●平成20(行ケ)10405 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟

 本日は、『平成20(行ケ)10405 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「インクカートリッジおよびインクカートリッジホルダ」 平成21年09月01日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090902104249.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、本件補正発明と引用発明とにおける課題の相違に基づく進歩性の判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣、裁判官 高部眞規子、裁判官 杜下弘記)は、


『5 本件相違点と本件審決の判断の当否

 以上認定の本件補正発明における位置決め機構と,引用発明における位置決め機構とを踏まえて,本件相違点と本件審決の判断の当否について検討する。

(1)本件補正発明及び引用発明における課題

 上記2及び4によると,本件補正発明における位置決め機構の課題が,製品ごとのばらつきやインクカートリッジホルダに設けられているクリアランスによるインクカートリッジのICチップとインクカートリッジホルダの読取部との位置ずれであり,引用発明における課題も,回路基板の接続のために位置決め精度の向上であるから,両発明の課題は,概括的にはICチップ(回路基板)とその読取部の位置決めをする際にずれを小さくするという点において共通するものであるということができる。


 しかしながら,課題として解決すべき位置ずれについて,本件補正発明においては,上記のとおり製品ごとのばらつきやインクカートリッジホルダのクリアランスによるものが意識されており,本件補正発明はこのような位置ずれによる影響を最小限に抑えようとするものであるのに対し,引用発明においては,一般的な位置決め精度の向上という観点が記載されるのみであり,製品ごとのばらつき等による位置ずれを解消しようとするものではないと解されることから,両者の課題認識は,少なくともこの点において相違しているということができる。


(2) 課題を解決する手段としての「近傍に配置すること」

 位置決めの際に,位置決めが必要となる部材同士の組(相違点にいう「接続電極部」)と位置決め部材の組(同「位置決め部」)を互いに近傍に配置することにより,位置ずれが小さくなることは当業者にとって自明の事項であると認められる。


 しかしながら,本件相違点は,上記第2の3のとおりであり,引用発明に基づいて本件補正発明の相違点に係る構成とするためには,位置決め部について,本件補正発明における「前記第1の壁に対して垂直方向から見たときに,前記位置決め部の中心軸は,前記接続電極部の幅内にあり,且つ,前記位置決め部および前記接続電極部が,前記前壁の短辺と平行な方向に配列されている」との構成を採用する必要があるから,本件審決による相違点についての判断の適否を検討するに当たっては,「近傍に配置すること」によって,このような構成を実現することができるかどうかについて検討しなければならない。


(3) 「近傍に配置すること」と本件相違点に係る構成

 引用例の記載によると,引用発明におけるインクカートリッジは,インクカートリッジホルダに接合する面が長方形であるものを想定していると認められるところ,その長方形の内部において,インク導入口のような他の必要な部材と共に回路基板及び開口穴を配置しようとする場合,これらの部材をスペースに余裕のある長手方向に配列しようとするのが自然な発想であり,あえて短手方向に複数の部材を配置しようとするには,何らかの示唆に基づくそれなりの動機付けを必要とするというべきである。


 したがって,引用発明において,回路基板と開口穴とを近傍に配置しようとしたからといって,必ずしも本件補正発明の相違点に係る構成を採用することとなるわけではない。


 これに対し,本願明細書の記載によると,本件補正発明において,本件相違点に係る構成が採用されたのは,接続電極部における位置ずれを極めて小さくし,製造のばらつきによる位置決め部を中心とする上下の回動による影響も最小限に抑えようとの動機に基づくものであると認められるところ,上記(1)のとおり,そもそも引用発明が課題として製造のばらつきを意識したものであるとは認められないし,引用例における位置決め機構に関する上記3の記載や他の記載において,本件相違点に係る構成を示唆する記載が存在するとは認められない。


 そうすると,引用発明に基づいて,本件補正発明との本件相違点に係る構成を採用することは,当業者にとって単なる設計事項であるということはできないというべきである。


(4) 本件審決の判断の適否

 以上によると,本件審決が,回路基板と位置決め開口穴との位置関係をどうするかは当業者が必要に応じて適宜設計し得る事項にすぎないとした判断は誤りであるから,本件審決は,そのような本件相違点についての誤った判断を前提として,本件補正を却下した結果,発明の要旨認定も誤って,原告の拒絶査定不服審判の請求が成り立たないとしたものであるといわざるを得ない。


 ちなみに,本件審決は,その「なお書き」(5頁1〜8行)において,「本願出願時において,インクカートリッジを記録装置側に装着する際に,位置決め機能を有する孔を半導体記憶手段を有する回路基板と対向するように形成し,該孔の中心軸が,回路基板の幅内にあること」は,インクジェット記録装置の技術分野においては周知慣用技術であると説示しているが,そもそも同説示は,回路基板と開口穴との位置関係は当業者が必要に応じて適宜設計し得る事項にすぎないとして,本件相違点についての上記判断を導いた後に付加されたにすぎないものであり,本件審決は,上記判断のほか,引用発明に周知慣用技術を適用して本件相違点に係る構成を導き出し得ると判断したものと理解することはできない。また,上記説示においては,周知慣用技術に関して,「(必要ならば国際公開99−59823号参照)」として刊行物が摘示されているが,同刊行物を副引用例として拒絶理由が通知されたわけでもないから,同説示によって,本件審決が,上記刊行物を副引用例として相違点に係る構成を導き出し得ると判断したものと理解することもできない。


 この点については,被告も,「本件審決は,甲1号証記載の発明(引用発明)に基いて本願発明に係る構成とすることは容易であると判断したものであり,甲第5号証を副引用例とした上,引用発明と組み合わせることにより容易であると判断したものではない。」と自認しているところである。


 したがって,本件審決による本件相違点についての判断は,回路基板と位置決め開口穴の位置関係をどうするかは当業者が必要に応じて適宜設計し得る事項にすぎないという点に尽きているというべきであるから,上記のとおり,本件審決のこの点の判断が誤りである以上,周知慣用技術を相違点に適用することを前提として本件審決の判断の適否を論ずる余地はないが,念のため,付言しておくこととした。


6 結論

 以上の次第であるから,原告主張の取消事由は理由があるので,本件審決は取り消されるべきものである。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。