●平成20(行ケ)10065 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟(2)

 本日も、昨日に続いて、『平成20(行ケ)10065 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「経口投与用吸着剤,並びに腎疾患治療又は予防剤,及び肝疾患治療又は予防剤」平成21年03月31日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090403112934.pdf)について取り上げます。


 本件では、本日取上げる、本件補正の適否に関する判断を読むと、知財高裁が判示する、『「除くクレーム」とする補正についても,「例外的」な取扱いを想定する余地はなく、当該補正が明細書等に「記載した事項の範囲内において」するものか否かについては,明細書等に記載された技術的事項との関係において,補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきである。』の意義が解るかと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 裁判長裁判官 中野哲弘、裁判官 森義之、裁判官 澁谷勝海)は、


(4) 本件補正の適否に関する判断

 以上を基にして,本件補正の適否について判断する。


ア 本件特許(設定登録時)の請求項1,4のうち,「除くクレーム」に関する記載は,下記の下線部分である。

 ・・・省略・・・

イ すなわち,本件補正は,上記アのとおり,球状活性炭につき,X線回折法による回折角(2θ)が15°,24°,35°における回折強度の比(R値)が1.4以上であるものを除くとするものである。


 一方,前記のとおり,本件当初明細書に記載された発明は,経口投与用吸着剤に用いられる球状活性炭について,熱硬化性樹脂,実質的にはフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用い,これにより,ピッチ類を用いる従来の球状活性炭に比べて,有益物質に対する吸着が少なく尿毒症性物質の吸着性に優れるという選択吸着性が向上するという効果を奏するとするものである。


 そして,上記(2)イ(エ)の記載によれば,フェノール樹脂を出発原料とした球状活性炭において,X線回折を行って回折強度を測定することは周知の技術であると認められるところ,上記(3)ウのとおり,別件特許(甲6発明)は,球状活性炭からなる経口投与剤につき,その細孔構造に注目して,直径,比表面積のほか,最も優れた選択吸着性を示すX線回折強度を示す回折角の観点からこれをR値として規定し,このR値が1.4以上であることを特徴としたものである。そして別件特許は,球状活性炭に関し,本件特許とは異なりフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を出発原料として特定せず,また本件特許では従来技術に属するものとされるピッチ類を用いても調整が可能であるとして,このR値の観点から球状活性炭を特定したものである。


 そうすると,球状活性炭のうちフェノール樹脂又はイオン交換樹脂を炭素源として用いた場合において,そのR値が1.4以上であるときには,本件特許に係る発明と別件特許に係る発明(甲6発明)は同一であるということができる。


 そして,本件補正は,このR値が1.4以上である球状活性炭を特許請求の範囲の記載から除くことを目的とするものであるところ,上記本件当初明細書の記載内容によれば,本件補正は,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)によって,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではないと認めるのが相当である。


 そうすると,本件補正は,法17条の2第3項に違反するものではないから,補正要件違反の無効理由は認められない。


ウ 原告の主張に対する補足的判断


(ア) 原告は,仮に知財高裁大合議判決の判断基準を前提としても,本件補正は,本件補正前に係る本件特許発明の技術的事項との対比において新たな技術的事項を導入するものであるから,本件補正は許されないと主張する(取消事由1−2)。


 この点,原告が本件補正前に係る本件特許発明の技術的事項として挙げるのは,以下の(i)〜(iv)である。


 ・・・省略・・・


 原告の主張する上記技術的事項のうち,(i)は本件特許発明の課題,(ii)は効果をいうものである。


 これに対し,(iii)及び(iv)は回折強度比(R値)に関するものであるが,前記のとおり,本件特許発明に係る当初明細書には回折強度比(R値)に関する記載はなく,これをもって当初明細書の記載から把握される本件特許発明の技術的事項と解することはできない。


 これを本件特許発明の意義との関係でふえんすると,当初明細書(甲23の2)の「発明を実施するための最良の形態」における,「本発明の経口投与用吸着剤として用いる球状活性炭又は表面改質球状活性炭は,前記のとおり,従来の経口投与用吸着剤の炭素源として用いられてきたピッチ類に代えて,炭素源として熱硬化性樹脂を用いる点を特徴としており,それ以外の点では,ピッチ類を用いる従来の製造方法と実質的に同様の操作を利用して調製することができる。」(4頁下7行〜下2行)との記載に端的に示されているとおり,本件特許発明は,有益な選択吸着性という効果を導くための課題解決方法として球状活性炭の炭素源に着目し,これを熱硬化性樹脂(その後の補正を経て,最終的にはフェノール樹脂及びイオン交換樹脂)とした点に最大の特徴があるものであって,それ以外の要素については,経口投与用吸着剤としての基本的性質に反しない限度において,従来技術に従って適宜決定する余地のあることを前提とするものであり,その意味で,回折強度比(R値)についても,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)において適宜決定すべきことが予定されていたものというべきである(ちなみに,回折強度比(R値)の差異による選択吸着性の違いに着目した発明である別件特許(甲6発明)の明細書においては,実施例の内容としてR値を明示しているのに対し,本件特許発明の明細書においては,実施例の内容としてR値を明示しておらず,また,同じく経口投与用吸着剤に関する発明に関する甲5公報や甲33公報においても,明細書の記載において回折強度比(R値)に触れるところがない。)。


 当初明細書に開示された本件特許発明の上記意義に照らせば,R値に特別の限定がないことは,R値が1.4以上の場合と1.4未満の場合とを問わず,経口投与用吸着剤としての基本的性質に反しない限度においてすべてのR値が含まれることを前提とするものと理解できるのであって,本件補正も,そのような理解を前提とした場合に甲6発明との間で生ずるR値が1.4以上のものについての重複を排除するため,これを除外するという意義を有するものである。


 以上のような本件特許発明における回折強度比(R値)の意義ないし本件補正の意義に照らせば,回折強度比(R値)につきいかなる値を設定するかは,本件特許発明の技術的事項に対し影響を与えるものではないというべきである。


 また,原告が上記(iii),(iv)を本件特許発明の技術的事項として把握するのは,甲6発明に係る明細書の記載を参酌したことによるものであるが,前記のとおり,技術的事項の把握は当初明細書のすべての記載を総合して導くべきものであって,たとえ同一出願日に同一出願人により同一技術分野に係る他の出願が存し,かつ,その明細書の記載が当初明細書の記載と一部重なっていたとしても,そのことは,当初明細書以外に当該他の明細書を参酌して発明の技術的事項を把握することを肯定する理由となるものではない。


 したがって,原告の上記主張は前提において採用することができない。


(イ) 次に原告は,回折強度比(R値)が1.4以上であることを発明の技術的意義としていたものを,本件補正により1.4未満としたのであるから,新たな技術的事項を導入するものであると主張するが,かかる主張が採用することができないことは,上記(ア)のとおりである。


(ウ) 次に原告は,回折強度比(R値)の意義や,その計算根拠となる回折強度が明細書の記載上一義的に不明確であり,その追加的説明が必要となること自体,新たな技術的事項が導入されたことになる旨主張する。


 しかし,本件特許発明において回折強度比(R値)の高低が技術的意義に影響を与えるものでないことは前記(ア)のとおりであるところ,前記のとおり,明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする補正についても,明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し新たな技術的事項を導入しないものである限り許されるのであって,当初明細書にR値に関する記載のなかったことそれ自体は,これにより直ちに新たな技術的事項が導入されたことの理由となるものではない。


 また原告は,R値の計算根拠となる回折強度は測定条件により異なり得ることをもって,R値の意義等が一義的に明らかでない旨主張するが,X線回折法については,日本工業規格(JIS)(乙6),日本薬局方(乙8),日本学術振興会が定めた測定法(学振法)(乙7)にそれぞれ規格が定められており,明細書にR値の測定方法に関する記載がなくとも,これらの規格に従って測定方法を決定し得るものと認められ,測定条件についても適宜決定し得るものと認められるから,これらについて明細書に記載のないことが上記結論を左右するものではない。


 したがって,原告の上記主張は採用することができない。』


 と判示されました。

 
 つまり、知財高裁の判示する、『「除くクレーム」とする補正についても,「例外的」な取扱いを想定する余地はなく、当該補正が明細書等に「記載した事項の範囲内において」するものか否かについては,明細書等に記載された技術的事項との関係において,補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきである。』の意義は、


当初明細書に開示された本件特許発明の上記意義に照らせば,R値に特別の限定がないことは,R値が1.4以上の場合と1.4未満の場合とを問わず,経口投与用吸着剤としての基本的性質に反しない限度においてすべてのR値が含まれることを前提とするものと理解できるのであって,本件補正も,そのような理解を前提とした場合に甲6発明との間で生ずるR値が1.4以上のものについての重複を排除するため,これを除外するという意義を有するものである。


 以上のような本件特許発明における回折強度比(R値)の意義ないし本件補正の意義に照らせば,回折強度比(R値)につきいかなる値を設定するかは,本件特許発明の技術的事項に対し影響を与えるものではないというべきである。

 ・・・省略・・・

 しかし,本件特許発明において回折強度比(R値)の高低が技術的意義に影響を与えるものでないことは前記(ア)のとおりであるところ,前記のとおり,明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする補正についても,明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し新たな技術的事項を導入しないものである限り許されるのであって,当初明細書にR値に関する記載のなかったことそれ自体は,これにより直ちに新たな技術的事項が導入されたことの理由となるものではない。


 ということになります。


 よって、知財高裁の「除くクレーム」の解釈については、昨年の7/23の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080723)で記載した解釈でほぼ合っているではと思います。