●平成20(行ケ)10475 審決取消請求事件 特許権  行政訴訟

Nbenrishi2009-10-25

 本日は、『平成20(行ケ)10475 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟トロイダル無段変速機」平成21年10月20日 知的財産高等裁判所』((http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091021130750.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審決の取消しを求めた審決取消し訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、取消事由1(実施可能要件についての判断の誤り)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣、裁判官 高部眞規子、裁判官 杜下弘記)は、


『1 取消事由1(実施可能要件についての判断の誤り)について


(1) トロイダル無段変速機の境界潤滑領域における運転状況

 原告は,本件審決がトロイダル無段変速機が境界潤滑領域で通常運転されないと認定したとし,それが誤りであると主張する。


ア 境界潤滑の意味

そこで,まず,境界潤滑の意味を検討する。

(ア) 科学大辞典(昭和60年発行。乙1)の「境界潤滑」の項には,・・・


 ・・・省略・・・


h 以上のとおり,原告が引用する甲22ないし28に,原告が主張するように,トロイダル無段変速機が通常金属接触を生じる状態で使用されていることが開示されているということはできない。


(エ) 原告のその余の主張について

 原告は,トロイダル型無段変速が金属接触により動力を伝達することは,甲17の3・4,13,31,32からも明らかであり,これらの参考資料に言及していない本件審決は,審理不尽であるとも主張する。


 しかしながら,原告が指摘する上記各証拠の記載内容を検討しても,いずれも本件特許出願時に,トロイダル無段変速機が通常金属接触が生じる状態で使用されていることを示すものではなく,むしろ,金属接触が生じないように使用されていたことを裏付けるものといえるから,原告の主張は失当である。


 また,原告は,被告の平成19年の特許出願(甲29,30)において,トロイダル無段変速機で金属接触が生じることを認めながら,これに反する主張を行うことは信義則に反すると主張する。


 しかしながら,本件特許出願後に金属接触が生じる状態で使用されるトロイダル無段変速機が発明されたことと,本件発明の実施可能要件に関係はなく,信義則違反ともいえないので,原告の主張は失当というほかない。


(オ) 以上のとおり,本件特許出願当時,トロイダル無段変速機に代表されるトラクションドライブは,高圧下でガラス転移し固化する性質があるトラクションオイルを用い,駆動面と従動面の間にオイルを閉じ込めて油膜が破断されない状態とし,通常,金属接触が生じないように構成していたものと認められる。


ウ小括

 したがって,トロイダル無段変速機は,金属接触を伴う境界潤滑状態で通常運転されるものではなく,この点に関する原告の主張は理由がない。


(2) 表面粗さの大小とトラクション係数の大小との対応関係

原告は,表面粗さの大小とトラクション係数の大小が対応しないとの本件審決の認定が誤りであると主張する。

アまず,甲2の記載事項について検討する。

(ア) 潤滑32巻11号(昭和62年発行。甲2)には,次の記載がある。


 ・・・省略・・・


ウ上記イの各文献によると,駆動面と従動面の表面同士が直接接触し,金属接触などにより動力を伝達する場合は,その表面粗さが大きい方がトラクション係数が大きくなると認められる。


 しかしながら,前記(1)イ(イ)で判示したとおり,本件特許出願時には,トロイダル無段変速機はトラクションオイルによる皮膜を介在し,従動面と駆動面の転動面同士が直接接触することはないとされていたものである。そして,互いの表面同士は接触しないのであるから,直接接触することを前提とした上記イ認定の文献の開示事項が当てはまるということはできない。


 また,トラクションドライブは,転動面間に油膜を挟み,この油に微小な相対滑りを与えて動力を伝達するのであるから(甲8の2),相互に接触していない上に,滑る油膜を介している転動面同士の表面粗さが,トラクション係数にそのまま影響するとは考えられない。事実,甲2によれば,トロイダル無段変速機において通常使用される範囲において,転動面の表面粗さとトラクション係数の間に相関関係はないことが認められる。そして,この他に,トロイダル無段変速機が通常使用される範囲において,転動面の表面粗さとトラクション係数の関係が知られていたことを示す証拠もない。


 そうすると,表面粗さを単純に制御することにより,トロイダル無段変速機において,トラクション係数を調節することが,本件特許出願時において,技術常識であったということはできない。


エ小括

 したがって,金属接触を伴わない範囲では,表面粗さの大小関係とトラクション係数の大小関係は完全には一致しないものであるから,この点に関する原告の主張は理由がない。


(3) 本件発明の実施可能要件の充足性

ア 原告は,トロイダル無段変速機は境界潤滑状態でも運転され,表面粗さの大小はトラクション係数の大小に相応することは,当業者の技術的な常識であるから,本件発明は,単に,接触面の周方向のトラクション係数が径方向のトラクション係数よりも大きくなるように,接触面の表面粗さを設定するだけで実施できるから,実施可能要件を充足すると主張する。


 しかしながら,前記(1)(2)のとおり,本件特許出願時に,トロイダル無段変速機が境界潤滑状態で使用されていたものとは認められず,表面粗さの大小がトラクション係数に相応するとはいえないから,原告の主張は理由がない。


 また,仮に,境界潤滑状態で使用されるような,通常のトロイダル無段変速機とは異なるタイプの装置を対象としたものであるならば,そのような内容が明細書に明らかにされている必要があるが,本件明細書にはその点の記載がない。


イ したがって,いずれにしても,本件発明について,発明の詳細な説明に当業者が実施できる程度に明確かつ十分に説明されているということはできないから,本件特許は,法36条4項に規定する要件を満たしていないものである。


 よって,法123条1項4号の規定により,本件発明は特許を受けることができず,これと同旨の本件審決の判断に誤りはなく,取消事由1は理由がない。


2 結論

 以上の次第であるから,取消事由2(サポート要件違反)について判断するまでもなく,原告の請求は棄却されるべきものである。』


と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。