●平成20(行ケ)10300 審決取消請求事件 特許権「繊維強化成形体」

Nbenrishi2009-04-15

 本日は、『平成20(行ケ)10300 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「繊維強化成形体」平成21年04月15日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090415144816.pdf)について取り上げます。


 本件は、進歩性無しの拒絶審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が認容され、審決が取り消された事案です。


 本件では、進歩性の判断における容易想到性についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 中平健、裁判官 上田洋幸)は、

『ア 容易想到性について

 審決は,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物として,100℃前後での50%モジュラスを3.0MPa程度以上のものとすることは,甲4,甲5に記載されているように,当該技術分野において,普通に採用される範囲のものであるから,甲1発明において「100℃での50%モジュラスが3.0MPa以上」のものを採用して相違点4に係る構成とすることは,容易想到であるとする。


 しかし,前記(3)ウのとおり,従来から使用されているホースの内管を構成するエラストマー組成物の135℃における50%モジュラスは,約0.98〜2.35MPa程度であり,甲4,甲5記載の技術は,加硫時に発生する補強糸の棚落ちという特定の課題を解消するために,135℃における50%モジュラスが約1.96〜3.92MPaという値のエラストマー組成物を採用したものである。


 そうすると,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物を,100℃における50%モジュラスが3.0MPa程度以上のものとすることは,100℃と135℃の温度の差を考慮に入れても,繊維補強層を有するホースに関する技術分野において,普通に採用される範囲のものであるということはできない。


 しかも,引用発明で繊維補強層に用いられているヘテロ環含有芳香族ポリマーからなる繊維は,前記(2)イのとおり,耐熱性,難燃性であり,その分解温度は600℃以上であり,伸度も3.0%以下である。


 そうであるとすると,ヘテロ環含有芳香族ポリマーからなる繊維は,600℃を越えて分解温度に達するまでほとんどその形状を維持し強度を保つことになり,100℃程度の温度条件では,ホースの補強に関する性能に特段の影響は生じないと解されるから,引用発明において,ホースの内管を構成するエラストマー組成物の100℃における50%モジュラスを,敢えて普通に採用される値より大きい3.0MPa程度以上とする必要性はなく,そのようにする契機があるとはいえない。


 そうすると,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物について,100℃における50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることは,普通に採用される範囲であるとはいえず,更にこれを引用発明に適用して相違点4に係る構成とすることが,当業者にとって容易想到であるとはいえない。


 したがって,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物について,100℃における50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることが普通に採用される範囲であることを前提とし,更にこれを引用発明に採用して相違点4に係る構成とすることが,当業者にとって容易想到であるとした審決の判断は,誤りである。


イ 被告の主張について

 被告の主張は,以下のとおり,採用することができない。

(ア) 被告は,甲4,甲5に開示された技術は,補強層がスパイラル構造という特定の構造であることを前提としたものではあるが,補強層の構造としてブレード構造とスパイラル構造があることはよく知られており,スパイラル構造自体は補強層の構造として特別な構造ではなく,また,補強層を複数層設け若しくは必要に応じて中間ゴム層を設けることも,普通に用いられている構造であるから,甲4,甲5は,ホースの内管を構成するエラストマー組成物の特性(モジュラス)として採用される数値範囲の例を示すものとして参照価値を有するものであるとし,繊維補強層の素材の如何を問わず,ホースの耐久性及び耐圧性を考慮して,補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物の100℃前後での50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることは,甲4及び甲5に開示されているように,普通に採用される範囲のものにすぎないと主張する(前記第4,4(1))。


 しかし,甲4,甲5において,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物について普通に採用される範囲として開示されている値は,135℃における50%モジュラスが10〜24 kgf/cm(約0.98〜2.35Mpa)程度であり,甲4,甲5記載の技術2は,スパイラル構造の補強層において発生する棚落ちを防止するために,135℃における50%モジュラスの値を3.0MPa以上としたものである。


 したがって,スパイラル構造や,補強層を複数層設け若しくは必要に応じて中間ゴム層を設けることが特殊な構造でないとしても,100℃前後での50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることは普通に採用される範囲のものとはいえず,被告の上記主張は,採用することができない。


(イ) また,被告は,本願発明においては,内管を構成するエラストマー組成物の100℃での50%モジュラスの数値限定は,下限値を特定しただけであり,上限値に関しては何らの規定がないところ,ホースの技術分野における一般的な課題である耐久性,耐圧性を考慮した場合には,内管を構成するエラストマー組成物のモジュラスが高い方が望ましいことは技術常識であり,その下限値をどの程度にするかは,当業者が必要に応じて適宜選択すべき事項であり,ホースの内管を構成するエラストマー組成物においてごくありふれた数値範囲である100℃前後での50%モジュラス3.0MPa程度以上の数値範囲を採用し,相違点4に係る本願発明の構成とすることは当業者にとって容易に想到し得ると主張する(前記第4,4(1))。


 しかし,本願発明において,内管を構成するエラストマー組成物の100℃での50%モジュラスが3.0MPa以上と定められているのは,本願発明で用いる脂肪族ポリケトン繊維のガラス転移温度が低く,常温域からの温度上昇に伴って引っ張り強度が低下し,高温域で圧縮特性の低下やクリープ性が増大するという問題に対応するためであり,このような本願発明の課題が,本願出願前に,脂肪族ポリケトン繊維をホースに適用するに当たって当然に対応すべき課題として当業者に広く知られていたことを認めるに足りる証拠はない。


 また,引用発明において,繊維補強層に用いられているヘテロ環含有芳香族ポリマーは,耐熱性,難燃性の繊維であるから,引用発明のホースの内管を構成するエラストマー組成物の100℃における50%モジュラスを高く設定する必要はないものである。


 そして,繊維補強層を有するホースにおいて,耐久性,耐圧性を高めるためには,様々なパラメータの設定が想定され,選択され得るものであり,実際上も,例えば,甲1では補強層繊維の伸度,分解温度,弾性率が提示され,甲5では,補強糸の太さ,密度,中間ゴム層の厚さが特定され,また,本願発明でも,補強層を形成する繊維コードの撚り係数,強度が特定されているものであって,耐久性,耐圧性向上という課題を達成するために,一般的に100℃での50%モジュラスを高めることが要求されるものではない。


 耐久性,耐圧性向上という課題を達成するために内管を構成するエラストマー組成物の100℃での50%モジュラスを3.0MPa以上と設定することは,高温時に上記の問題点を生ずる脂肪族ポリケトン繊維をホースの繊維補強層に採用する場合に初めて必要となることであって,しかも,上記のとおり,本願発明の課題は,本願の出願当時,当業者に広く知られていたとは認められず,100℃での50%モジュラスが3.0MPa以上という値自体も一般的なものではなかった。


 そうすると,耐久性,耐圧性向上という一般的な課題を解決するために各種のパラメータを性能の良い値に設定することがあるとしても,当業者が,内管を構成するエラストマー組成物の100℃での50%モジュラスを3.0MPa以上と設定することを容易に想到するとは認められない。


 したがって,被告の上記主張は,採用することができない。


(ウ) 被告は,本願発明において内管を構成するエラストマー組成物の100℃での50%モジュラスを3.0MPa以上とすることの技術的意義は,ホースの耐久性の向上にあり,この限りにおいては本願発明と甲4及び甲5の技術との課題は共通しているものといえるから,相違点4に係る構成は,甲4,甲5から当業者が容易になし得るものである旨主張する(前記第4,4(2))。


 しかし,本願発明が内管を構成するエラストマー組成物の100℃での50%モジュラスを3.0MPa以上と設定したのは,脂肪族ポリケトン繊維のガラス転移温度が低いこと等の本願発明の課題に対応するためであって,ホースの耐久性向上という一般的な課題解決のためにそのような設定に容易に想到すると認められないことは,前記(イ)のとおりであるから,被告の上記主張は,採用することができない。


(エ) また,被告は,ホースの耐久性及び耐圧性を考慮して,ホースの内管を構成するエラストマー組成物の100℃前後での50%モジュラスを3.0MPa程度以上とすることは,補強層の素材によらず,普通に採用される数値範囲の選択であるから,補強層としてガラス転移温度が低い脂肪族ポリケトン繊維を用いた場合においても,この数値範囲を採用すればホースの耐久性及び耐圧性を向上できるという効果を奏することは,当業者であれば容易に予測し得る程度のものであると主張する(前記第4,4(2))。


 しかし,前記(ア)のとおり,繊維補強層を有するホースの内管を構成するエラストマー組成物を,100℃における50%モジュラスが3.0MPa程度以上のものとすることは,繊維補強層を有するホースに関する技術分野において,普通に採用される範囲のものであるということできないから,被告の上記主張を採用することはできない。


ウ 小括

 以上によれば,引用発明及び甲4(周知例2 ,甲5(周) 知例3)記載の周知技術に基づいて相違点4に係る構成を採用することは当業者が容易になし得るものであるとした審決の判断には,誤りがある。


2 結論

 よって,その余の点につき判断するまでもなく,審決は違法であるから,原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。