●平成19(ワ)3494 特許権侵害差止等請求事件 民事訴訟(2)

 本日は、昨日に続いて、『平成19(ワ)3494 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟 平成21年08月27日 東京地方裁判所 』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091001170032.pdf)について取り上げます。


 本件では、 争点3(先使用による通常実施権の有無)についての判断も参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第47部 裁判長裁判官 阿部正幸、裁判官 柵木澄子、裁判官 舟橋伸行)は、


『3 争点3(先使用による通常実施権の有無)について

・これらの認定事実を前提として,メルクが本件特許の優先日である平成14年11月1日の際,発明の実施である事業の準備をしている者(特許法79条)に該当するかどうかにつき,以下検討する。


ア 特許法79条にいう発明の実施である「事業の準備」とは,特許出願に係る発明の内容を知らないでこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者が,その発明につき,いまだ事業の実施の段階には至らないものの,即時実施の意図を有しており,かつ,その即時実施の意図が客観的に認識される態様,程度において表明されていることを意味すると解するのが相当である最高裁昭和61年10月3日第二小法廷判決・民集40巻6号1068頁参照)。


 そして,特定の発明を用いたある事業について,即時実施の意図を有しているというためには,少なくとも,当該事業の内容が確定していることを要するものであると解すべきである。


イ 前記認定事実のとおり,メルクは,本件特許の優先日である平成14年11月1日より前において,被告製品の原末となるべき球状活性炭の試作サンプルとしてKK−1を製造し,これと原告製品との物理的性質及び吸着特性の比較試験に着手し,●(省略)●の各試験を実施したこと,KK−1より賦活時間を短縮した試作サンプルのKK−2及びKK−3を製造し,KK−1,KK−2及びKK−3のそれぞれについてカプセル製剤及び細粒製剤のサンプルを製造し,これらの製剤について,規格及び試験方法に関する試験及び安定性試験に着手し,細粒製剤についての規格及び試験方法に関する試験についてはこれを了したこと,KK−1のみについて,生物学的同等性試験のための動物の入手をしたことが認められる。


 このように,メルクは,本件特許の優先日までに,KK−1,KK−2及びKK−3の3つのサンプルを製造し,これらすべてについて,規格及び試験方法に関する試験を実施するとともに安定性試験に着手しており,被告らの主張するとおりの事実が認められる。


ウ しかしながら,前記認定事実のとおり,KK−1とKK−2及びKK-3とでは,その賦活時間において,KK−1が29時間であるのに対し,KK−2及びKK−3が21時間(KK−2)又は21.5時間(KK−3)であって,7.5時間から8時間の違いがあり,賦活のための温度が●(省略)●もの高温であることに鑑みると,この違いは製造コストにおいて大きな差異をもたらすものと考えられる。また,この賦活時間の違いから,活性炭の吸着性能に影響を及ぼす重要な指標であると認められる比表面積及び充填密度について下記のとおりの違いを生じている。

比表面積(BET法)
K−1 1542?/g
KK−2 1362?/g
KK−3 測定されていない
充填密度
K−1 0.52g/ml
KK−2 0.61g/ml
KK−3 0.61g/ml

 これらの点に照らすならば,KK−1とKK−2及びKK−3とを実質的に同一であると認めることはできない。


 そして,KK−1とKK−2及びKK−3とを実質的に同一であると認めることができない以上,これらのサンプルが製造された段階では,被告製品の内容が一義的に確定しておらず,事業の内容が確定したとはいえない。


 したがって,これらの3つのサンプルを製造し,これらが規格に適合することを確認し,安定性試験に供したことにより事業の即時実施の意図が表明されたとする被告らの主張は採用することができない。


 ・・・省略・・・


オ なお,KK−1について,原告製品との同等性試験として物理的性質及び吸着特性の比較試験(乙31,106)及び生物学的同等性試験(乙32,107)に着手したことをもって,被告製品の内容をKK−1と同一のものとすることで事業の内容が確定したと見る余地も考えられる。


 しかしながら,前記認定事実のとおり,消化酵素のトリプシンほか4物質及び生体内毒素のクレアチニンほか6物質についての吸着力に関するKK−1と原告製品との比較試験が優先日前に実施されたことを認めることはできず,また,生物学的同等性試験についても,優先日前にされたことは動物の入手にすぎない。これらの事実からすれば,メルクにおいて,本件特許の優先日前までに,KK−1が原告製品と同等性があったことの確認ができていたとは認められない。


 そして,メルクが準備しようとしていた事業は,原告製品の後発医薬品の製造販売であるから,原告製品との同等性が確認できていない段階においては,被告製品の開発が完了していたと評価することはできない。特に,開発しようとする被告製品は,球状活性炭を有効成分とする腎疾患治療薬であり,その化学的構成は炭素からなるものであって,その吸着特性は,物理的構造(細孔構造)に由来するものであるから,球状活性炭であるKK−1を製造した段階では,どのような吸着性能を有するのかは未知であり,実際に各物質の吸着率を確認することが重要であると考えられる。


 このように,本件特許の優先日前までに,被告製品の開発が完了していたということはできない以上,即時実施の意図を認めることは困難である。


・以上のとおりであるから,先使用による通常実施権があるとする被告らの主張は,採用することができない。』


 と判示されました。


 なお、本判決文中で引用している最高裁判決は、

●『昭和61(オ)454 先使用権確認等請求本訴、特許権・専用実施権に基づく差止・損害賠償請求反訴 特許権 民事訴訟ウオーキングビーム式加熱炉事件」昭和61年10月03日 最高裁判所第二小法廷 』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/C74FA4F5BC2B8C8949256A8500311F2A.pdf

 です。