●平成18(ネ)10075 特許権侵害差止請求控訴事件 特許権 民事訴訟

 本日は、『平成18(ネ)10075 特許権侵害差止請求控訴事件 特許権 民事訴訟「フルオロエーテル組成物及び,ルイス酸の存在下におけるその組成物の分解抑制法」平成21年04月23日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090508120542.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権侵害差止請求控訴事件で、本件控訴が認容され、原判決が取り消された事案です。


 本件では、明細書に記載された本件特許発明の目的,作用効果等を参照しての構成要件Dの「ルイス酸抑制剤」の技術的意義についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 田中信義、裁判官 浅井憲、裁判官 杜下弘記)は、


『1 争点2−3(構成dの「エポキシフェノリックレジンのラッカー」がルイス酸抑制効果を有するか)について


(1) 構成要件Dの「ルイス酸抑制剤」の技術的意義について


 ・・・省略・・・


イ(ア) 上記アの各記載によれば,麻酔薬として広く用いられるセボフルラン(フルオロエーテル化合物)は,容器内壁に存在するルイス酸(酸化アルミニウム等。以下「容器由来ルイス酸」ということがある。)と接触すると,容器由来ルイス酸がセボフルラン中のアルファフルオロエーテル部分を攻撃することにより,皮膚や粘膜に有害なフッ化水素酸を含む分解産物に分解される(以下,単に「セボフルランの分解」などというときは,当該分解を指す。)との問題があったところ,本件特許発明は,安定したセボフルランの貯蔵方法を提供するため,ルイス酸の空軌道に電子を供与してルイス酸との間に共有結合を形成することによりルイス酸と上記アルファフルオロエーテル部分との反応を妨げるような性質を有する物質(本件明細書にいう「ルイス酸抑制剤」)で容器内壁を被覆して,当該物質により容器由来ルイス酸の潜在的な反応部位を遮断し(以下「容器由来ルイス酸を中和する」などということがある。),もって,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解を防止することを目的とするものであるといえる。



 したがって,本件特許発明にいう「ルイス酸抑制剤」とは,上記性質を有する物質であって,容器由来ルイス酸を中和し,もって,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解を防止するとの作用効果をもたらすものであると認められる。


 このように,本件特許発明においては,ルイス酸抑制剤により容器由来ルイス酸を中和することを手段として,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との作用効果を実現するものであるから,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止が容器由来ルイス酸の中和と関係なく実現される場合には,ルイス酸抑制剤が,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解を防止するとの作用効果をもたらすとはいえず,そのような場合におけるルイス酸抑制剤は,本件特許発明にいう「ルイス酸抑制剤」に該当しないものと解するのが相当である。


 換言すれば,本件特許発明にいう「ルイス酸抑制剤」に該当するためには,当該ルイス酸抑制剤による容器由来ルイス酸の中和と容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との間に,当業者の認識を踏まえた因果関係が認められることを要すると解すべきである。


 そして,本件特許発明の上記目的及び上記アの本件明細書の各記載によれば,本件特許発明は,ルイス酸抑制剤による容器内壁の被覆後,容器内壁とセボフルランとが接触することを当然の前提にしているものと解される。


 したがって,容器由来ルイス酸とセボフルランとが接触するものと認められない場合,例えば,物理的な要因により,セボフルランの通常の貯蔵条件下及び貯蔵期間内における容器内壁とセボフルランとの接触が完全に又は著しく妨げられる場合(そのような接触があるとの立証がない場合)には,容器由来ルイス酸とセボフルランとの接触があるものとは認め難く,それ故,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止とルイス酸抑制剤による容器由来ルイス酸の中和との間に,当業者の認識を踏まえた因果関係があると認めることはできないものと解するのが相当である。


(イ) この点に関し,被控訴人らは,「本件特許発明においては,『被覆』する時点で,ルイス酸抑制剤と容器内壁のルイス酸が接触して中和反応が生じることが重要であり,『被覆』した後に,当該被覆が覆い被された状態で固化し,そのまま残存するかどうかは,本件特許発明との関係では付加的な事項にすぎない」と主張するが,容器由来ルイス酸の中和の目的が容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止であることは,上記説示のとおりであり,また,被控訴人らも認めるところであるから,被控訴人らの上記主張が,容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止が容器由来ルイス酸の中和と無関係に,すなわち,容器由来のルイス酸とセボフルランとの接触が生じなくてもよい旨をいうものとすれば,本件特許発明の上記目的,作用効果等に照らし失当であることは明らかである。


(2) 構成dの「エポキシフェノリックレジン」及びその「ラッカー」についてア証拠(検甲1の2,検甲4,検乙1)及び弁論の全趣旨によれば,構成dの「エポキシフェノリックレジン」及びその「ラッカー」は,構成bのアルミニウム製容器(以下「控訴人容器」という。)の内壁に塗布される際には液状のEPRラッカーであり,塗布後,控訴人容器にセボフルランを配置する時点においては固化したEPR被膜となっているものと認められる。


 ・・・省略・・・


(3) 上記(1)及び(2)によれば,構成dにおいては,EPRにルイス酸抑制剤としての作用効果があると仮定してみても,ルイス酸抑制剤による容器由来ルイス酸の中和と容器由来ルイス酸によるセボフルランの分解の防止との間に,当業者の認識を踏まえた因果関係があると認めることはできないから,構成dの「エポキシフェノリックレジンのラッカー」が構成要件Dの「ルイス酸抑制剤」に該当するということはできない。


 その他,構成dの「エポキシフェノリックレジンのラッカー」が構成要件Dの「ルイス酸抑制剤」に該当するものと認めるに足りる証拠はない。


 ・・・省略・・・


第5 結論


 よって,当裁判所の上記判断と異なる原判決は不当であるから,原判決を取り消した上,被控訴人らの請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。