●平成20(行ケ)10460 審決取消請求事件 特許権「放出制御組成物」

 本日は、昨日に続いて、『平成20(行ケ)10460 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「放出制御組成物」平成21年05月29日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090529165548.pdf)について取り上げます。


 本件では、先行処分に係る延長登録の効力の及ぶ範囲についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 齊木教朗、裁判官 嶋末和秀)は、


『2 先行処分に係る延長登録の効力の及ぶ範囲についての誤り


 当裁判所は,審決が,先行処分を理由とする特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力を,処分の対象となった品目とは関係なく,「有効成分(物)」,「効能・効果(用途)」を同一とする医薬品に及ぶものと解して,原告のした延長登録の出願に対して,政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないと判断した点に関し,特許法68条の2の解釈上の誤りがあると解する。その理由は,以下のとおりである。


(1) 特許法68条の2の趣旨について


 特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第六十七条の二第五項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となつた第六十七条第二項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。


 上記規定は,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,その特許発明の全範囲に及ぶのではなく,「政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)」についてのみ及ぶ旨を定めている。


 これは,特許請求の範囲の記載によって特定される特許発明の技術的範囲が「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された範囲よりも広い場合に,「政令で定める処分」を受けることが必要なために特許権者がその特許発明を実施することができなかった範囲(「物」又は「物及び用途」の範囲)を超えて,延長された特許権の効力が及ぶとすることは,特許権者と第三者の公平を欠くことになるからである。すなわち,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許権者がその特許発明を実施する意思及び能力を有するにもかかわらず,特許法67条2項所定の「安全性の確保等を目的とする法律」の規定によりその特許発明の実施が妨げられた場合に,実施機会の喪失による不利益を解消させる制度であるから,そのような不利益の解消を超えて,特許権者を有利に扱うことは,制度の趣旨に反することになる。


(2) 「政令で定める処分」が薬事法所定の承認である場合における「政令で定める処分」の対象となった「物」について


 以上のとおり,特許法68条の2は,特許発明の実施に薬事法所定の承認が必要であったことを理由として存続期間が延長された場合,当該特許権の効力は,薬事法所定の承認の対象となった物(物及び用途)についての当該特許発明の実施以外の行為には及ばないとする規定である。


 そこで,「政令で定める処分」が薬事法所定の承認である場合,薬事法の承認の対象になった物(物及び用途)に係る特許発明の実施行為の範囲について,検討する。


 薬事法14条1項が,「医薬品・・・の製造販売をしようとする者は,品目ごとにその製造販売についての厚生労働大臣の承認を受けなければならない。」と規定しており,同項に係る承認に必要な審査の対象となる事項は,「名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(薬事法14条2項3号参照。なお,平成16年法律第135号による改正前の薬事法14条2項柱書きでは,審査の対象となる事項は,「名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用等」とされている。)とされていること,薬事法14条9項が,「第一項の承認を受けた者は,当該品目について承認された事項の一部を変更しようとするとき(当該変更が厚生労働省令で定める軽微な変更であるときを除く。)は,その変更について厚生労働大臣の承認を受けなければならない。


 この場合においては,第二項から前項までの規定を準用する。」と規定していること(なお,平成16年法律第135号による改正前の薬事法14条7項の規定も同じ。)に照らすならば,薬事法上の「品目」とは,形式的には,上記の各要素によって特定されたそれぞれの物を指し,それぞれを単位として,承認が与えられるものというべきである。


 次に,特許法68条の2によって,存続期間が延長された場合の特許権の効力の範囲を特定する要素について,実質的な観点から,詳細に検討する。


 まず,品目を構成する要素のうち,「名称」は医薬品としての客観的な同一性を左右するものではない。また,「副作用その他の品質」,「有効性」及び「安全性」は,医薬品としての客観的な同一性があれば,これらの要素もまた同一となる性質のものであるから,特定のための独立の要素とする必要性はない。


 現に,薬事法所定の承認に際し,医薬品としての同一性の審査にかかわるのは,「成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能等」(薬事法14条5項,及び平成16年法律第135号による改正前の薬事法14条4項参照)とされている。さらに,「用法」,「用量」,「使用方法」,「効能」,「効果」,「性能」は,「用途発明」における「用途」に該当することがあり得るとしても(この点,「用途」に該当するというためには,特許法上,「用途発明」として,保護されるべき内容を備えていること,すなわち,客観的な「物」それ自体の構成は同一であっても,「用途」が異なることにより,特許法上,「物」の発明として「同一」とは認められないと評価されるだけの内容を備えていることが必要である。),客観的な「物」それ自体の構成を特定するものではない。


 したがって,「政令で定める処分」が薬事法所定の承認である場合,「政令で定める処分」の対象となった「物」とは,当該承認により与えられた医薬品の「成分」,「分量」及び「構造」によって特定された「物」を意味するものというべきである。なお,薬事法所定の承認に必要な審査の対象となる「成分」とは,薬効を発揮する成分(有効成分)に限定されるものではない。


 以上のとおり,特許発明が医薬品に係るものである場合には,その技術的範囲に含まれる実施態様のうち,薬事法所定の承認が与えられた医薬品の「成分」,「分量」及び「構造」によって特定された「物」についての当該特許発明の実施,及び当該医薬品の「用途」によって特定された「物」についての当該特許発明の実施についてのみ,延長された特許権の効力が及ぶものと解するのが相当である(もとより,その均等物や実質的に同一と評価される物が含まれることは,技術的範囲の通常の理解に照らして,当然であるといえる。)。


(3) 被告の主張に対し

 この点,被告は,医薬品については,特許法68条の2にいう「物」が「有効成分」,「用途」が「効能・効果」を意味するものとして立法されたことは明らかであると主張する。


 しかし,以下のとおり,被告の主張は採用することができない。


ア 文理解釈について

 前記のとおり,特許法68条の2の規定は,存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲を特許発明のすべての範囲とはせず,「政令で定める処分の対象」となった「物」(又は「物」及び「用途」)に限定した規定である。同規定について,存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲である「政令で定める処分の対象」となった「物」(又は「物」及び「用途」)を,「有効成分」(ないし「効能・効果」)のみで画された範囲に拡大して解釈する文理解釈上の根拠はなく,また,その合理性もない。


 また,前記のとおり,特許法68条の2の規定は,医薬品の製造等に係る薬事法所定の承認に限らず,「政令で定める処分」一般を対象とすること,米国特許法では,延長の対象となる特許の範囲が「有効成分(active ingredient)」により画されることが明示的に規定されている(156条)が,我が国の特許法はあえてそのような規定を置かなかったことからすれば,特許法68条の2にいう「政令で定める処分の対象」となった「物」を,医薬品の承認の場合のみ,「有効成分」と解釈する文理上の根拠は,これを見いだすことができない。


 ところで,我が国の特許実務においては,古くから,物の有するある一面の性質に着目し,その性質に基づいた特定の用途に専ら利用する発明を講学上「用途発明」と称していたところ,昭和62年法律第27号による改正前の特許法38条ただし書き2号に規定された「その物を使用する方法の発明」,「その物の特定の性質を専ら利用する物の発明」が「用途発明」を意味するものと解されており,また,このような「用途発明」については,「物」それ自体が公知であっても,「用途」が新規性を有する場合には,特許性を認めるべきであるという見解があった。


 そして,昭和62年改正法により新設された特許法68の2が「当該用途に使用されるその物」と規定していることは,特許法が「物」の発明として「用途発明」を容認していると解する条文上の唯一の根拠であると解されるところ,医薬品に係る発明の特許要件の審査において,当該発明の「有効成分」及び「用途」が公知発明と同一であっても,「剤型」など「物」それ自体としての構成に異なる部分があれば,新規性が否定されることはないものとして扱われていることは,いずれも当裁判所に顕著な事実である。


 このような解釈,運用を前提とすると,特許法68条の2についてのみ,「物」との文言を「有効成分」と解釈することは,文理上の根拠を欠くというべきである。のみならず,そのような解釈は,用途発明の根拠及び一般の運用をも否定する解釈といえよう。


イ立法の経緯について

 特許権の存続期間の延長登録制度を導入した昭和62年改正法の成立に至る経緯を検討しても,被告の解釈は合理性を欠く。


(ア) 昭和62年改正法を審議・成立させた当時の国会の議事録(甲40,43,乙11〜15)及び国会に提出された法案(乙19)を検討しても,国会において,被告の解釈を前提とするような審議がされた事実は認められず,むしろ,特許権の存続期間の延長登録の理由となる処分は,薬事法所定の承認に限らないものであり,後に特許法施行令に追加された農薬取締法などに拡大することについて審議されたことが認められる(甲40)。


 このことは,「政令で定める処分」を薬事法所定の承認に限定せず,特許法68条の2の規定においてもあえて一般的な表現を用いたことを意味するから,「政令で定める処分の対象」となった「物」及び「用途」を,医薬品の場合には「有効成分」,「効能・効果」と読み替えなければならない特許法の規定上の根拠はないことを示す事情というべきである。


(イ) 法案の準備及び起草過程に関する資料である工業所有権審議会の議事録(甲38,乙17),配付資料(乙16),答申(乙18),通商産業省及び内閣法制局による検討記録(甲39)を検討しても,被告の解釈を前提とするような記載は見当たらない。かえって,法案の起草段階では,内閣法制局の担当官から,処分が2度以上あり延長を2度以上申請する必要があるときはどうするかという疑問が示され,特許権の存続期間の延長登録の出願の拒絶理由として,「その特許権の存続期間が既に延長されたものであるとき。」という規定を挿入することが提案されたことが認められる(甲39)。


 このような経緯があるにもかかわらず,特許法には,上記のような規定が設けられなかったことに照らすならば,一つの特許権について,2度以上存続期間の延長登録がされることがあり得るという前提で立法されたことがうかがわれる。このような事実経緯は,「最初(1度目)に特許法67条2項の政令で定める処分がなされると,その最初になされた処分は,その物(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)について製造販売禁止を解除する必要があった処分であったということができるから,その処分に基づいて特許権の存続期間の延長登録の出願をすることができるが,2度目以降にされた処分については,特許法67条の3第1項が定める『その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき』に該当し,その特許権の存続期間の延長登録の出願は拒絶されるものと解される。」(審決書4頁8行〜16行)という審決の説示と,およそ整合しないのみならず,相容れないものというべきである。


(ウ) 法案の準備及び起草過程に関する通商産業省及び特許庁の内部資料である「法令審査原案および関係資料」(乙1,20)には,被告の主張に沿う記載がある(乙1)。


 しかし,上記資料は,法案が作成された当時の通商産業省及び特許庁の担当職員の見解を示すものとはいえても,国会に提出された資料ではなく(当事者間に争いがない。),前記(ア)で検討した国会での審議の経緯に照らせば,立法府が上記担当職員の見解を支持したと認めることは困難である。その理由は,以下のとおりである。


 被告は,昭和62年改正法の原案を立案する過程で作成された資料(乙1)を,その主張の論拠とする。


 同資料には,「医薬品の場合,薬事法の規定に基づく承認(処分)は有効成分(物質),効能・効果(用途),剤型,用法,用量,製法等をすべて特定して与えられることとなるが,そもそも薬事法の本質は,ある物質を医薬品として(特定の効能・効果用に)製造・販売することを規制することにあるから,多数の特定される要素の中で,まさに,有効成分(物質)と効能・効果(用途)が規制のポイントということになる。したがって,有効成分(物質)及び効能・効果(用途)が同一の医薬品の製造承認について,その他の例えば,剤型,用法,用量又は製法等のみが異なる製造承認が,いくつかあったとしても,その中の最初の製造承認を受けることによって医薬品としての製造・販売等の禁止が解除され,その有効成分(物質)と効能・効果(用途)の組み合わせについては特許発明の実施ができることとなったと考えられ,したがって最初の製造承認に基づいてのみ延長登録が可能であり,その後の製造承認は,特許発明の実施に当該承認を受けることが必要であったとは認められないこととなるのである。」(18枚目末行〜19枚目12行),「『承認』を受けることによって,禁止が解除される範囲というのは,これらすべての要素を特定した狭い範囲であり,当該『承認』に基づいて存続期間を延長した場合の特許権の効力は,この狭い範囲の限定が付されるべきである,とする考え方もあり得る。


 しかしながら,そもそもの薬事法の立法趣旨から考えてみると,薬事法の本質は,ある物質(有効成分)を特定の医薬用途用に製造・販売することを規制するところにあるといえ,多数の特定される要素の中で,物(有効成分)と用途(効能・効果)が規制のポイントということになる。これは薬事法に限らず,他の法律についても同様であり,ある物を特定の用途向けに製造・販売等をすることを規制しているものであるといえる。」(27枚目21行〜末行)との記載がある。


 しかし,上記の説明は,合理性がない。すなわち,「承認」を受けることによって,禁止が解除される範囲に関して,(i)医薬品を特定する各要素によって画された範囲と解すべきか,(ii)有効成分(物質)と効能・効果(用途)のみによって画された広い範囲と解すべきかの論点に対して,単に,「薬事法の本質」や「規制のポイント」との用語を使って結論を導いているにすぎず,およそ論理的な説明はされていない。


 薬事法の承認が,多くの要素で画された単位でされている以上,その承認の効果は,特段の合理的な事情がない限り,その範囲を超えて効力を有することはないはずである。すなわち,製造販売の禁止が解除される範囲は,一要素にすぎない「有効成分」や「効能・効果」で画された範囲よりも狭いはずである。


 それにもかかわらず,物質を医薬品として製造販売することを規制することが薬事法の本質であるとして,物質(有効成分)で画された広範な範囲に解除の効果が生じるとする説明は,解釈論によって,特許権の存続期間の延長登録の出願の拒絶理由として,(i)「その特許権の存続期間が既に延長されたものであるとき。」,(ii)「その特許発明が医薬品に関するものである場合において,当該発明が延長登録出願の理由とされた処分に先行する別の処分の対象となった医薬品と有効成分及び効能・効果において重複するとき。」を付加したのと同様の結果を導く,いわば事実上の立法をしたものと評価すべきであって,合理的な解釈とはいえない。


 のみならず,医薬品の規制の内容は,科学技術の進展や社会的な要請等に伴って,時代とともに変化するものであって,立法当時においては,仮に,有効成分などが重要な要素であると解されていた経緯があったとしても,今日では,例えば,患部への到達量や到達時間の制御等と密接不可分な剤型等,医薬品の構造の方がより重要な要素と解される場合もあり得ることは,容易にうかがわれるところである(甲15,24〜27)。


 したがって,乙1は,そもそも,国会に提出された資料ではないのみならず,その説明の内容においても,合理性を欠くものというべきであって,採用の限りでない。


(エ) 以上のほか,被告の指摘に係る昭和62年改正法の成立前後に作成された特許法に関する資料ないし文献は,製薬団体の要望を示すもの(乙4,5),特許庁の担当職員ないし関係者の執筆に係る文献(乙2,3,21〜24),特許庁が作成・公表した審査基準(乙6),特許庁やその担当職員ないし関係者の見解を紹介した資料・文献(乙7,25)であって,いずれも立法府の見解を示すものとはいえない。


ウ 薬事法の規制のポイントについて


 被告は,有効性,安全性の確保という目的から見たときの医薬品の本質は,「有効成分」及び「効能・効果」にあり,これが薬事法の規制のポイントであると主張する。


 しかし,以下のとおり,被告の主張は採用することができない。


 薬事法は,医薬品等の品質,有効性及び安全性の確保のために必要な規制を行うとともに,医療上特にその必要性が高い医薬品等の研究開発の促進のために必要な措置を講ずること等により,保健衛生の向上を図ることを目的とするものであり(同法1条参照),医薬品の製造等に係る同法14条所定の承認を与えるに際しては,医薬品の「名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」を審査するものとされている(同法14条2項3号参照)。


 すなわち,薬事法は,有効性及び安全性の確保という目的のため,「名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」のすべてを規制している。薬事法は,医薬品それ自体の有効性及び安全性にはかかわらない「名称」についてまで審査の対象としているが,これは,既存の医薬品(特に,効能,効果を異にする医薬品)と紛らわしい名称が使用されることを防ぎ,医療現場等において無用の誤認・混同を生じることのないようにすることを目的とするものである。


 また,医薬品の「成分」は,「有効成分」以外のものであっても,医薬品の有効性,安全性を左右することがあり,「分量」,「構造」も同様である。さらに,「用法」,「用量」,「使用方法」,「性能」,「副作用その他の品質」も,「効能」,「効果」と同じく,医薬品の有効性,安全性を左右するものである。そうすると,医薬品の「名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」のうち,特に「有効成分」及び「効能・効果」が,薬事法の規制のポイントであるとは到底認められない。


 被告の指摘に係る薬事法に関する文献(乙9),判決(乙10)を検討しても,有効性,安全性の確保という目的に照らし,医薬品の本質が「有効成分」及び「効能・効果」にあり,これが薬事法の規制のポイントであるとの被告の見解を支持することはできない。


エ 改善多項制の下での問題点について

 特許法は,特許権の存続期間の延長登録の出願について,2以上の請求項に係る特許権の場合について格別の規定を設けていない。そして,2以上の請求項に係る特許について,請求項ごとに特許無効審判を請求することができるとしている(123条1項柱書き)のに対して,延長登録無効審判については,請求項ごとに請求することができる旨の規定を置いていないことに照らせば,2以上の請求項に係る特許権について存続期間の延長登録出願がされた場合に,一部の請求項について延長登録をし,他の請求項について拒絶査定をするというような,請求項ごとに可分的な取扱いは予定されていないものと解される。昭和62年改正法の法案作成に当たり,内閣法制局の担当官から,特許権の存続期間の延長登録について,請求項ごとに認める必要はないかという指摘がされたにもかかわらず,特許法に,そのような規定が置かれなかったという経緯も,上記の解釈を裏付けるものといえる。


 そうすると,例えば,薬事法所定の承認を受けた医薬品が,特許権の存続期間の延長登録の出願がされた特許に係る2以上の請求項のうち,ある請求項に係る発明の技術的範囲に含まれないときは,当該請求項については,特許法67条の3第1項1号の「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」に該当することになる。


 このような場合,その余の請求項について拒絶の理由を発見しないときであっても,出願を全体として拒絶すべきであるという見解も成り立ち得ないではないが,そのような結論は,発明の多面的な保護を可能とするという改善多項制の立法趣旨に照らし,妥当を欠く。実務上も,特許権の存続期間の延長登録の出願がされた2以上の請求項に係る特許に関しては,いずれかの請求項について,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつた」場合には,特許法67条の3第1項1号によって拒絶されることはない(乙1,弁論の全趣旨)。


 ところで,このような実務を前提とした上で考察すると,仮に,特許法68条の2の「物」を「有効成分」と解釈するとしたならば,薬事法所定の承認を受けた医薬品を技術的範囲に含まない請求項に係る発明についてまで,存続期間の延長登録の効果を及ぼすことになり,そのような結果は,特許権者に不当な利益を与え,本来の存続期間の満了後に特許発明を実施しようとする者に著しい不利益を課すことになり,存続期間の延長登録の制度の趣旨に反する,不公平な結果を招く。


 この点,「政令で定める処分」の対象となった「物」に係る存続期間の延長登録の効果が及ぶ範囲を,当該承認が与えられた医薬品の「成分」,「分量」及び「構造」によって画された「物」についての特許発明を実施する行為と解するならば,「物」を「有効成分」と解することによって生ずる,特許権の存続期間の延長登録の制度の趣旨に反する不当な結果を避けることができるものといえよう。


 以上の観点からも,特許法68条の2にいう「政令で定める処分の対象」となった「物」を「有効成分」とする審決の判断は,採用することができないものというべきである。


オ被告のその他の主張について


(ア) 被告は,医薬品の「品目」についての詳細な情報は開示されないことが多く,特許原簿に記載して公示することが困難であると主張する。


 しかし,出願人は,願書に政令で定める処分の内容を記載し(特許法67条の2第1項4号),資料を添付しなければならないこと(特許法67条の2第2項),資料等に営業秘密が記載されている場合には,閲覧・謄写の制限も可能であること(特許法186条1項ただし書),詳細な情報が開示されないのは,特許庁特許法68条の2にいう「物」を「有効成分」と解釈する実務を採用していることによるものであることからすれば,被告の上記主張は,特許法68条の2にいう「物」を「成分」,「分量」及び「構造」と解することを妨げるものとはいえない。


(イ) また,被告は,品目の範囲は一律に定まらず,また,「品目」の特定事項と特許発明の特定事項とは必ずしも一致しないから,審査が困難であると主張する。


 しかし,薬事法所定の承認の対象となった医薬品の「成分」,「分量」及び「構造」は,特定のための客観的な要素であるということができるのであって,延長登録された特許権の効力の範囲は,承認の時点における,上記の各要素によって,客観的に特定されているから,当該特許権の効力が及ぶ範囲が左右されることはない。また,審査は,品目の詳細な情報と特許請求の範囲の記載を比較することによって行うことができるはずであり,それが格別困難であるとは認められない。


(4) 小括

 以上のとおり,特許法68条の2にいう「政令で定める処分の対象」となった「物」を「有効成分」であるとしてした審決の判断には,誤りがある。


3 結論

 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由があるから,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。