●平成20(ワ)6848損害賠償請求事件 著作権「静かなる決闘/羅生門」

 本日は、『平成20(ワ)6848 損害賠償請求事件 著作権 民事訴訟静かなる決闘羅生門」平成21年04月27日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090511152740.pdf)について取り上げます。


 本件は、黒澤明監督の映画の著作権を有すると主張する原告が,同映画を収録,複製したDVD商品を海外において製造させ,輸入・販売している被告に対して,被告の輸入行為は原告の著作権(複製権)を侵害する行為とみなされる(著作権法113条1項1号)として,民法709条及び著作権法114条3項に基づく損害賠償等の支払を求め、その請求が認容された事案です。


 本件では、映画の著作権の存続期間の満了時期についての判断が参考になります。


 つまり、東京地裁(民事第29部 裁判長裁判官 清水節、裁判官 坂本三郎、裁判官 松井俊洋)は、


1 争点(1)(本件各映画の著作権の存続期間の満了時期(本件各映画の著作者はだれか))について


(1)映画の著作物の保護期間に関する我が国の法令の概要

 前記第2の1(2)のとおり,本件映画1は昭和24年に,本件映画2は昭和25年にそれぞれ公表されたものであり,新著作権法が施行された昭和46年1月1日より前に公表された映画の著作物である。このような旧著作権法下で公表された映画の著作物の著作権の保護期間に関する我が国の法令の概要は,次のとおりである。


ア 前記第2の1(3)のとおり,旧著作権法は,映画の著作物の保護期間を,独創性の有無(22条の3後段)及び著作名義の実名(3条),無名・変名(5条),団体(6条)の別によって別異に扱っていたところ,前記第2の1(2)ウのとおり,本件各映画は独創性を有する映画の著作物であるから,本件各映画の保護期間については,本件各映画の著作名義が監督等の自然人であるとされた場合には,その生存期間及びその死後38年間(3条,52条1項)とされるのに対し,それが団体である映画製作者名義であるとされた場合には,本件各映画の公表(発行又は興行)後33年間(6条,52条2項)とされることになる。


イ 旧著作権法は,昭和46年1月1日施行の新著作権法により全部改正された。新著作権法(平成15年改正法による改正前の規定)は,映画の著作物及び団体名義の著作物の保護期間を,いずれも,原則として,公表後50年を経過するまでの間と規定する(53条1項,54条1項)とともに,附則2条1項において「改正後の著作権法(以下「新法」という。)中,著作権に関する規定は,この法律の施行の際現に改正前の著作権法・・・による著作権の全部が消滅している著作物については,適用しない。」旨を定め,また,附則7条において,「この法律の施行前に公表された著作物の著作権の存続期間については,当該著作物の旧法による著作権の存続期間が新法第2章第4節の規定による期間より長いときは,なお従前の例による。」と定めている。


 なお,新著作権法は,法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物の著作者及び映画の著作物の著作者について,それぞれ新たな規定を設けた(前者につき15条,後者につき16条)が,これらの規定は,その施行前に創作された著作物については,適用しないこととされ(附則4条),また,その施行前に創作された同法29条に規定する映画の著作物の著作権の帰属については,なお従前の例による旨定めている(附則5条)。


ウ 映画の著作物の著作権の保護期間は,平成15年改正法(平成16年1月1日施行)により,原則として公表後70年を経過するまでの間と延長される(同法による改正後の著作権法54条1項)とともに,平成15年改正法附則2条は「改正後の著作権法・・・第54条第1項の規定は,この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について適用し,この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については,なお従前の例による。」と,同法附則3条は「著作権法の施行前に創作された映画の著作物であって,同法附則第7条の規定によりなお従前の例によることとされるものの著作権の存続期間は,旧著作権法による著作権の存続期間の満了する日が新法第54条第1項の規定による期間の満了する日後の日であるときは,同項の規定にかかわらず,旧著作権法による著作権の存続期間の満了する日までの間とする。」と定めている。


エ 著作者及び著作名義を個人と団体のいずれとみるかによる著作権の保護期間

(ア)本件各映画の著作者及び著作名義が監督であるAであるとした場合の著作権の保護期間

 この場合,旧著作権法を適用すれば,本件各映画の著作権の保護期間は,Aが死亡した平成10年(前記第2の1(2)エ)の翌年から起算して38年後の平成48年12月31日までとなる(同法22条の3,3条,52条1項)。


 他方で,前記第2の1(2)ア及びイによれば,本件映画1は昭和24年に,本件映画2は昭和25年にそれぞれ公表されたものであるから,新著作権法附則2条1項により,同法を適用し,公表後50年の保護期間とした場合は,本件映画1の著作権の保護期間は平成11年12月31日までとなり,本件映画2の著作権の保護期間は平成12年12月31日までとなるが,同法附則7条により,保護期間の長い旧著作権法が適用される。


 また,本件各映画の著作権の保護期間をAの死亡から38年とした場合には,平成15年改正法の施行時において著作権が存するから,同法附則2条により,公表後70年を保護期間とする平成15年改正法を適用することができる。そして,同法を適用した場合の著作権の存続期間は,本件映画1が平成31年12月31日まで,本件映画2が平成32年12月31日までとなる。したがって,同法附則3条により,保護期間の長い旧著作権法が適用され,前記のとおり,本件各映画の著作権の保護期間は平成48年12月31日までとなる。


(イ)本件各映画につき団体である映画製作会社の著作名義であるとした場合の著作権の保護期間

 この場合,旧著作権法を適用すれば,団体名義の著作物として,公表後33年間,すなわち,本件映画1については昭和57年12月31日まで,本件映画2については昭和58年12月31日までが保護期間となる(同法22条の3,6条,52条2項)。


 他方で,新著作権法附則2条により新著作権法(平成15年改正前)を適用し,公表後50年間を保護期間とした場合には,本件映画1については平成11年12月31日まで,本件映画2については平成12年12月31日までとなるから,同法附則7条により,保護期間の長い新著作権法が適用され,本件映画1については平成11年12月31日まで,本件映画2については平成12年12月31日までが著作権の保護期間となる。


 なお,この場合,平成15年改正法の施行前に本件各映画の著作権が消滅しているから,同法附則2条により,同法による改正後の著作権法の規定は,適用されない。


オ このように,本件各映画の著作者及び著作名義をどのように考えるかによって,平成19年1月ころに行われた被告による本件各映画の複製物の輸入行為(後記3(1)参照)が,本件各映画の著作権の存続期間内にされたものといえるかどうかが異なることとなる。そこで,以下,本件各映画の著作者及び著作名義について検討することとする。


(2)本件各映画の著作者について

ア 本件各映画は,いずれも新著作権法が施行される前に創作された映画の著作物であり,同法附則4条によれば,映画の著作物の著作者に関する規定である同法16条は適用されないから,本件各映画の著作者がだれかに 関しては,旧著作権法によることになる。そして,旧著作権法においては,映画の著作物の著作者について直接定めた規定はないのみならず,そもそも著作物一般についての著作者の定義や著作物の定義を定める規定もない。


 他方で,新著作権法では,著作物及び著作者の定義規定が設けられている(同法2条1項1号及び2号)が,その内容が旧著作権法における著作物及び著作者についての解釈と異なるのであれば(新著作権法が,旧著作権法における著作物及び著作者をすべて著作物及び著作者と定義した上で,更に著作物及び著作者の定義の範囲を拡張したような例外的場合でない限り),従前は著作物及び著作者として認められていたものが,新著作権法の施行により著作物又は著作者と認められないことが生じ得るのであるから,何らかの経過措置が設けられるのが通常と考えられるところ,これに関する経過規定は設けられていない。


 また,旧著作権法の下で公表された著作物の著作権が,新著作権法の下でも存続することを前提とした規定(例えば,同法附則7条)もある。


 これらのことからすれば,新著作権法における著作者及び著作物の定義は,旧著作権法における著作者及び著作物の定義を変更したものではないと解するのが相当である。


 なお,旧著作権法の下における裁判例においても, 「著作物とは,著作者の精神的所産たる思想内容の独創的表現たることを要す」(大審院昭和11年(オ)第124号同12年11月20日第三民事部判決・法律新聞4204号3頁参照),「精神的労作の所産である思想または感情の独創的表白であって,客観的存在を有し,しかも文芸,学術,美術の範囲に属するもの」(東京地裁昭和40年8月31日判決・下民集16巻8号1377頁参照)等と解されている。


 したがって,旧著作権法における著作物とは,新著作権法と同様,思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいい,また,旧著作権法における著作者とは,このような意味での著作物を創作する者をいうと解される。


 そして,思想又は感情を創作的に表現できるのは自然人のみであることからすると,旧著作権法においても,著作者となり得るのは,原則として自然人であると解すべきである。


イ このように,著作者となり得るのは,原則として自然人であることを前提として,制作,監督,演出,撮影,美術の担当者等多数の自然人の作業により製作されるという映画の著作物の製作実態を踏まえると,旧著作権法においても,新著作権法16条と同様,制作,監督,演出,撮影,美術等を担当して映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者は,当該映画の著作物の著作者であると解するのが相当である。


 なお,新著作権法附則4条は,同法16条の規定は,同条の施行前に創作された著作物については,適用しない旨定めている。


 しかしながら,旧著作権法において,映画の著作物の著作者につき,新著作権法16条と同様の解釈をすることを妨げるような事情があるとは認められないことからすれば,同法附則4条が同法16条を適用しないこととしたのは,同条が新設規定であることに照らして,旧著作権法の下で公表された映画の著作者については旧著作権法における解釈に委ねる趣旨の規定であって,旧著作権法において新著作権法16条と同様の解釈をすることを積極的に排除する趣旨まで含むものではないと解される。


 現に,著作権法の所管省庁である文化庁において新著作権法の立案を担当していた者においても,同法附則4条につき,旧著作権法下における映画の著作物の著作者の意義の解釈が必ずしも確定していなかったために,旧著作権法による解釈に委ねる趣旨で設けられたものであると説明している(甲21 )。これらのことからすれば,新著作権法附則4条は,旧著作権法の下で公表された映画の著作物の著作者について,新著作権法16条と同様の解釈をすることを妨げるものではないと解される。


ウ これを本件各映画についてみると,証拠(甲1,2,11)並びに前記第2の1(2)ア及びイによれば,Aは本件各映画の監督を務め,脚本の作成にも参加するなどしていることが認められるから,本件各映画の全体的形成に創作的に寄与している者と推認され,これに反する証拠もない。


 したがって,Aは,他に著作者が存在するか否かはさておき,少なくとも本件各映画の著作者の一人であると認められる。


(3)本件各映画の著作名義について

ア 前記第2の1(3)のとおり,旧著作権法は,3条から9条まで著作権の保護期間に関する規定を置いているところ,3条1項は,発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を著作者の生存する間及びその死後30年間と定め,4条は,著作者の死後に発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を発行又は興行の時から30年間と定め,5条本文は,無名又は変名の著作物の著作権の存続期間を発行又は興行の時から30年間と定め,ただし書で,その期間内に著作者の実名登録を受けたときは3条の規定に従うこととし,6条は,団体の名義をもって発行又は興行した著作物の著作権の存続期間を発行又は興行の時から30年間と定めていた。


 このような旧著作権法における著作権の保護期間に関する規定全体の構成に加え,前記(2)アのとおり,著作権法においては,著作者となり得る者は原則として自然人であると解されることにかんがみると,旧著作権法は,著作物の存続期間につき,原則として自然人である著作者の死亡の時を基準とすることを定めた上で,著作者又はその死亡時期が特定できないためこの基準によることができない無名又は変名の著作物及び創作行為を行った自然人を判別することができず,また,著作物の名義人の死亡時期を観念することができない団体名義の著作物については,5条又は6条で発行又は興行の時を基準とすることとしたものと解される。


 そうすると,旧著作権法6条が定める団体名義の著作物とは,当該著作物の発行又は興行が団体名義でされたため,当該名義のみからは創作行為を行った者を判別できず,また,著作物の名義人の死亡時期を観念することができない著作物をいうと解するのが相当である。


イ これを本件についてみると ,証拠甲(9 , 10), 前記第2の1(2)の各事実及び弁論の全趣旨によれば,本件各映画は,旧大映が製作したものであるところ,その冒頭部分において,本件映画1では「大映株式曾社製作」,本件映画2では「大映株式會社製作」との表示がされるとともに,「監督A」との表示がされていることが認められる。


 そして,前記(2)のとおり,Aが本件各映画の著作者であると認められることからすれば,この「監督A」との表示は,著作者であるAの実名が表示されたものと認められる。


 そうすると,本件各映画は,著作者の実名が表示された著作物であって,創作行為を行った者を判別できず,また,著作物の名義人の死亡時期を観念することができない著作物であるとはいえないから,本件映画1に「大映株式曾社製作」との表示が,本件映画2に「大映株式會社製作」との表示があるからといって,旧著作権法6条が定める団体名義の著作物には当たらないというべきである。


 そして,前記第2の1(2)の各事実からすれば,本件各映画は,Aの生存中に公開されたものと認められるから,その著作権の存続期間について適用される旧著作権法の規定は,同法3条,52条1項であると解される。


(4)本件各映画の著作権の存続期間について

 以上のとおり,Aは,本件各映画の著作者であり,本件各映画は旧著作権法6条の団体名義の著作物に当たらず,本件各映画の著作権の保護期間について適用される旧著作権法の規定は,同法3条,52条1項であると解されるから,前記(1)エのとおり,本件各映画の著作権は,少なくとも本件各映画の著作者であるAが死亡した平成10年の翌年から起算して38年後の平成48年12月31日までは存続することとなる。


(5)被告の主張について

ア 被告は,本件各映画が団体名義の著作物であると解すべき根拠として,映画の画面上のクレジットが著作者を示すとすると,名前が表示されている個人は多数存在し,監督以外の著作者が認定できないことにより,著作権の保護期間が確定できないことを主張する。


 しかしながら,前記のとおり,旧著作権法における映画の著作物の著作者とは,新著作権法と同様,制作,監督,演出,撮影,美術等を担当して映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者をいうと解すべきであって,映画の画面上のクレジットに名前が表示された個人の全員をいうものではないことは明らかであるから,画面上のクレジットに名前が表示された者が多数存するからといって,そのことを理由に監督以外の著作者が認定できないという事態が生じるものではない。


 そして,監督以外に映画の著作物の全体的形成に創作的に関与した者が複数想定される場合には,著作権の保護期間が一義的に明確とならないときがあり得るとしても,そのことにより,前記(2)及び(3)で検討したとおり,Aが本件各映画の著作者であり,かつ,同人が著作者として表示されているとの認定が左右されるものではない。


イ また,被告は,本件各映画は,シェーン判決で問題となった映画「シェーンと公表形態が同一であるから同判決にいう団体の著作」, 「名義をもって公表された独創性を有する映画」に該当するなどと主張する。


 しかしながら,シェーン判決は,アメリカ合衆国法人が映画「シェーン」の著作者であり,その著作名義をもって1953年(昭和28年)に米国で初めて公表されたこと,当該映画が独創性を有する映画の著作物であることを前提事実とした上で,映画の著作物の保護期間を定める新著作権法54条1項について,その保護期間の延長措置を定めた平成15年改正法の適用関係について判示したものである(乙14)。


 これに対し,本件は,本件各映画が団体名義の著作物といえるかどうか自体が争点となっており,事案を異にするから,被告の主張は,採用することができない。


ウ さらに,被告は,団体が著作者となることの根拠として,東京高裁昭和57年4月22日判決を挙げる。


 しかしながら,同判決は,法人等の職務に従事する者において職務上作成する著作物について,一定の要件の下に,その著作物の著作者を当該法人等とするものであるところ,本件各映画を創作した者であるAが旧大映の業務に従事する者であることを示す証拠はなく,本件とは事案を異にするから,被告の主張は,採用することができない。』


 と判断されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。