●平成21(ワ)2726 意匠権侵害差止等請求事件 意匠権「長靴」

 本日は、『平成21(ワ)2726 意匠権侵害差止等請求事件 意匠権 民事訴訟「長靴」平成21年11月05日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091106132344.pdf)について取り上げます。


 本件は、意匠権侵害差止等請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、意匠権侵害訴訟における意匠の類似の判断と、審査段階での意見書での主張に反する、侵害訴訟における主張についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、大阪地裁(第21民事部 裁判長裁判官 田中俊次、裁判官 北岡裕章、裁判官 山下隼人)は、


『1 争点1(被告意匠は本件意匠に類似するか)について

(1) 被告意匠と本件意匠の構成態様

 本件意匠と被告意匠の構成態様は,上記第2・1(4),(5)のとおりである。


 原告は,被告意匠の構成態様eに関し,筒部の絞りと絞りの間にこぶ状の膨らみが多数形成されていると主張するが,被告意匠には絞りにともなう自然な縦じわがあることは認められるものの,当該縦じわの深さは比較的浅いものであり,しわとしわの間に本件意匠のようなこぶ状の膨らみを看取することはできない。原告の上記主張は失当である。


(2) 被告意匠と本件意匠の対比

上記(1)を前提に,被告意匠と本件意匠を対比すると,両意匠には次の共通点と相違点があることが認められる。


 ・・・省略・・・


(3) 本件意匠の要部

ア 意匠の類否を判断するにあたっては,意匠に係る物品の性質,用途,使用態様,さらには公知意匠にない新規な創作部分の存否等を参酌して,意匠に係る物品について需要者の注意を惹きつける部分を意匠の要部として把握し,両意匠が要部において構成態様を共通にするか否かを中心に観察して,両意匠が全体として美感を共通にするか否かを判断すべきものである。


 原告は,意匠法24条2項制定後は物品の特定の部分をもって意匠の要部であるとする考え方は採用されないなどと主張する。


 意匠法24条2項は,意匠の類否判断が「需要者の視覚を通じて起こさせる美感」の類否に基づいて行われる旨を定めているところ,この観点でされる美感の類否判断の手法として,需要者の視覚を通じて起こさせる美感の観点から上記事項を参酌して本件意匠の要部を把握し,被告意匠がその要部における構成態様と共通するか否かを判断することは,むしろ同条項の趣旨に沿うものであり,かかる判断手法が同条項により排斥されたものとする根拠はない。原告の上記主張は採用できない。


イ物品の性質,用途,使用態様等

本件意匠に係る物品は,長靴であるが,その形状からすれば,いわゆる女性用のロングブーツであり,女性が足に着用して使用するものである。

ウ 公知意匠

証拠(乙7ないし13)によれば,次の事実が認められる(なお,本件意匠の出願前公知意匠として下記の各意匠が存在したことは,当事者間に争いがない。)。


 ・・・省略・・・


エ本件意匠の要部

 本件意匠に係る物品は女性用ロングブーツであり,需要者である女性としては,服装との組合せなどを考慮し,当該ブーツを着用した際に周囲からどのように見えるかなどを意識しながら,当該ブーツの外観全体の形状や質感を重視して商品を選定するものと考えられる。そして,くるぶしからひざ下までの部分である筒部はロングブーツの大部分を占めるものであり,足に着用した際にも周囲の目に付く部分であるから,筒部の形状等については需要者である女性が特に関心をもって観察するものと考えられる。


 これに対し,靴本体部は,機能上,女性の足の一般的な形状に合わせる必要があり,女性用ブーツであればいずれも似たり寄ったりの形状にならざるを得ないものであるところ,本件意匠の靴本体部も他の公知意匠と比べて特徴的な形状を有するものではなく,需要者の注意を惹くものとはいえない。


 また,靴底部も,本件意匠はいわゆるウエッジソールと呼ばれる種類の一般的な靴底形状のものにすぎず(1995年12月発行の大辞泉〔乙14〕にも「かかと部がくさび形をした靴底。多く女性用。ウエッジヒール」との語義で掲載。されている。),乙13雑誌にも複数掲載されているありふれた意匠であり,本件意匠の特徴的部分として需要者の注意を惹くものではないというべきである。


 そこで,需要者である女性が特に関心をもって観察すると考えられる本件意匠の筒部の形状を見ると,上下方向に間隔をおいて複数の絞りが設けられているところ(構成態様B),筒部に絞りを設けること自体は上記ウ(ア)ないし(エ)の各公知意匠にも見られるありふれた形態であるから,そのような構成態様自体は必ずしも需要者の注意を惹くものということはできない。


 他方,これら公知意匠に見られる筒部の絞りの数は2つないし3つであるから,本件意匠の絞りの数が5つである点(構成態様D)は,公知意匠にはない新規な構成態様であり,本件意匠に特有のものということができる。そして,本件意匠は,従来の意匠に比して筒部に多数の絞りが設けられることにより,絞りと絞りの間隔が狭くなり,筒部が全体に引き締まって細身のある独特の美感がもたらされており,需要者の印象に強く残るものになっているといえる。


 また,本件意匠の筒部の絞りと絞りの間に上下に長い大小のこぶ状の膨らみが多数形成されている点(構成態様E)についても,上記各公知意匠には,筒部の絞りと絞りの間が全体的に膨らんでいて張りがあるもの(上記ウ(ア),(イ))や,絞りにともなうしわが形成されているもの(上記エ(ア),(イ))があることが認められるものの,本件意匠のように絞りと絞りの間にこぶ状の膨らみが多数形成されているものは見当たらないから,この点も公知意匠にはない新規な構成態様であって,本件意匠に特有のものということができる。そして,本件意匠は,同構成態様によって筒部に独特の凹凸のある複雑な立体感がもたらされ,さらに,このような立体感は長靴全体にビニル風の光沢があること(構成態様F)により一層強調され,需要者の印象に強く残るものになっている。


 したがって,本件意匠の構成態様D,E及びFは,あいまって,需要者の注意を強く惹きつける部分であり,かかる構成態様をもって本件意匠の要部と認めるのが相当である。


(4) 被告意匠と本件意匠との類否

 上記のとおり,被告意匠と本件意匠とは,共通点1ないし共通点3の点において共通することが認められる。しかしながら,くるぶしからひざ下までの高さを有する筒部と,くるぶしから下の足を収容する靴本体部と,靴本体部の底面に配置した靴底部とからなる長靴であるという共通点1は,いわゆるロングブーツ一般の基本的形態であり,ありふれた意匠である。


 共通点2も,上記(3)のとおり,筒部に複数の絞りが設けられていること自体は公知意匠にも見られるありふれた形態であるから,需要者の注意を惹く部分が共通するものとはいえない。


 また,共通点3も,前示のとおり,本件意匠登録出願前からあるありふれた形態といえるから,この点も需要者の注意を惹く部分の共通点であるとは認められない。


 他方,被告意匠と本件意匠の相違点1ないし相違点3は,いずれも本件意匠の要部である構成態様Dないし構成態様Fの点に関する顕著な相違点である。被告意匠は,筒部の絞りが3つと本件意匠に比して少ないため(相違点1),絞りと絞りの間隔が本件意匠に比して広くなっており,また,その絞りと絞りの間には絞りに伴う自然な縦じわがあるだけで,本件意匠のようなこぶ状の膨らみはない上(相違点2),筒部の表面には織物素材の風合いがあり,本件意匠のようなビニル風の光沢はないことから(相違点3),本件意匠のように筒部が全体に引き締まって細身のある美感や筒部に独特の凹凸のある複雑な立体感のある美感が生じることはなく,本件意匠にはない筒部全体が柔らかくて膨らみのある独特の美感を需要者に起こさせている。


 以上によれば,被告意匠は,本件意匠と共通点1ないし3の共通点を有するが,要部において上記のとおり顕著な相違点があり,その他の本件意匠との共通点を考慮しても,全体として相違点が共通点を凌駕し,本件意匠とは美感を異にするというべきである。


 したがって,被告意匠は,本件意匠とは類似しない。


 なお,前記のとおり,原告は,本件意匠の出願経過において,本件意匠が乙2意匠に類似し,意匠法3条1項3号に該当するとした拒絶理由通知に対し,本件意匠は乙2意匠に類似しないとする意見書を提出したものであるところ,原告は,同意見書の中で,「本願意匠(判決注・本件意匠)の胴部の絞り(C)の段数は5段であるところ,引用意匠(判決注・乙2意匠)の胴部の絞りの段数(c)は3段である。胴部の高さと関連して,胴部の絞りの段数は,両意匠を手にとった時にもっとも注目する部分のひとつである。」と,胴部の絞りの段数の相違を強調して乙2意匠とは類似しないと主張していたのに,本件訴訟において,胴部の絞りの段数が乙2意匠と同じ3段である被告意匠との類否判断に当たり,段数の相違は需要者に与える美感に影響を及ぼさず,被告意匠は本件意匠に類似するなどと主張することは,出願経過における上記主張と相反するものというほかない。


 侵害訴訟である本件訴訟において原告が上記主張をすることは,禁反言の法理ないし信義則(民法1条2項,民訴法2条)に違反し,許されないものというべきである。そして,このように解することは,意匠法24条2項とは無関係に導き出されるものであり,同条項が制定されたからといって,かかる主張が許容されるものでないことは明らかである。


2 結語

 以上によれば,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。