●平成20(行ケ)10483 審決取消請求事件「ヘキサアミン化合物」(1)

Nbenrishi2009-11-12

 本日は、『平成20(行ケ)10483 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「ヘキサアミン化合物」平成21年11月11日 知的財産高等裁判所http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091111165534.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取り消しを求めた審決取消訴訟事件で、その請求が認容された事案です。


 本件では、まず、取消事由2の、補正により実施例の化合物をクレームから除いた場合における実施可能要件の判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第1部 裁判長裁判官 塚原朋一、裁判官 東海林保、裁判官 矢口俊哉)は、

『2 取消事由2について

 事案にかんがみ,取消事由2を先に判断する。

(1) 審決は,本件補正によって実施例の化合物がクレームから除かれた結果,発明の詳細な説明には,本願補正発明の化合物につき具体的に製造した旨の記載はなく,その発光特性,発光の寿命,保存安定性について確認した旨の記載もないから,実施可能要件を満たさず,同様に,クレームの記載もサポート要件を満たさないとして,本件補正を却下した。


 原告は上記の本件補正却下につき争っているところ,特許法(現行法)36条4項1号,6項1号所定の実施可能要件,サポート要件等の具備は,特許権の発生要件であるから,出願人が立証責任を負うというべきである(これに反する原告の主張は採用できない。)。


(2) 本願補正発明のクレームに含まれる化学物質の「A」の部分の構造としては,Aの部分で共鳴関係が切断されているもの,されていないもの,結合の回転が自由に行われるもの,行われないものといった,多様な類型のものが含まれているところ,被告は,「>N−A−N<」の構造を有する本願補正発明の化合物においては,「A」の部分が重要であるから,実施例とされていた化合物を除いた後の,実施例とは異なる「A」の構造を有する化合物の有機EL素子としての性質は不明であると主張し,その根拠として特許公報(乙8,9,6)を挙げる。


 これに対し,原告は,「>N−A−N<」の構造を有する本願補正発明の化合物においては,少なくとも16個のベンゼン環と6個のアミノ結合を有する周辺部分の方が「A」の部分(中心部)より大きな割合を占めること等からすれば,「A」の部分は重要ではなく,周辺部こそが重要であることが明らかであるため,実施例とされていた化合物をクレームから除いても,実施例と異なる「A」の構造を有する化合物の有機EL素子としての性質は実施例のものと変わらない旨主張し,その根拠として特許公報(甲11,12)を挙げる。


 このほか,原告は,本願出願後の文献(甲16,19等)を提出し,「A」の部分につき多様な構造を有する化合物であっても有機EL素子としての有用性を有することは公知であった旨主張する。


 しかし,本件で提出された全証拠を精査してもなお,「本願補正発明における化合物の有機EL素子としての機能・性質に関し,『A』の部分(中心部)は重要ではなく周辺部分こそが重要である」,「『A』の部分が,本願明細書における実施例のものと異なる構造のものであっても,有機EL素子として実施例のものと同様の性質を有する」旨の原告の主張を裏付ける事実は認めることができない。逆に,前記1(3) キないしケからすれば,本願補正発明における化合物の有機EL素子としての性質(耐久性,融点)は,「A」の部分の構造により相当程度影響を受けるものと理解するのが相当である。


 したがって,本件補正により実施例の化合物がクレームから除かれた結果,本願補正発明の化合物(「A」の部分につき実施例とは異なる構造を有するもの)の発光特性,発光の寿命,保存安定性等の有機EL素子としての有用性につき,発明の詳細な説明には記載がないことになるから,サポート要件を満たさないものというべきである。


(3) 以上のとおり,審決が,本願補正発明につき独立特許要件がないとして本件補正を却下した点に誤りはなく,取消事由2は理由がない。』

 と判示されました。


 取消事由1の、特許法第29条の2における「先願発明」が先願明細書等に記載されていたか否かについての判断も参考になるので、取消事由1の方は明日取り上げます。