●平成20(行ケ)10358 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟

Nbenrishi2009-04-06

 本日は、『平成20(行ケ)10358 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「経口投与用吸着剤,並びに腎疾患治療又は予防剤,及び肝疾患治療又は予防剤」平成21年03月31日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090403114036.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審決の棄却審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、本件と同日に出され、昨日まで取上げてきた、『平成20(行ケ)10065 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「経口投与用吸着剤,並びに腎疾患治療又は予防剤,及び肝疾患治療又は予防剤」平成21年03月31日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090403112934.pdf)と同様に、いわゆる「除くクレーム」を内容とする補正が特許法17条の2第3項の新規事項追加の違反に該当するか否かの知財高裁の判断が参考になります。


 本件の、●『平成20(行ケ)10358 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「経口投与用吸着剤,並びに腎疾患治療又は予防剤,及び肝疾患治療又は予防剤」平成21年03月31日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090403114036.pdf)と、昨日まで取上げてきた、●『平成20(行ケ)10065 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「経口投与用吸着剤,並びに腎疾患治療又は予防剤,及び肝疾患治療又は予防剤」平成21年03月31日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090403112934.pdf)とを参照すれば、知財高裁大合議事件である、●『平成18(行ケ)10563 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「感光性熱硬化性樹脂組成物及びソルダーレジストパターン形成方法」平成20年05月30日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080530152605.pdf)における、知財高裁の「除くクレーム」の補正についての考え方が解るものと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 裁判長裁判官 中野哲弘、裁判官 今井弘晃、裁判官 清水知恵子)は、


『2 本件補正の適否

 原告は,本件補正で本件特許の請求項1,4に加えられた記載(上記第3,1,(2)下線部分)は,特許請求の範囲について,これを「但し…を除く」などの消極的表現により記載したいわゆる「除くクレーム」の形式による特許請求の範囲の記載に当たるところ,この記載は本件特許の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面には全く開示も示唆もされていない新規事項であり,本件補正は「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」なされものではないから,特許法(以下「法」という。)17条の2第3項の規定に違反し,法123条1項1号に規定する無効事由に該当すると主張するので,以下検討する。


(1) 「除くクレーム」と法17条の2第3項との関係


ア 法17条の2は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の補正に関する法文であり,その第3項は「第1項の規定により, 明細書,特許請求の範囲又は図面について補正をするときは,…願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内においてしなければならない」と定めているところ,本件補正は前記のような「除くクレーム」の形でなされているものの,法17条の2にいう補正であることに変わりはないから,その適否を判断する基準となるのは,上記法17条の2である。


 ところで,特許権は発明について最初に出願した者に付与される(先願主義,法39条)のであるから,出願人が一旦なした不完全な内容の特許出願に対しその後その内容の補正を認める事実上の必要が生じたとしても,補正することができる物的範囲は上記先願主義との関係で自ら限界があり,発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するため,これを法は,上記のとおり,「願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならない」と規定したものである。


 そして,「明細書等に記載した事項の範囲内」か否かは,上記のような法の趣旨からすると,「明細書等に記載した事項」とは,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)を基準として,明細書・特許請求の範囲・図面のすべての記載を総合して理解することができる技術的事項のことであり,補正が,上記のようにして導かれる技術的事項との関係で新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は「明細書等に記載した事項の範囲内」であると解されることになる。


 したがって,本件のように特許請求の範囲の減縮を目的として特許請求の範囲に限定を付加する補正を行う場合,付加される補正事項が当該明細書等に明示されているときのみならず,明示されていないときでも新たな技術的事項を導入するものではないときは, 「明細書等に記載した事項の範囲内」の減縮であるということになる。


 また,上記にいう「除くクレーム」を内容とする補正は,特許請求の範囲を減縮するという観点からみると差異はないから,先願たる第三者出願に係る発明に本願に係る発明の一部が重なる場合(法29条1項3号,29条の2違反)のみならず,本件のように同一人によりA出願とB出願とがなされ,その内容の一部に重複部分があるため法39条により両出願のいずれかの請求項を減縮する必要がある場合にも,そのまま妥当すると解される。


イ 特許庁審査官が審査する際の審査基準には,上記にいう「除くクレーム」について,下記のように定めている(甲6)が,その趣旨は基本的に上記アと同一と考えられる(ただし,本文6行目「例外的に」とする部分を除く)。

                    記

「(4) 除くクレーム
『除くクレーム』とは,請求項に係る発明に包含される一部の事項のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。

 補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで,補正により当初明細書等に記載した事項を除外する『除くクレーム』は,除外した後の『除くクレーム』が当初明細書等に記載した事項の範囲内のものである場合には,許される。

 なお,次の(1),(2)の『除くクレーム』とする補正は,例外的に,当初明細書等に記載した事項の範囲内でするものと取扱う。

(1)請求項に係る発明が,先行技術と重なるために新規性等(第29条第1項第3号,第29条の2又は第39条)を失う恐れがある場合に,補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで,当該重なりのみを除く補正。

(2)請求項に係る発明が,『ヒト』を包含しているために,特許法第29条柱書の要件を満たさない,あるいは,同法第32条に規定する不特許事由に該当する場合において『ヒト』が除かれれば当該拒絶の理由が解消される場合に,補正前の請求, 項に記載した事項の記載表現を残したままで,当該『ヒト』のみを除く補正。

(説明)

 上記(1)における『除くクレーム』とは,補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで,特許法第29条第1項第3号,第29条の2又は第39条に係る先行技術として頒布刊行物又は先願の明細書等に記載された事項(記載されたに等しい事項を含む)のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。

(注1)『除くクレーム』とすることにより特許を受けることができるのは,先行技術と技術的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有する発明であるが,たまたま先行技術と重複するような場合である。そうでない場合は,『除くクレーム』とすることによって進歩性欠如の拒絶の理由が解消されることはほとんどないと考えられる。

(注2)『除く』部分が請求項に係る発明の大きな部分を占めたり,多数にわたる場合には,一の請求項から一の発明が明確に把握できないことがあるので,留意が必要である。


 上記(2)における『除くクレーム』は,補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで,『ヒト』のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。
このような取扱いとする理由は,以下の通りである。


?たまたま先行技術と重複するために新規性等を欠くこととなる発明について,このような補正を認めないとすると,発明の適正な保護が図れない。そして,このような場合,先行技術として記載された事項を当初の請求項に記載した事項から除外しても,これにより第三者が不測の不利益を受けることにもならない。


?「ヒト」を包含するために,特許法第29条柱書の要件を満たさないか,あるいは同法第32条に規定する不特許事由に該当する場合,「ヒト」を除く補正をしても,除かれる範囲は明確であり,かつ,これにより当該拒絶の理由が解消される。また,これにより,特許を受けようとする発明が明確でなくなることはない。


(具体的事例)
(1)の例:補正前の特許請求の範囲が『陽イオンとしてNaイオンを含有する無機塩を主成分とする鉄板洗浄剤』と記載されている場合において,先行技術に『陰イオンとしてCO イオンを含有する無機塩を主成分と3 する鉄板洗浄剤』の発明が記載されたものがあり,その具体例として,陽イオンをNaイオンとした例が開示されているときに,特許請求の範囲から先行技術に記載された事項を除外する目的で,特許請求の範囲を『陽イオンとしてNaイオンを含有する無機塩(ただし,陰イオンがCO3イオンの場合を除く)……』とする補正は,許される。


(2)の例:補正前の特許請求の範囲が,『配列番号1で表されるDNA配列からなるポリヌクレオチドが体細胞染色体中に導入され,かつ該ポリヌクレオチドが体細胞中で発現している哺乳動物』と記載されている場合,発明の詳細な説明で『哺乳動物』についてヒトを含まないことを明確にしている場合を除き,『哺乳動物』には,ヒトが含まれることになる。しかし,ヒトをその対象として含む発明は,公の秩序,善良の風俗を害する恐れがある発明に該当し,特許法32条に違反するものである。


 このような場合に,特許請求の範囲からヒトを除外する目的で,特許請求の範囲を『……非ヒト哺乳動物』とする補正は,出願当初の明細書等にヒトを対象外とすることが記載されていなかったとしても許される。」


ウ そこで,以上の見地に立って,本件事案について検討する。


(2) 本件補正に至る経緯

 ・・・省略・・・

(イ) 上記によれば,本件当初明細書に記載された発明は,ピッチ類から球状活性炭を調製し,酸化還元することにより得られる従来の多孔性球状炭素質物質からなる経口吸着剤よりも一層優れた選択吸着性,すなわち尿毒症性物質であるβ−アミノイソ酪酸の吸着性には優れるが,有益物質であるαアミラーゼ等の有益物質に対する吸着性が少ない経口投与用吸着剤を見出すことを目的とするものである。その結果,熱硬化性樹脂を炭素源として調製した球状活性炭が,酸化処理及び還元処理を実施する前の状態であるにもかかわらず,有益な選択吸着性を有することを見出し,しかも,その選択吸着性の程度が,従来の多孔性球状活性炭に比べて優れていること,及び,その球状活性炭を更に酸化処理及び還元処理することによって調製した表面改質球状活性炭は,前記の有益な選択吸着性が,より一層向上することを見出したものである。


 そして,実施例では,ピッチ類を炭素源とする比較例に対し,フェノール樹脂を炭素源とするものは,酸化・還元処理を行っていない例(実施例1,2)でさえも,酸化・還元処理を行った比較例1よりも高い選択吸着率を示している(イオン交換樹脂を炭素源とした例〔実施例5〕は,細孔容積の条件が請求項1に記載された条件を満たしていない点で,特許査定後の本件発明の範囲外のものではあるが,選択吸着率は,比較例1,2に比べて高くなっている。)。


 そうすると,本件当初明細書に記載された本件発明の特徴は,経口投与用吸着剤に用いられる球状活性炭について,熱硬化性樹脂,実質的にはフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いた点にあり,そのことにより,ピッチ類を用いる従来の球状活性炭に比べて,選択吸着性が向上するという効果を奏するものと認められる。


イ その後の手続経緯

 ・・・省略・・・

(4) 本件補正の適否に関する判断


 以上を基にして,本件補正の適否について判断する。


ア 本件特許(設定登録時)の請求項1,4のうち,「除くクレーム」に関する記載は,下記の下線部分である。

 ・・・省略・・・

イ すなわち,本件補正は,上記アのとおり,球状活性炭につき,X線回折法による回折角(2θ)が15°,24°,35°における回折強度の比(R値)が1.4以上であるものを除くとするものである。


 一方,前記記載のとおり,本件当初明細書に記載された発明は,経口投与用吸着剤に用いられる球状活性炭について,熱硬化性樹脂,実質的にはフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用い,これにより,ピッチ類を用いる従来の球状活性炭に比べて,有益物質に対する吸着が少なく尿毒症性物質の吸着性に優れるという選択吸着性が向上するという効果を奏するとするものである。


 そして,上記(3)ウのとおり,別件特許は,球状活性炭からなる経口投与剤につき,その細孔構造に注目して,直径,比表面積のほか,最も優れた選択吸着性を示すX線回折強度を示す回折角の観点からこれをR値として規定し,このR値が1.4以上であることを特徴としたものである。


 別件特許は,球状活性炭に関し,本件特許とは異なりフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を出発原料として特定せず,また本件特許では従来技術に属するものとされるピッチ類を用いても調整が可能であるとして,このR値の観点から球状活性炭を特定したものである。


 そうすると,球状活性炭のうちフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いた場合において,そのR値が1.4以上であるときには,本件特許に係る発明と別件特許に係る発明は同一であるということができる。


 そして,本件補正は,このR値が1.4以上である球状活性炭を特許請求の範囲の記載から除くことを目的とするものであるところ,上記本件当初明細書の記載内容によれば,本件補正は,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)によって,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではないと認めるのが相当である。


 そうすると,本件補正は,特許法17条の2第3項に違反するものではないから,補正要件違反の無効理由は認められない。


ウ 原告の主張に対する補足的判断

(ア) 原告は,本件補正は,特許請求の範囲に回折強度比(R値)が1.4未満であるという限定を加える外的付加に他ならないところ,この点については本件当初明細書には開示も示唆もされていない新たな技術的事項であり,新規事項の追加に該当すると主張する。


 しかし,上記イで検討したとおり,回折強度比(R値)が1.4以上の部分を除くとする本件補正は,別件特許と同一となる部分を除くものであって,特許請求の範囲の記載に技術的観点から限定を加えるものではなく,新たな技術的事項を導入するものではないから,新規事項の追加に当たるものではない。原告の上記主張は採用することができない。』


 と判示されました。


 上記判決文中の、

『 そして,「明細書等に記載した事項の範囲内」か否かは,上記のような法の趣旨からすると,「明細書等に記載した事項」とは,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)を基準として,明細書・特許請求の範囲・図面のすべての記載を総合して理解することができる技術的事項のことであり,補正が,上記のようにして導かれる技術的事項との関係で新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は「明細書等に記載した事項の範囲内」であると解されることになる。


 したがって,本件のように特許請求の範囲の減縮を目的として特許請求の範囲に限定を付加する補正を行う場合,付加される補正事項が当該明細書等に明示されているときのみならず,明示されていないときでも新たな技術的事項を導入するものではないときは,「明細書等に記載した事項の範囲内」の減縮であるということになる。


 また,上記にいう「除くクレーム」を内容とする補正は,特許請求の範囲を減縮するという観点からみると差異はないから,先願たる第三者出願に係る発明に本願に係る発明の一部が重なる場合(法29条1項3号,29条の2違反)のみならず,本件のように同一人によりA出願とB出願とがなされ,その内容の一部に重複部分があるため法39条により両出願のいずれかの請求項を減縮する必要がある場合にも,そのまま妥当すると解される。』と、


しかし,上記イで検討したとおり,回折強度比(R値)が1.4以上の部分を除くとする本件補正は,別件特許と同一となる部分を除くものであって,特許請求の範囲の記載に技術的観点から限定を加えるものではなく,新たな技術的事項を導入するものではないから,新規事項の追加に当たるものではない。』、

 
 という判示部分が、知財高裁の考える「除くクレーム」の補正の解釈として、わかりやすいものと思います。


 つまり、知財高裁は、「除くクレーム」の補正は、特許請求の範囲の減縮を目的として特許請求の範囲に限定を付加する補正と同様に、付加される補正事項が当該明細書等に明示されているときのみならず,明示されていないときでも、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)を基準として,明細書・特許請求の範囲・図面のすべての記載を総合して理解することができる新たな技術的事項を導入するものではないときは,「明細書等に記載した事項の範囲内」の減縮である、というように、特許請求の範囲への補正事項が当該明細書等に明示されているか否かにより判断すべきでなく、補正前と補正後とで特許請求の範囲が新たな技術的事項の導入になるか否かにより、新規事項追加の有無を判断すべきであり、と判示しています。

 
 なお、当方の考える「除くクレーム」の解釈については、昨年の7/23の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080723)で記載した通りです。
 

 詳細は、本判決文を参照して下さい。