●平成21(行ケ)10041 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟

 本日は、「平成21(行ケ)10041 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「液晶表示部の配向膜印刷用低カッピング性樹脂凸版」平成21年09月30日 知的財産高等裁判所」(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090930173449.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、除くクレームの補正が特許法36条6項1,2号の要件を満足するか否か判断されており、この点で参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 中平健、裁判官 齊木教朗)は、


『1 特許法36条6項1,2号に関する判断の誤り(取消事由1)について

 当裁判所は,本願補正発明は,特許法36条6項1,2号に規定する要件を満たしておらず,本件補正却下決定に誤りはないとした審決に誤りはないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

(1) 本願補正発明の特許法36条6項1,2号充足性


ア 研磨しうる弾性体の意味

(ア) 本件補正後の請求項1には,「研磨しうる弾性体」との文言があるが,その定義や説明はなく,本件補正後の請求項1の記載からは,その意味は明らかではない。また,本件補正後の明細書(以下「本願補正明細書」という。)にも,「研磨しうる弾性体」の定義に当たる記載はなく,それに関する説明の記載もない。そこで,出願時(原出願の出願時)の技術常識を参酌してその意味を明らかにする必要がある。

 一般的な辞典には,「研磨」,「弾性」について,次のとおりの記載がある(顕著な事実)。

a 「研磨」について

 ・・・省略・・・

b 「弾性」について

 ・・・省略・・・

(イ) 上記の一般的な辞典の記載を参酌すると,本件補正後の請求項1及び本願補正明細書(【0010】等)に記載されている金属板,合成樹脂板は,いずれも研磨しうる材料であり,変形量が少ないとしても弾性を有しているから,「研磨しうる弾性体」に含まれると認められるし,金属板及び合成樹脂板に限られず,有機物又は無機物からなる一般的な固体の物質は,いずれも研磨しうる材料であり,変形量が少ないとしても弾性を有しているから,「研磨しうる弾性体」に含まれるものと認められる。


イ 研磨しうる弾性体でない金属板又は合成樹脂板等の意味

 本件補正後の請求項1の記載によれば,本願補正発明の「金属板又は合成樹脂板」及び「樹脂凸版を構成するその他の材料」は,そのうちから「研磨しうる弾性体」が除かれている。


 前記アのとおり,「一般的な固体の物質」は「研磨しうる弾性体」としての性質を有するから,「金属板又は合成樹脂板」及び「樹脂凸版を構成するその他の材料」から「研磨しうる弾性体」即ち「一般的な固体の物質」を除いた後に,どのような性質のものが残るかを想定することは困難である。


 したがって,本願補正発明の「金属板又は合成樹脂板」及び「樹脂凸版を構成するその他の材料」の意味は明確でない。そして,前記ア(ア)のとおり,「研磨しうる弾性体」について,本件補正後の請求項1,本願補正明細書に定義や説明の記載はないし,「研磨しうる弾性体」でない「金属板又は合成樹脂板」及び「樹脂凸版を構成するその他の材料」のいずれについても,本件補正後の請求項1,本願補正明細書に定義や説明の記載はない。


ウ 特許法36条6項1,2号充足性

 そうすると,本願補正発明は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでないから,特許法36条6項1号を充足せず,また,特許を受けようとする発明が明確でないから,同項2号を充足しない。したがって,本願補正発明は,特許法36条6項1,2号に規定する要件を満たしていないから,本件補正却下決定に誤りはなく,本件補正却下決定に誤りがないとした審決の判断に誤りはない。


(2) 原告の主張に対して

 これに対し,原告は,本願補正発明は,除くクレームであり,除くクレームにおいて,引用発明を除くために挿入された用語は,引用発明の記載された特許公報等で使用されたとおりの内容のものとして理解すべきであるとして,大合議判決の判示を引用する。そして,本願補正発明の「研磨しうる弾性体」の語は,特公平3−74380号公報(甲7)記載の発明を除くために挿入されたものであるから,甲7の特許請求の範囲に記載された「研磨しうる弾性体」を意味するものであり,その意味は明確であり,本願補正発明にいう「研磨しうる弾性体」でない「金属板又は合成樹脂板」及び「樹脂凸版を構成するその他の材料」の意味も,明確であると主張する。


 しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することができない。

 すなわち,本願補正発明が特許法36条6項1,2号の要件を充足するか否かは,本件補正後の特許請求の範囲の記載及び本願補正明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて判断されるべきである。原告(出願人)が,本願補正発明から甲7記載の発明を除く意図で「研磨しうる弾性体, 」の語を用いたものであったとしても,本願補正発明における,「研磨しうる弾性体」の語が甲7記載のとおりの技術内容を有するものと理解すべき根拠はない。


 したがって,この点において,原告の主張は,理由がない。

 のみならず,仮に甲7を参照したとしても,「研磨しうる弾性体」との文言の意味が明確であるとはいえない。すなわち,甲7の特許請求の範囲の請求項1では,「研磨しうる弾性体」は,定義されることも限定されることもなく用いられ,請求項3ないし7では,「研磨しうる弾性体」が,請求項1等を引用した上で材質,硬度,厚さ等をより限定した内容で示されている。


 甲7の発明の詳細な説明の6欄3ないし25行には,「研磨しうる弾性体」について,「通常に入手しうるゴム,例えばポリブタジエン,ブタジエン−アクリロニトリル,ブタジエン−スチレン,イソプレン−スチレン,シリコーン,又はポリスルフイドゴムのいずれかであつてよい。好ましくは弾性体は天然ゴム,ポリクロルプレンゴム又はポリウレタンゴムである。弾性体は,より容易に研磨しうるために通常の充填剤を含有しうる。弾性体は少くとも,但しを越えないシヨアA硬度を有すべきである。30 80 好ましくはその硬度は40 〜 60 シヨアAである。・・・・好ましくは,弾性体は100〜500ミクロンの厚さを有し,最も好ましくは厚さが約400ミクロンである。」と,「研磨しうる弾性体」の材質,硬度,厚さ等の性質から,好ましい実施態様は挙げられているものの,「研磨しうる弾性体」の意義・外延について,これを明確にする定義・規定はない。したがって,甲7を参照してもなお,「研磨しうる弾性体」の意味・外延は明確ではないので,「研磨しうる弾性体ではない」との意味も明確とはいえない。原告の主張は,この点においても,採用することができない。


(3) 小括

 以上によれば,審決が,本願補正発明は,特許法36条6項1,2号に規定する要件を満たしておらず,本件補正却下決定に誤りはないと判断した点に誤りはなく,取消事由1は,理由がない。


4 結論

 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。原告は,その他縷々主張するが,審決にこれを取り消すべきその他の違法もない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 本判決文中の、

本件補正後の請求項1には,「研磨しうる弾性体」との文言があるが,その定義や説明はなく,本件補正後の請求項1の記載からは,その意味は明らかではない。また,本件補正後の明細書(以下「本願補正明細書」という。)にも,「研磨しうる弾性体」の定義に当たる記載はなく,それに関する説明の記載もない。そこで,出願時(原出願の出願時)の技術常識を参酌してその意味を明らかにする必要がある。

 の判示事項等からすると、知財高裁における「除くクレーム」について考え方がわかるかと思います。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。