●昭和51年に出された知財事件の最高裁判決

 本日は、昭和51年に出された知財事件で、裁判所HP(http://www.courts.go.jp/)に掲載されている最高裁判決2件について、下記の通り、簡単に紹介します。


●昭和45(行ツ)32 特許権 行政訴訟「熱可塑性中空体事件」昭和51年05月06日 最高裁判所第一小法廷』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070314093832.pdf)

 ・・・『特許の無効審判の係属中に当該特許の訂正審判の審決がされ、これにより無効審判の対象に変更が生じた場合には、従前行われた当事者の無効原因の存否に関する攻撃防禦について修正、補充を必要としないことが明白な格別の事情があるときを除き、審判官は、変更され、と解たのちの審判の対象について当事者双方に弁論の機会を与えなければならないすべきであり、これと同旨の見解のもとに、本件特許の無効の審判手続においては、審判請求人である被上告人らに対し、訂正の審判の審決により変更されたのちの審判の対象はついてあらためて無効事由の主張立証をする機会を与える必要があつたのにこれを怠つたのは、審決に影響を及ぼすべき性質の審判手続上瑕疵庇があつたものというべきである、とした原審の認定判断は、正当として是認することができる。


 原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。


 同三について

 行政処分に瑕疵がある場合においても、その瑕疵が当該処分の結果に影響を及ぼさないときには、当該処分の取消原因とならないものと解すべきであるから、行政処分取消訴訟において、当該処分は一般的にみて行政処分の結果に影響を及ぼすような性質を有する手続上の瑕疵が認められる場合でも、その瑕疵が当該処分の結果に影響を及ぼさないことが明らかであると認められる特別の事情があるときは、裁判所は、右瑕疵は当該処分の取消原因とならないものと判断しなければならないこととなる。


 そして、この理は、審決取消訴訟において審決に審判手続上の瑕疵があると認められる場合においても、原則として妥当するものである。しかしながら、審決取消訴訟においては、審判手続において審理判断されなかつた公知事実を主張することは許されず、したがつて、裁判所の審理判断もこれに及ばないこととなるのであるから(最高裁昭和四二年(行ツ)第八二号同五一年三月一〇日大法廷判決参照。所論引用の判例は、右判決により変更されたものである。)、審判手続上の瑕疵が審決に影響を及ぼすかどうかの判断が、審判手続において審理判断されず、したがつて審決取消訴訟において審理判断することのできない公知事実にかかわるものである場合には、裁判所は、当該瑕疵が具体的に審決に影響を及ぼすかどうかについての判断をすることができず、当該瑕疵が一般的に審決に影響を及ぼすべき性質を有するものであるかどうかにより、審決取消の原因となる瑕疵かどうかを決しなければならない筋合である。』、等と判示した最高裁判決。


●昭和42(行ツ)28 審決取消請求 特許権 行政訴訟「メリヤス編み機事件」昭和51年03月10日 最高裁判所大法廷(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319121345773327.pdf

 ・・・『本件に適用される旧特許法(大正一〇年法律第九六号。以下「法」という。)によれば、特許にこれを無効とすべき原因があるとする利害関係人は、特許の無効の審判を請求することができ(八四条)、右審判の審決又は特許出願に対する査定に対しては、これを受けた者から抗告審判の請求をすることができる(一〇九条)とされるとともに、他方、審判又は抗告審判を請求することができる事項に関する訴は、抗告審判の審決に対する訴としてのみ提起することができ(一二八条ノ二第四項)、かつ、抗告審判の審決に対する訴は、東京高等裁判所の専属管轄とされている(同条一項)。


 そして、更に、右訴において請求が理由があると認められるときは、裁判所は、審決を取り消すべく、右取消があつた場合には、抗告審判の審判官は、更に審理を行つて審決をすべきものとされている(一二八条ノ五)。


 これによつてみると、法は、特許出願に関する行政処分、すなわち特許又は拒絶査定の処分が誤つてされた場合におけるその是正手続については、一般の行政処分の場合とは異なり、常に専門的知識経験を有する審判官による審判及び抗告審判(査定については抗告審判のみ)の手続の経由を要求するとともに、取消の訴は、原処分である特許又は拒絶査定の処分に対してではなく、抗告審判の審決に対してのみこれを認め、右訴訟においては、専ら右審決の適法違法のみを争わせ、特許又は拒絶査定の適否は、抗告審判の審決の適否を通じてのみ間接にこれを争わせるにとどめていることが知られるのである。


 次に、法が審判及び抗告審判の手続として定めているところをみると、特許の無効審判の請求については、一定の申立及び理由を記載した審判請求書を提出すべく(八六条)、提出された請求書についてはその副本を被請求人に送達して答弁書提出の機会を与えるものとし(八八条一項)、また、審判においては、申し立てられた理由以外の理由についても審理することができるが、この場合には、その理由につき当事者らに対して意見申立の機会を与えなければならないとする(一〇三条)とともに、審判に関与する審判官についての除斥、忌避(九一条から九六条まで)、公開による口頭審理方式(九七条)、利害関係人の参加(九八、九九条)、証拠調(一〇〇条)等、民事訴訟に類似した手続を定め、抗告審判についてもこれらの規定を準用している(一一〇条)。


 これによつてみると、法は、特許無効の審判についていえば、そこで争われる特許無効の原因が特定されて当事者らに明確にされることを要求し、審判手続においては、右の特定された無効原因をめぐつて攻防が行われ、かつ、審判官による審理判断もこの争点に限定してされるという手続構造を採用していることが明らかであり、法一一七条が「特許若ハ第五十三条ノ許可ノ効力……ニ関スル確定審決ノ登録アリタルトキハ何人ト雖同一事実及同一証拠ニ基キ同一審判ヲ請求スルコトヲ得ス」と規定しているのも、このような手続構造に照応して、確定審決に対し、そこにおいて現実に判断された事項につき対世的な一事不再理の効果を付与したものと考えられる。


 そしてまた、法が、抗告審判の審決に対する取消訴訟東京高等裁判所の専属管轄とし、事実審を一審級省略しているのも、当該無効原因の存否については、すでに、審判及び抗告審判手続において、当事者らの関与の下に十分な審理がされていると考えたためにほかならないと解されるのである。


 右に述べたような、法が定めた特許に関する処分に対する不服制度及び審判手続の構造と性格に照らすときは、特許無効の抗告審判の審決に対する取消の訴においてその判断の違法が争われる場合には、専ら当該審判手続において現実に争われ、かつ、審理判断された特定の無効原因に関するもののみが審理の対象とされるべきものであり、それ以外の無効原因については、右訴訟においてこれを審決の違法事由として主張し、裁判所の判断を求めることを許さないとするのが法の趣旨であると解すべきである。


 そこで、進んで右にいう無効原因の特定について考えるのに、法五七条一項各号は、特許の無効原因を抽象的に列記しているが、そこに掲げられている各事由は、いずれも特許の無効原因をなすものとしてその性質及び内容を異にするものであるから、そのそれぞれが別個独立の無効原因となるべきものと解するのが相当であるし、更にまた、同条同項一号の場合についても、そこに掲げられている各規定違反は、それぞれその性質及び内容を異にするから、これまた各規定違反ごとに無効原因が異なると解すべきである。


 しかしながら、無効原因を単に右のような該当条項ないしは違反規定のみによつて抽象的に特定することで足りるかどうかは、特許制度に関する法の仕組みの全体に照らし、特に法一一七条が、前記のように、確定審決における一事不再理の効果の及ぶ範囲を同一の事実及び証拠によつて限定すべきものとしていることとの関連を考慮して、慎重に決定されなければならない。


 思うに、特許の基本的要件は、法一条に定める「新規ナル工業的発明」に該当することであり、特許すべきかどうか、又は特許が無効かどうかについて最も多く問題になるのも、右法条に適合するかどうか、なかんずく当該発明が「新規ナル」ものであるかどうかであるところ、法四条は、右にいう発明の「新規」とは、「特許出願前国内ニ於テ公然知ラレ又ハ公然用ヰラレタルモノ」又は「特許出願前国内ニ頒布セラレタル刊行物ニ容易ニ実施スルコトヲ得ヘキ程度ニ於テ記載セラレタルモノ」に該当しないことをいうと規定している。すなわち、ある発明が法にいう「新規ナル」もの(以下「新規性」という。)に当たるかどうかは、常に、その当時における「公然知ラレ又ハ公然用ヰラレタルモノ」又は公知刊行物に記載されたもの(以下「公知事実」という。)との対比においてこれを検討、判断すべきものとされているのである。


 ところが、このような公知事実は、広範多岐にわたつて存在し、問題の発明との関連において対比されるべき公知事実をもれなく探知することは極めて困難であるのみならず、このような関連性を有する公知事実が存する場合においても、そこに示されている技術内容は種々様々であるから、新規性の有無も、これらの公知事実ごとに、各別に問題の発明と対比して検討し、逐一判断を施さなければならないのである。法が前述のような独得の構造を有する審査、無効審判及び抗告審判の制度と手続を定めたのは、発明の新規性の判断のもつ右のような困難と特殊性の考慮に基づくものと考えられるのであり、前記法一一七条の規定も、発明の新規性の有無が証拠として引用された特定の公知事実に示される具体的な技術内容との対比において個別的に判断されざるをえないことの反映として、その趣旨を理解することができるのである。


 そうであるとすれば、無効審判における判断の対象となるべき無効原因もまた、具体的に特定されたそれであることを要し、たとえ同じく発明の新規性に関するものであつても、例えば、特定の公知事実との対比における無効の主張と、他の公知事実との対比における無効の主張とは、それぞれ別個の理由をなすものと解さなければならない。


 以上の次第であるから、審決の取消訴訟においては、抗告審判の手続において審理判断されなかつた公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができないものといわなければならない。


 この見解に反する当裁判所の従前の判例最高裁昭和三三年(オ)第五六七号同三五年一二月二〇日第三小法廷判決・民集一四巻一四号三一〇三頁、同昭和三九年(行ツ)第六二号同四三年四月四日第一小法廷判決・民集二二巻四号八一六頁)は、これを変更すべきものである。(なお、拒絶査定の理由の特定についても無効原因の特定と同様であり(拒絶理由の通知について法七二条、抗告審判におけるその準用について法一一三条一項参照)、したがつて、拒絶査定に対する抗告審判の審決に対する取消訴訟についても、右審決において判断されなかつた特定の具体的な拒絶理由は、これを訴訟において主張することができないと解すべきである。それ故、上告人の引用する当裁判所昭和二六年(オ)第七四五号同二八年一〇月一六日第二小法廷判決・裁判集民事一〇号一八九頁もまた、これを変更すべきである。)


 以上の見解に立つて本件をみると、上告人が本上告理由において原審がこれにつき審理判断しなかつた違法があると主張する諸事実のあるものは、本件審決が審理判断した無効原因条項とは別個の条項に関するものであり、またその他はいずれも、法一条違反に関するものではあるが、本件審決が無効原因として認めた公知事実とは別個の公知事実の主張であるから、原審が、本件審決の適否につき、そこで審理判断されていない別個の無効原因であるこれらの事実の主張を考慮すべきでないとしたのは正当であり、原判決には所論の違法はなく、論旨は採用することができない。


 よつて、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。』、等と判示した最高裁判決。