●平成21(ワ)4394 損害賠償「開き戸の地震時ロック方法事件」(1)

 本日は、『平成21(ワ)4394 損害賠償 特許権 民事訴訟「開き戸の地震時ロック方法事件」平成21年04月27日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090428140241.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権に基づく損害賠償請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、まず、本件各特許発明の技術的範囲の解釈についての判断が参考になります。


 つまり、大阪地裁(第26民事部 裁判長裁判官 山田陽三、裁判官 島村雅之、裁判官 北岡裕章)は、


1 争点1(本件各特許権の侵害の有無)について

(1)本件各特許発明の技術的範囲の解釈について

 被告は,本件各特許発明には機能的表現が用いられているから,その技術的範囲を本件実施例に限定して解釈すべきと主張する。


 たしかに,本件各特許発明に係る特許請求の範囲のうち,「係止手段が地震のゆれの力で開き戸の障害物としてロック位置に移動しわずかに開かれる開き戸の係止具に係止する」地震時ロック装置との記載(構成要件C)及び「使用者が閉じる方向に押すまで閉じられずわずかに開かれた」ロック位置との記載(構成要件E)は,いずれも具体的な構成ではなく,作用的,機能的な表現で記載されているものと認められる。


 このように,特許請求の範囲の記載が作用的,機能的に記載されている場合,発明の外延が不明確になりがちであり,またこれを文言どおりに解すると明細書で開示された技術思想に属しない構成までもが技術的範囲に含まれることになりかねず妥当でない。


 しかし,他方で,被告が主張するように,特許請求の範囲が作用的,機能的に記載されているからといって,明細書の発明の詳細な説明に開示された実施例のみに限定されると解すべきではなく,明細書の発明の詳細な説明の記載から当業者が認識し得る技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を定めるのが相当である。


 そこで,上記の観点から,まず構成要件Cについて,その技術的範囲を検討することとする。


(2)本件明細書の記載

 本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明及び図面には,以下の記載がある。

 ・・・省略・・・

(3)検討

ア 上記段落【0002】及び【0003】によれば,本件各特許発明は従来作動が確実な開き戸の地震時ロック方法が開発されていなかったことから,作動が確実な開き戸の地震時ロック方法の提供を目的とするものと認められるところ,その手段が記載された段落【0004】や,発明の効果が記載された段落【0005】を見ても,「係止手段が地震のゆれの力で開き戸の障害物としてロック位置に移動しわずかに開かれる開き戸の係止具に係止する」との構成がいかなる構成であれば,作動が確実な地震時ロック装置となるのかを窺い知ることはできない。


 本件明細書で上記構成を具体的に開示していると解される部分は,実施例の記載としての段落【0006】及び図1ないし図4のみであるところ,これらの記載からすれば,地震のゆれが直接,係止手段(4)に作用し,地震のゆれによって係止手段(4)が自ら移動することによって,係止部(4a)が係止具(5)の係止部(5b)に到達するとの技術思想が開示されていることが認められる。


 また,かかる実施例の記載を受けて「係止手段が地震のゆれの力で開き戸の障害物としてロック位置に移動し」との構成に係る技術思想を説明したと解される段落【0008】においても,「可動な障害物(中略)としての係止手段(4)について該障害物自体を地震のゆれの力でロック位置に移動させる開き戸の地震時ロック装置」と記載されており,他の部材を介して係止手段(4)が移動することは開示も示唆もされていない。


 よって,本件各特許発明においては,地震のゆれによって係止手段が自ら移動するとの技術思想が開示されているというべきである。


 そうすると,構成要件Cの「係止手段が地震のゆれの力で開き戸の障害物としてロック位置に移動し」というためには,少なくとも地震のゆれによって係止手段が自らロック位置に移動する構成であることを要するというべきである。


イ この点,原告は,原出願明細書の記載(図6ないし図9)を参酌して本件各特許発明を解釈しようとする。しかし,同明細書図6ないし図9に開示の球は,本件各特許発明の係止手段に相当するものであるが,これらの球は本件明細書には記載されておらず,また,このように球を用いる構成が周知技術であることを認めるに足りる証拠もない。

 したがって,かかる当業者にとって自明でない構成について,本件明細書に記載されていない原出願明細書の記載をもって本件各特許発明の技術的範囲の解釈を補うことは許されないというべきである。


(4)被告各物件との対比


ア 構成要件Cの「係止手段が地震のゆれの力で開き戸の障害物としてロック位置に移動し」との構成のうち「係止手段」は被告各物件の「アーム(4)」に相当するところ地震時におけるアーム(4)の作用につ, いては,別紙「イ号物件の構成に関する当事者の主張」ないし「ニ号物件の構成に関する当事者の主張」の各(3)欄に記載のとおり,当事者間に争いがある。


 そこで,被告各物件のアーム(4)が地震のゆれによって自ら回動する構成であるかについて検討する。


イ この点,原告は「球(3)は通常時には逆円錐状凹部(2b)に位置しているが,地震時には地震のゆれの力で逆円錐状凹部(2b)から,凹溝部(2a)に落下する」としながらも,他方で,「地震時には,地震のゆれの力で係止体(4)は(その重心が軸より下方にあるため)自ら回動し,その係止部(4a)が上昇した位置であるロック位置に移動する。すなわち,地震のゆれの力は係止体(4)に直接作用して,これを回動させ,安定位置からロック位置に移動させる一方,球(3)を動かして,その動きで係止体(4)の後端部(4b)を押して,係止体(4)の回動を補助し,ロック位置に移動させる」と主張し,また,球(3)を取り去ったイ号物件でも,335ガルを超えるゆれがあった場合には,アーム(4)が自ら回動してロック位置まで到達するとも主張する。


 たしかに,イ号物件から球(3)を取り去った場合には,地震のゆれがアーム(4)に直接作用してロック位置まで回動させることがあるかも知れない。


 しかし,被告各物件において,アーム(4)は重力に抗してロック位置まで到達しなければならないところ,アーム(4)の振幅角度は加速度に比例するので,加速度が小さいとアーム(4)の振幅角度が小さくなり,ロック位置に到達できないという問題が生じる。


 また,仮にアーム(4)がロック位置に到達したとしても,これを保持する構成がなければアーム(4)は自重によって直ちに元の位置に戻ってしまうが,被告各物件では,開き戸が開く際に係止手段たるアーム(4)がロック位置にないと係合に到らないのであるから,確実なロックを期するためには,アーム(4)をロック位置に保持する機構が必須となる。かかる問題を解決するために,被告各物件では球(3)を利用したものであり,地震のゆれではなく球(3)の重さを利用してアーム(4)をロック位置まで移動させるとともに,これを保持するというのが,被告各物件の係合に係る基本的な技術思想と認められる。


ウ 上記のように,被告各物件では球(3)を利用して係止手段を回動させるという構成を採用しており,地震のゆれによってアーム(4)が自らロック位置に回動することは期待も想定もされていない。また,被告各物件では,係合に到るまでアーム(4)をロック位置で保持しなければならず,球(3)はそのための役割をも果たすのであるから,原告が主張するような,単なる「係止体を補助する」部材とは認められない。


 このように,被告各物件は,他の部材である球(3)を積極的に利用して係止手段たるアーム(4)をロック位置まで移動させ,これを保持するものであるから,本件各特許発明におけるような地震のゆれによって係止手段が自ら移動する構成とは異なるものというべきである。したがって,被告各物件は,構成要件Cの「該係止手段が地震のゆれの力で開き戸の障害物としてロック位置に移動し」との要件を充足するとは認められない。


(5) 小括

 以上より,被告各物件は,いずれも少なくとも構成要件Cを充足しないから,他の構成要件について判断するまでもなく,被告各物件は本件特許発明1の方法に用いられるものとは認められず,被告各物件を備えた家具や吊り戸棚が本件特許発明3及び4の技術的範囲に属するとも認められない。』


 と判示されました。


 明日に続きます。