●平成19(ワ)8426不当利得返還請求事件「薄膜トランジスタ装置事件」

 本日は、『平成19(ワ)8426 不当利得返還請求事件 特許権 民事訴訟「薄膜トランジスタ装置事件」平成21年05月20日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090527110329.pdf)について取り上げます。


 本件は、「薄膜トランジスタ装置」に関する特許権を有していた原告が,被告に対して,被告が輸入,販売した被告製品が本件特許権に係る発明の技術的範囲に属し,上記特許権を侵害するとして,民法703条に基づき,不当利得の返還を請求し、その請求が棄却された事案です。


 本件では、侵害訴訟において特許法104条の3第1項に基づく権利行使の制限の主張が行われた場合の当該特許発明の要旨認定における判断が参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第29部 裁判長裁判官 清水節、裁判官 佐野信、裁判官 國分隆文)は、


『 すなわち,特許出願手続,無効審判手続及び審決取消訴訟における発明の要旨認定は,特許請求の範囲の記載に基づいて行われ,明細書の発明の詳細な説明の記載や図面が参酌されるのは,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限られると解すべきところ(最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁参照),侵害訴訟において特許法104条の3第1項に基づく権利行使の制限の主張が行われた場合の当該特許発明の要旨認定においても,同条項が「特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは」と規定されていることに照らし,特許無効審判手続及びその審決取消訴訟における発明の要旨認定の場合と同じ認定手法によるのが相当と認められる。


 したがって,上記権利行使の制限の主張が行われた場合の発明の要旨認定は,原則として,特許請求の範囲の記載に基づいて行われ,明細書の発明の詳細な説明の記載や図面が参酌されるのは,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限られると解すべきである。


 ところで,本件明細書(甲10添付)には,発明の詳細な説明の欄において,「共通浮遊電極を設けた場合には,静電気は2端子素子から共通浮遊電極さらに2端子素子を通して他の複数の端子に放電されるので,さらに印加電圧を低くすることができる。」,「第6図は,さらに第5図の例において遮光膜を第1主電極延在部27として第1主電極106に接続した例で,両方向に電流を流しやすい構造を有している。」との記載があるが,特許請求の範囲の記載は,前記争いのない事実等の で認定したとおりであり,同記載によれば,本件発明においては,2端子薄膜半導体素子の付加ゲート電極及び第2主電極は外部取り出し端子に接続し,第1主電極は共通浮遊電極に接続するという順方向接続態様で接続する構成(構成要件E)であることが明らかであり,この接続態様によれば,電流は,外部取り出し端子から2端子薄膜半導体素子を介して共通浮遊電極へ流れる方向には流れやすいが,共通浮遊電極から2端子薄膜半導体素子を介して他の外部取り出し端子に流れる方向には流れにくくなっているものと認められる。


 そうすると,本件特許の特許請求の範囲の記載からみて,分散放電の技術思想ないしそれを実現する構成は,本件発明の必須の内容とはされていないというべきである。


 したがって,原告の上記主張は理由がない。』


 と判示されました。


 なお、本東京地裁判決中で引用している最高裁判決は、

●『昭和62(行ツ)3 審決取消 特許権 行政訴訟「リパーゼ事件」平成3年03月08日 最高裁判所第二小法廷』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/75CB63A39AC99F3449256A8500311EAF.pdf)

 です。


 今回、東京地裁民事第29部の清水節裁判長裁判官は、特許発明の要旨認定について、

侵害訴訟において特許法104条の3第1項に基づく権利行使の制限の主張が行われた場合の当該特許発明の要旨認定においても,同条項が「特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは」と規定されていることに照らし,特許無効審判手続及びその審決取消訴訟における発明の要旨認定の場合と同じ認定手法によるのが相当と認められる。


 したがって,上記権利行使の制限の主張が行われた場合の発明の要旨認定は,原則として,特許請求の範囲の記載に基づいて行われ,明細書の発明の詳細な説明の記載や図面が参酌されるのは,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限られると解すべきである。』

 というように、リパーゼ最高裁判決(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/75CB63A39AC99F3449256A8500311EAF.pdf)の原則通りに判断すると判示しましたが、確か、当方の記憶では、東京地裁の設楽判事や高部眞規子判事は、日弁連の研修やNBL等の雑誌で書かれていたと思いますが、侵害訴訟におけるクレーム解釈との整合を図るため、リパーゼ最高裁の例外により判断、すなわち発明の要旨が不明確等の特段の事情があるので、明細書等の記載を原則として参照して発明の要旨認定を行うべき、といっていたような記憶がします。


 私個人としても、東京地裁の設楽判事や高部眞喜子判事と同様に、侵害訴訟におけるクレーム解釈との整合を図る必要があると思うし、しかもリパーゼ最高裁判決は特許付与前の拒絶審決の審決取消訴訟における、出願に係る発明の要旨認定が対象であり、無効審決の審決取消訴訟や侵害訴訟における104条の3の特許無効の抗弁はあくまで特許付与後であり、特許付与前の出願に係る発明の要旨認定について判示したリパーゼ最高裁判決と同列に取り扱う必要なないと思うので、特許付与後の特許発明の要旨認定は、侵害訴訟におけるクレーム解釈と同様に、リパーゼ最高裁の例外、すなわち原則として明細書等の記載を参酌して判断すべきあると思い、今回の東京地裁のこの特許発明の要旨認定の判断基準の判示内容には賛成しかねます。


 なお、この侵害訴訟における特許法104条の3第1項に基づく権利行使の制限の主張が行われた場合の当該特許発明の要旨認定については、ほぼ2年ほど前の2/17の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20070217)で取り上げた知財高裁大合議事件である、
●『平成16(ワ)23600 特許権侵害差止等 半導体記憶装置 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060327185227.pdf)の控訴審事件においても争われ、結局判断されませんでしたが、侵害訴訟における重要な論点ですので、ぜひとも、この点に関し、知財高裁、そして最高裁の判断を仰ぎたいものです。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。