●昭和47年に出された知財事件の最高裁判決(2)

 本日は、昭和47年に出された知財事件で、裁判所HP(http://www.courts.go.jp/)に掲載されているもう1件の最高裁判決について、下記の通り、簡単に紹介します。


 本件は、「Aは分枝を有するアルキレン基」の記載を「Aは分枝を有することあるアルキレン基」に訂正することについて判示した最高裁判決です。


 つまり、


●『昭和41(行ツ)1 審決取消請求 特許権 行政訴訟「フェノチアジン誘導体事件(「分枝を有するアルキレン基事件)」昭和47年12月14日 最高裁判所第一小法廷』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319121027803940.pdf)


 ・・・『1 本件特許発明において、特許請求の範囲の項に示され式(化学式は末尾添付)中の「Aは分枝を有するアルキレン基」との部分は、本件特許発明の構成に欠くことができない事項の一に属するところ、「Aは分枝を有するアルキレン基」なる記載を「Aは分枝を有することあるアルキレン基」と訂正することは、前者に「分枝を有しないアルキレン基」を付加し、それだけ前者(本件特許発明の構成に欠くことができない事項の一)、ひいては特許請求の範囲を拡張することになる。


 2 本件特許発明において、その特許請求の範囲の項中の「Aは分枝を有するアルキレン基」なる記載が、当業者であればそのままで「Aは分枝を有することあるアルキレン基」と解される、という事実も認められない。


 かえつて、「Aは分枝を有するアルキレン基」としても、発明所期の目的効果を奏しえないものではなく、ただ、「Aは分枝を有しないアルキレン基」としたときに、よりよい効果を収めうるにすぎないことからしても、「Aは分枝を有するアルキレン基」を「Aは分枝を有することあるアルキレン基」と解する以外にないとの見解を採りえないことが明らかである。


 3 「Aは分枝を有しないアルキレン基」とした方がよりよい効果を奏するものとすれば、訂正によりそれを本件特許発明の権利範囲に持ち込むことは、それだけ、後に至つて第三者の利益についてたやすく保護を薄くし、他方、誤記等の端緒ないし原因を作り責めを負うべき特許権者を保護することになり、右両者間の利害の権衡を図ろうとする特許法一二六条二項の趣旨にも副わない結果を生ずる。


 二 原判決が本件において誤記の訂正が許されないとした理由は、右のとおりであるが、原判決は、右の説示に先だつて、特許法(以下単に法という)一二六条二項の趣旨につき一般的に言及するところがあり、論旨は、主として、右の一般的説示についての論難であるので、以下、上告理由の記載の順序に従つて判断することとする。


 1 上告理由一ないし三について

 論旨はまず、原判決が、法一二六条二項は訂正前と訂正後とで特許権の効力の及ぶ限界に差異を生ずることを許さない趣旨であるとした点を捉えて、原判決の解釈によれば、同条一項一号の規定はまつたく無意味に帰する、と非難する。


 按ずるに、同条一項一号は、特許請求の範囲の減縮を目的とする明細書の訂正を可能とするが、特許請求の範囲の減縮は当然に特許権の効力範囲の変動を齎すものであるから、一般に、同条二項の趣旨が訂正前と訂正後とで特許権の効力の及ぶ限界に差異を生ずることを許さない点にある、とした原判決の説示を文字どおりに読むと、同条一項一号が無意味となることは、所論のとおりである。


 しかし、本件は誤認の訂正(同項二号)に関する事案であつて、右の説示も、実は本件の事案に即してなされたものであることを窺うに難くなく、したがつて、原判決の当否は、必ずしも、右の一般的に立言された説示自体の当否によつて決せられるものではない。


 論旨は、法一二六条二項の解釈にあたり、そこにいう「実質」とこれに対するものとしての「形式」との各領域を想定して、訂正の結果変動を生じうる事項として考えられる(イ)特許請求の範囲の記載自体、(ロ)その記載から帰結される特許権の効力範囲、(ハ)発明の内容・思想の同一性の三者につき、そのいずれを「形式」の領域に属せしめ、また、そのいずれを「実質」の領域に属せしめるかによつて、訂正の許否を決すべきものとし、右三者のうち、(イ)が形式、(ハ)が実質の領域に属することはまず疑いを容れず、(ロ)ついては、同条一項は、特許請求の範囲の減縮(特許請求の範囲の記載から帰結される特許権の効力範囲の変動)を訂正可能なもの、すなわち「形式」の領域に属するものとして、まさに同条二項の「実質上」の変更と対置している旨を主張する。


 しかしながら、右にいう実質と形式とはたしかに対立する概念であるが、同条二項の解釈問題における両者の関係は、一方に属するものは他方に属しないというように、截然と相互に無関係に区分されうるものではなく、特許請求の範囲を実質的に拡張または変更するものでないかぎり、これを形式的に拡張または変更することも許されるという意味での、相関関係にあることが明らかである。


 そして、特許請求の範囲の減縮を目的とする場合においても、法は、これをつねに訂正可能とするのではなく、「実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであつてはならない」という制限のもとにおいてのみその訂正を許容するのである。


 したがつて、同条一項一号の規定を根拠として、特許権の効力範囲の変動が齎される場合であつてもつねに訂正が許されるべきである、とする論旨の理由のないことが明らかである。


 2 上告理由四、五について

 論旨は、実質上特許請求の範囲を拡張または変更するものであるか否かの判断は、特許請求の範囲の項にとどまらず明細書全体の記載を基準とし、あるいはその記載事項から認定されうる発明の基本的思想の同一性を基準としてなされるべきである、と主張する。


 しかしながら、法は、特許出願に際し願書に添附すべき明細書の「特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない」(三六条五項)ものとし、また、「特許発明の技術的範囲は、願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない」(七〇条)ものとするのであつて、明細書中において特許請求の範囲の項の占める重要性は、とうてい発明の詳細な説明の項または図面等と同一に論ずることはできない。


 すなわち、特許請求の範囲は、ほんらい明細書において、対世的な絶対権たる特許権の効力範囲を明確にするものであるからこそ、前記のように、特許発明の技術的範囲を確定するための基準とされるのであつて、法一二六条二項にいう「実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するもの」であるか否かの判断は、もとより、明細書中の特許請求の範囲の項の記載を基準としてなされるべく、所論のように、明細書全体の記載を基準としてなされるべきものとする見解は、とうてい採用し難いのである。


 また、発明の基本的思想の同一性が失われる場合に、これが特許請求の範囲の実質上の変更にあたるとして訂正の許されえないことは勿論であるが、同条二項にいう実質上の拡張または変更にあたる場合を、ひとりこれにとどまるものということはできないのである。


 三 おもうに、訂正の審判が確定したときは、訂正の効果は出願の当初に遡つて生じ(法一二八条)、しかも、訂正された明細書または図面に基づく特許権の効力は、当業者その他不特定多数の一般第三者に及ぶものであるから、訂正の許否の判断はとくに慎重でなければならないのが当然である。


 原審の確定事実に照らして本件を観るのに、上告人が訂正を求める「Aは分枝を有するアルキレン基」との記載は、特許請求の範囲の項中の本件特許発明の構成に欠くことができない事項の一に属するものであつて、これが「Aは分枝を有することあるアルキレン基」の誤記であることは当事者間において争いのないところであるとはいえ、本件における特許請求の範囲の項に示された式(化学式は末尾添付)中の「Aは分枝を有するアルキレン基」とする記載は、それ自体きわめて明瞭で、明細書中の他の項の記載等を参酌しなければ理解しえない性質のものではなく、また、それが誤記であるにもかかわらず、「Aは分枝を有するアルキレン基」という記載のままでも発明所期の目的効果が失われるわけではなく、当業者であれば何びともその誤記であることに気付いて、「Aは分枝を有することあるアルキレン基」の趣旨に理解するのが当然であるとはいえないというのである。


 これによると、前記の「Aは分枝を有するアルキレン基」との記載は、上告人の立場からすれば誤記であることが明かであるとしても、一般第三者との関係からすれば、とうていこれを同一に論ずることができず、けつきよく、本件特許発明の詳細な説明の項中にその趣旨を表示された「Aは分枝を有するアルキレン基」と「Aは分枝を有しないアルキレン基」との両者のうち、前者のみを記載したのが本件特許請求の範囲にほかならないのである。


 以上説示するところによれば、本件の場合、特許請求の範囲の「Aは分枝を有するアルキレン基」との記載を「Aは分枝を有することあるアルキレン基」と訂正することは、形式上特許請求の範囲を拡張するものであることは勿論、本件明細書中に記載された特許請求の範囲の表示を信頼する一般第三者の利益を害することになるものであつて、実質上特許請求の範囲を拡張するものというべく、法一二六条二項の許容しないところといわなければならない。


 したがつて、これと結論を同じくする原判決は相当であつて、諭旨はすべて理由がない。


 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。』、等と判示した最高裁判決。