●平成20(行ケ)10065 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟(3)

Nbenrishi2009-04-05

 本日も、一昨日、昨日に続いて、『平成20(行ケ)10065 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「経口投与用吸着剤,並びに腎疾患治療又は予防剤,及び肝疾患治療又は予防剤」平成21年03月31日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090403112934.pdf)について取り上げます。


 本件では、取消事由2(細孔容積要件に関する明細書の記載不備に当たらないとした判断の誤り)における、実施可能要件(法36条4項1号)と、サポート要件(法36条6項1号)の趣旨や判断についても参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 裁判長裁判官 中野哲弘、裁判官 森義之、裁判官 澁谷勝海)は、


『3 取消事由2(細孔容積要件に関する明細書の記載不備に当たらないとした判断の誤り)について


(1) 原告は,本件特許の明細書に実施例(実施例1,2)として記載された製造例が,「細孔直径7.5〜15000nmの細孔容積0.04mL/gあるいは0.06mL/g」の「フェノール樹脂を炭素源とした球状活性炭」であることから,上記実施例以外の細孔容積に係る球状活性炭やこれを得る方法が記載されていないことは,明細書の記載不備(法36条4項1号,同条6項1号違反)に当たる旨主張するので,この点について検討する。


(2) 特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。


 そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである(法36条6項1号の規定するいわゆる明細書のサポート要件が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。)。


 もっとも,以上のことは,発明として特定された技術事項について,その全範囲を実施例等として示すことを求めるものではないのであって(それが現実的でないことは多言を要しない),実施可能要件(法36条4項1号)への適合性という観点では,明細書の記載及び出願時における当業者の技術常識に照らし当業者において当該発明を実施することが可能か否かを検討して判断すべきものであるし,明細書のサポート要件(法36条6項1号)への適合性という観点では,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明であり,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。


 そこで,上記の観点に立って,本件事案について検討する。

(3) 実施可能要件について

 ・・・省略・・・

エ 以上のとおり,本件特許の出願日(平成15年10月31日)当時,細孔容積の制御が多様な方法で可能であったことは明らかである(原告も,フェノール樹脂を炭素源とする場合については,細孔直径や細孔容積を制御できることについては争わない。)。


 また,上記各文献のうち,乙1,2,甲3,4文献はフェノール樹脂を炭素源とするものであるが,乙3文献では,「原料としては種々の炭素質原料が考えられる」として,炭素源の限定がなされておらず,また,乙4文献ではフェノール樹脂やイオン交換樹脂以外の炭素源の場合においても細孔容積の制御が可能であることが述べられており,これらに加え,イオン交換樹脂についてこれらと異なる制御に服するとの知見を見出すことができないことからすれば,細孔容積の制御に関し,イオン交換樹脂をフェノール樹脂と別異に解すべき必然性は認められない。


 なお原告は,フェノール樹脂と同様の熱硬化性樹脂の一つであることを根拠としてイオン交換樹脂の細孔容積を制御できるとすると,熱硬化性樹脂一般についても細孔容積を制御できることを意味することになるなどと主張するが,上記認定はイオン交換樹脂が熱硬化性樹脂の一つであることのみを根拠とするものではなく,熱硬化性樹脂一般の細孔容積の制御可能性を肯定するものではないから,採用することができない。


 以上によれば,細孔容積は,当業者において活性炭の製造条件及び賦活条件などにより適宜制御可能であると認めることができるから,「フェノール樹脂及びイオン交換樹脂」を炭素源とする「細孔直径7.5〜15000nmの細孔容積が0.25mL/g未満」の球状活性炭を製造することは,本件特許の出願日(平成15年10月31日)当時の技術常識に基づいて当業者がなし得るものと認められる。


(4) サポート要件について

 ・・・省略・・・

 そうすると,本件特許明細書における前記実施例の記載に加え,選択吸着能は(細孔容積が極小の場合を除き)その減少に応じて, 漸次発現する特性がある旨の上記知見を考慮すれば,当業者はこれにより優れた選択吸着率の達成を認識することができるから,本件特許請求の範囲の記載は,本件特許明細書における詳細な説明に記載したものであるということができる。


ウ(ア) これに対し原告は,本件特許発明に係る細孔容積が明確な数値で限定されていることをもって,それが臨界的意義を有することは明らかであるとして,かかる臨界的意義について記載のない本件特許明細書には記載不備がある旨主張する。


 しかし,前記(3)イのとおり,本件特許明細書には,炭素源に係る発明特定事項以外の発明特定事項について当業者が適宜の設定をすることが可能であることを示唆する記載があり,しかも,選択吸着能は,(細孔容積が極小の場合を除き)その減少に応じて漸次発現する特性がある旨の知見が公知であることを併せ考慮すれば,当業者は,本件特許発明の規定する細孔容積の条件について,それ自体厳密な意味における臨界的な意義を有するというよりも,選択吸着率を優れたものとするために孔径の大きな細孔を少なくすべきことを表現し,そのための一つの目安として「0.25mL/g」との数値を規定したものとして理解することができるから,明細書の記載上,殊更に上記数値の意義が明らかにされていないとしても,当業者において本件特許発明の課題を解決できることについて認識できないということはできない。


 したがって,この点に関する原告の主張は採用することができない。


(イ) また原告は,実施例に記載された細孔容積の数値である「0.04mL/g」よりも極端に小さいものについては,経口投与用吸着剤として有効に機能するとは考え難い旨主張するが,細孔容積が小さすぎると毒性物質の吸着能に支障があることは当業者において公知である以上,一般に吸着能を奏し得ない程度に極小の細孔容積のものが実質的に本件特許発明に含まれるものでないことは当業者において明らかというべきである。


 したがって,細孔容積の数値が極小であることに関して特段の記載がないとしても,これにより当業者において本件特許発明の課題を解決できることについて認識できないということはできず,この点に関する原告の主張は採用することができない。


(5) 以上のとおり,本件特許の明細書が,本件発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないということはできないし,本件特許の明細書に特許を受けようとする発明が記載されていないということはできないから,取消事由2に関する原告の主張は理由がない。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。