●平成20(行ケ)10272 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟

 本日は、『平成20(行ケ)10272 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟HCVに対する抗体」平成21年09月02日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090902163536.pdf)ついて取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消しを求めた審決取消し訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、取消事由2(実施可能要件違反の判断の誤り)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 中平健、裁判官 上田洋幸)は、


『2 取消事由2(実施可能要件違反の判断の誤り)について

(1) 本願明細書に実施形態を網羅的に実施することの記載を要するとの判断の誤り


ア 原告は,旧特許法36条3項所定の実施可能要件の判断に当たり,本願発明が実施可能か否かは,本来任意に選択された一個の部分(本件では抗体)が生産及び使用をすることができるように本願明細書に記載されていることで足りると解すべきであるにもかかわらず,審決が「網羅的」に得ることが必要であるとした点には,誤りがあると主張する。


 旧特許法36条3項は,「・・・発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」と規定する。


 特許権は,公開することの代償として,物の発明であれば,特許請求の範囲に記載された「その物」について,実施する権利を専有することができる制度であることに照らすならば,公開の裏付けとなる明細書の記載の程度は,「その物」の全体について実施できる程度に記載されていなければならないのは当然であって,「その物」の一部についてのみ実施できる程度に記載されれば足りると解すべきではない。


 したがって,原告の上記主張はその前提において失当である。


イ 原告は,バイオテクノロジー関連の分野では,実施可能要件は,すべての実施形態を網羅的に得ることを要求していないのが現状であり,それを要求することは,出願人に酷な結果をもたらし,ひいては発明を奨励するという特許法の趣旨に反し,著しく不合理であると主張する。


 確かに,バイオテクノロジー関連の分野では,発明の詳細な説明において,「欠失,挿入または置換」されたすべての実施態様が具体的に記載されていなくても,特許請求の範囲において,特定のアミノ酸配列を示し,さらに同配列中の「1又は数個が欠失,挿入または置換」等がされた場合をも包含する形式での記載が許容される場合がある。


 新規かつ有用な活性のある遺伝子に関連した技術分野において,当該分野のすぐれた発明等を奨励する観点,及び,仮にそのような記載が許容されなかった場合に第三者の模倣を阻止できず,独占権としての実効性を確保できない不都合を回避する観点から,特許請求の範囲に,特定のアミノ酸配列等を示した上で,同配列中の「1又は数個が欠失,挿入または置換」等がされた場合をも包含する記載が許容される場合があってしかるべきであるといえよう。


 しかし,そのような形式で特許請求の範囲の記載が許される場合であっても,そのことが,当然に発明の詳細な説明の記載については,一部の実施のみの開示によって,実施可能要件を充足するものと解すべきことを意味するものではない。


 すなわち,特許請求の範囲に,新規かつ有用な活性のあるポリペプチドを構成するアミノ酸の配列が包括的に記載(配列の一部の改変を許容する形式で記載)されている場合において,元のポリペプチドと同様の活性を有する改変されたポリペプチドを容易に得ることができるといえる事情が認められるときは,いわゆる実施可能要件を充足するものと解して差し支えないというべきであるが,これに対し,上記のような形式で記載された特許請求の範囲に属する技術の全体を実施することに,当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤や創意工夫を強いる事情のある場合には,いわゆる実施可能要件を充足しないというべきである。


 本件では,特許請求の範囲の記載は,本願発明に係る抗体を得るためのポリペプチドアミノ酸配列数が,わずかに「少なくとも8個」であり,かつ,同配列中の「1個または数個のアミノ酸が欠失,挿入または置換」を含めたものとされているが,発明の詳細な説明には,そのようなわずかな配列数で特定されたポリペプチドを基礎として,これと同様の活性を有するポリペプチドを得るための改変を含む態様が,当業者にとって,容易に実施できる程度に開示されているとはいえない。


 したがって,原告の上記主張は採用することができない。


(2) 原告の主張に対し

 この点,原告は,(i)本願優先権主張日当時,ペップスキャン技術は周知技術であるところ,本願発明の元配列については,ペップスキャン技術によって,抗原性の部位を容易に同定し得,これに基づいて,本願発明の抗原性のペプチドを容易に網羅的に決定できる,(ii)本願発明を実施するには,上記ペップスキャン技術によって同定されたペプチドにおいて,1又は数個の変異(欠失,挿入,置換)を行って結合性を保持するかどうか,を確認し,喪失したものを排除していけば足りるので,当業者は容易にその実験を実施できる,(iii)その際,保存的置換の選択を考慮するならば,さらに容易に実験を実施できるから,当業者に過度の負担を求めるものではないと主張する。


 しかし,原告の上記主張は,以下のとおり,失当である。すなわち,本件において,特許請求の範囲は,特定のアミノ酸配列を示した上で,同配列中の「1又は数個が欠失,挿入または置換」等がされた場合をも包含する旨の記載がされている。特許請求の範囲に含まれるアミノ酸配列は,(i)元配列において見いだされた抗原性の部位のみを変異させる方法で尽くされるものではなく,(ii)元配列のエピトープ以外の部位を変異させる方法で抗原性を獲得する方法も含まれると解される。


 本願明細書に,元配列において見いだされた抗原性の部位のみを変異させる技術に限定されることが記載されているわけではなく,また,上記部位以外の部位を変異させても本願発明のエピトープを得ることができないことが技術常識であるとは認められない。また,本願明細書には,「置換」について,保存的置換に限られる旨の記載はなく,保存的置換が,当業者の技術常識であるとも認められない(原告は,甲20,33から保存的置換は技術常識であると主張するが,いずれも本願発明における「置換」が保存的置換を指すとの証拠たり得ない。)。原告の上記主張は,採用することはできない。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。