、これは法の解釈適用を誤つたものという。


 しかし、発明が完成していたかどうかを出願時を基準として判断するとは、その出願当時において発明がすでに技術的に完成していたかどうかを判定することであつて、その出願当時判明している技術知識を基準としてその完成の有無を判定することではない。右の判断にあたつては、出願後に判明した事実であつても、それを資料とすることを許さないとする理由はない。


 これを本件についていえば、本願発明の出願当時において、その明細書に記載どおりの技術内容のものが、その当時の技術水準のもとで、発明の目的とする作用効果を生ずるように作動しうるものであつたかどうかを判断するにつき、出願時以後に原子炉の作動に関し判明した知識を資料とすることは、なんら妨げないのである。


 されば、原判決が原子炉の作動に必要な条件として認定したところに、仮に本件出願後に判明した知識に基づいたものがあるとしても、所論の違法は存しない。従つてまた、明細書の記述は出願当時の技術知識を基準として判断すべく、出願後に判明した事柄は明細書に記載されなくても、当時の技術水準によれば不備とはいえないものとし、この点に対する原判決の判断を失当とする所論は、その前提においてすでに誤りあるもので、採用のかぎりでない。


 同第一一点(上告理由書第二編第五章)について。

 論旨は、原審において上告人が外国においても本願発明が特許されている事実を立証したのに対し、原判決がわが国と法制、慣行、技術事情が異なるとの判示をもつて応えたのみで、なんらこのことを万国共通であるべき事実認定の資料とせず、また、逆にこれを排斥する判示もしていないのは、証拠の判断を脱漏し、理由不備の違法をおかしたものという。

 上告人は、原審において甲第三号ないし第五号証(英国、カナダおよび独逸の各特許明細書)を提出したが、それら特許明細書によつた特許の適否について判断を求めたものでないことはいうまでもない。されば、これら特許が正当に与えられたものとして、これらについてそれぞれの国がとつた判断に同調を要求することは無理である。これら書証は、本願発明が旧特許法一条にいう工業的発明を構成することの立証として提出されたものと認められるから、原判決は、これら書証を挙示して、このように他国において特許されているからといつて、乙第二号証(a報告書)の鑑定意見等を覆し、本件明細書をもつてわが国において特許を与えるに十分な程度に完備しているものとは認めがたいと判示して右書証を採用しない趣旨を明らかにしているのであるから、その証拠判断にも欠けるところはなく、論旨は理由がない。


 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。』