●平成20(行ケ)10401 審決取消請求事件 意匠権「流体圧シリンダ」

Nbenrishi2009-06-04

 本日は、『平成20(行ケ)10401 審決取消請求事件 意匠権 行政訴訟「流体圧シリンダ」平成21年05月28日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090529102456.pdf)について取り上げます。


 本件は、意匠法3条1項3号を理由とする拒絶査定不服審判の棄却審決の取消しを求めた審決取消請求事件で、その請求が認容され、拒絶審決が取り消された事案です。


 本件では、意匠法3条1項3号の意匠の類否判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 滝澤孝臣、裁判官 本多知成、裁判官 浅井憲)は、

『本件審決が,引用意匠につき,その形態を斜視図のみによって特定した上,斜視図のほか,六面図によってその形態が特定されている本願意匠と対比して,その類否判断を行っていることは,本件審決に添付されている本願意匠に係る別紙第1及び引用意匠に係る別紙第2(以下,単に「別紙第1」,「別紙第2」という。)に照らして明らかであるところ,原告は,そのような本件審決の引用意匠の認定及び両意匠の類否判断の手法の誤りをいうが,形態が別紙第2によって特定される引用意匠と,形態が別紙第1によって特定される本願意匠とを対比して,両意匠の類否判断が可能であるのであれば,本件審決の当否は,結局のところ,両意匠を類似するとした結論の当否に帰することになる。


 そこで,以上説示した見地から,別紙第2で特定された引用意匠と,別紙第1で特定された本願意匠とを対比して,本件審決の類否判断の当否について検討することとする。


1 類否判断の前提となる事実

(1) 意匠に係る物品の共通性

 原告は,本願意匠に係る物品が「流体圧シリンダ」であり,引用意匠に係る物品が「油圧シリンダー」であるとの本件審決の認定を争うものではなく,両意匠は,それぞれその意匠に係る物品を共通にしているということができる。


(2) 両意匠の共通点及び相違点

 まず,両意匠の形態が共通点1ないし4の各点において共通していることは,当事者間に争いがない。

 次に,両意匠の形態が少なくとも相違点イないしニの各点において相違していることは,当事者間に争いがない。


2 両意匠の類否

(1) 共通点の評価

 共通点1ないし4がいずれも流体圧(ないし油圧)シリンダの有する形態としてありふれたものであることは,当事者間に争いがない。すなわち,両意匠は,それぞれ略四角柱状のチューブを用いたシリンダであって,その中央部にピストンロッドが設けられ,チューブの四隅にボルト取付用孔部が設けられるなど,シリンダとしての基本的な構造を共通にするものである。


 被告は,両意匠の形態が以上のとおりいずれもシリンダとして「ありふれた形態」であることから,共通点1ないし4が最も強く需要者の注意をひく部分,すなわち,要部であると主張する。


 しかしながら,ありふれた形態が最も強く需要者の注意をひくのは,当該ありふれた形態以外の形態が生じさせる美感が,当該ありふれた形態が生じさせる美感を超えるに足りない場合であると解されるから,被告主張のように共通点1ないし4から生じる美観から直ちに両意匠が類似していると判断し得るものではなく,その類否判断のためには,ありふれた形態以外の部分から生じる美観を併せて判断することが必要であって,本件においては,相違点イないしニから生じる美感を考慮して判断するほかなく,原告が本件審決において看過したという相違点ホないしトについても,必要があれば,その相違点を相違点として確定した上,その相違点から生じる美感を検討しなければならないというべきである。


(2) 相違点の評価

 そこで,以上の趣旨で,進んで,両意匠の形態の相違点について検討することとする。

ア 相違点イについて

 相違点イは,断面略矩形状膨出部及びボルト取付用孔部の全体に占める割合の相違であるがいずれも略四角柱状のチューブから構成されるシリンダにおいて,断面略矩形状膨出部及びボルト取付用孔部を小さく形成することは,その各両側に空間(略四角柱状の外枠から凹んだ形状となっている部分)をより大きく設けることとなり,その結果,本願意匠についてみれば,円形状のピストン部分がより強く印象づけられ,また,ボルト取付用孔部がシリンダから突出した感じを抱かせるものとなっていて,原告の主張するとおり,その全体において曲線を強調し,柔らかい印象を生じさせているということができる。


 この点に関し,被告は,本願意匠におけるボルト取付用孔部の内径とシリンダチューブの最大横幅との比率において,両意匠の差が極めてわずかであるなどと主張するが,被告の主張を考慮しても,別紙第1の斜視図と,別紙第2とを対比すれば,引用意匠が略四角柱状のシリンダとしてのありふれた形態を残しているということができるのに対し,本願意匠が,それに比較して,曲線が強調される結果,円柱状のシリンダに近づいた美観を生じていることは否定し得ないところである。


 以上,両意匠を対比すると,本願意匠では,引用意匠に比較して,断面略矩形状膨出部及びボルト取付用孔部が小さく形成されているために円柱状のシリンダに近づき,全体としてその本来の略四角柱状であったとの印象を打ち消す効果を有するものと認められるから,相違点イに係る本願意匠の形態が生じる意匠的効果について,その類否判断に及ぼす影響が軽微なものとした本件審決の評価は誤りというべきであって,当該効果を軽視することはできない。


イ相違点ロについて

 相違点ロは,シリンダチューブの左右両側面及び下面の断面略台形状膨出部の相違であるが両意匠を対比すると,シリンダチューブの左右両側面及び下面に断面略台形状膨出部を設けることは,これらの各両側に同膨出部の端面(台形の上辺部分)より奥まった部分を創出することとなり,シリンダチューブの内径が円形であるのに対しその外周が略正方形であることから必然的に大きくなる四隅付近の厚みが比較的小さいとの印象を与えるものであるほか,同膨出部の台形の各斜辺の存在により,シリンダチューブの左右側面及び下面が直線的でないとの印象を与え,もって,相違点イと同様に,本願意匠のシリンダチューブが全体として略四角柱状であるとの印象を打ち消す効果を有するものと認められる。なお,引用意匠には,本願意匠にはない「略L字状のリブ」が左右両側面に対向して一対形成されているところ,別誌第2によれば,引用意匠は,当該リブがあるために,本願意匠とは反対に,直線的な印象を強めているといえなくもなく,少なくとも当該リブが本件審決にいうように「それほど注目されるものではない」というには無理があるというべきであって,相違点ロに係る本願意匠の形態が生じる意匠的効果について,その類否判断に及ぼす影響が微弱なものとした本件審決の評価は誤りであり,当該効果を軽視することはできないというべきである。


 この点に関し,被告は,断面略台形状膨出部の厚さとシリンダチューブの最大横幅との比率において,両意匠の差が極めてわずかであると主張するが,上記説示したところに照らせば,当該比の差が数値として小さいことをもって,相違点ロに係る本願意匠の形態が生じる意匠的効果についての上記評価を左右するものではない。


 また,被告は,本願意匠の断面略台形状膨出部が全体として幅広のものであり,左右両側面及び下面がおおむね平坦な引用意匠との相違はさほど大きなものではないと主張するが,両意匠を対比すると,同膨出部の各両側に奥まった部分が創出されることによる美感の相違を軽視することができないことは明らかであるから,被告の主張を採用することはできない。


ウ相違点ハについて

 相違点ハは,ボルト取付用孔部端部の形状の相違であるが,両意匠を対比すると,別紙第1によれば,本願意匠のそれが丸みを帯びているため,シリンダチューブの角部(ボルト取付用孔部)の角張った印象を打ち消す効果を有することが明らかであるのに対し,別紙第2によれば,引用意匠は,略四角柱状の外枠に一体となって取り込まれている印象を与えているのであって,相違点ハに係る本願意匠の形態が生じる意匠的効果についても,その類否判断に及ぼす影響がほとんどないとした本件審決の評価は誤りであり,当該効果を軽視することはできない。


 この点に関し,被告は,引用意匠のボルト取付用孔部端部も略台形状に傾斜部が形成されており,本願意匠のボルト取付用孔部端部の形態とそれほど大きく異なるものではなく,局部的な相違にすぎないと主張するが,両意匠を対比すると,本願意匠のボルト取付用孔部端部が有する曲線的な印象と,引用意匠の同端部が有する角張った印象とは,明らかに異なる美感を与えるものといえるから,被告の主張は失当である。


 また,被告は,角部に丸みを帯びさせる形態が様々な物品の分野で行われている常套的手段によるものであるとも主張するが,そのことから直ちに,相違点ハに係る本願意匠の形態が生じる意匠的効果についての上記評価を左右するものということはできない。


エ相違点ヘについて

 原告は,本件審決が看過している相違点として,相違点ヘがあると主張するが,同相違点は,本願意匠の上面の断面略矩形状膨出部の両側に傾斜部があるのに対し,引用意匠には,その傾斜部がないというのである。


 その相違を踏まえて両意匠を対比すると,断面略矩形状膨出部の両側に傾斜部を設けることは,シリンダチューブの上面が直線的であるとの印象を打ち消し,もって,本願意匠のシリンダチューブが全体として略四角柱状であるとの印象を打ち消す効果を有するものと認められるから,相違点ヘに係る本願意匠の形態が生じる意匠的効果についても,これを軽視することはできず,本件審決が両意匠の類否判断に当たりこの点を考慮しなかったことは誤りであるといわざるを得ない。


 この点に関し,被告は,本願意匠の上記傾斜部が極めて細幅でわずかに傾斜したものであり,上記傾斜部の有無は意匠全体からみればわずかな部分における相違であるから,相違点ヘに係る本願意匠の形態が類否判断に与える影響は限定的なものであると主張する。


 しかしながら,両意匠を対比すれば,引用意匠においては,上記傾斜部が存在しないことにより,シリンダチューブ上面の断面略矩形状膨出部の両側部分が極めて直線的で平坦な印象を与えるのに対し,本願意匠においては,上記傾斜部の存在により,引用意匠の当該直線で平坦な印象が打ち消されているものと認められるから,被告の主張を採用することはできない。


オまとめ

 以上説示したところによれば,本件審決が判断の対象とした相違点のうち,相違点イないしハについてみても,また,本件審決が看過したが,両意匠の類否判断に際して考慮に入れるべきであった相違点ヘについてみても,本願意匠の各形態がそれぞれ生じる意匠的効果は,上記アないしエのとおりであるところ,そのうち,相違点イ,ロ及びヘに係る本願意匠の形態が生じる意匠的効果は,本願意匠も,引用意匠も,いずれも略四角柱状のシリンダチューブから構成されるものではあるが,本願意匠は,引用意匠と比較して,ボルト取付用孔部を含めた全体が略四角柱状であるとの印象が相当程度打ち消され,シリンダチューブ中,ボルト取付用孔部を除く部分に全体として丸みを持たせた上,その四隅からやや突出させるようにボルト取付用孔部を取り付けたような印象を与えるものと認められ,これに加えて,相違点ハに係る本願意匠の形態が生じる意匠的効果,すなわち,ボルト取付用孔部端部の丸みを併せ考慮すると,相違点イないしハ及びヘに係る本願意匠の各形態は,相互に相まって,別紙第2の引用意匠とは相当程度異なる美感を生じさせる意匠的効果を有するものと認めるのが相当である。


 そして,相違点イないしハ及びヘに係る本願意匠の各形態が相まって生じる上記意匠的効果の内容及び程度並びに共通点1ないし4に係る各形態がありふれたものであることに照らすと,以上の相違点に係る本願意匠の各形態が相まって生じる意匠的効果は,両意匠の共通点に係る各形態が生じるありふれた美感を超えるに足りるものというべきものである。


 そうすると,「上記の相違点が相俟った効果を考慮してもなお,本願の意匠は意匠全体としては引用の意匠にない格別の特徴を発揮するまでには至らないものというほかない」とした本件審決の評価は誤りであるといわざるを得ない。


 なお,被告は,本願意匠のシリンダチューブの外周面部の形態によっても略角柱状であるとの印象を大きく変更するものではないと主張するが,その主張を採用し得ないことは,以上説示したところから明らかである。


(3) 本件審決の類否判断の当否

 以上のとおり,本願意匠は,引用意匠とその意匠に係る物品を共通にし,さらに,共通点1ないし4において,その形態を共通にすることを考慮してもなお,相違点イないしハ及びヘにおいて,両意匠が類似するものと認めることはできないから,両意匠が類似するとした本件審決の判断は誤りであるというほかはない。


3 結論

 以上の次第であるから,本件審決は取り消されるべきものである。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。