●平成20(行ケ)10305審決取消請求事件 特許権「ヒートシール装置」

 本日は、『平成20(行ケ)10305 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟ヒートシール装置」平成21年03月25日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090326103240.pdf)について取上げます。


 本件は、拒絶審決の取消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、解決課題及び解決手段に相違がある際の進歩性の判断における引用発明に周知例を適用することの容易性についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 齊木教朗、裁判官 嶋末和秀)は、


2 取消事由2(容易想到性判断の誤り)について

(1) 引用発明に周知例を適用することの容易性について

 当裁判所は,本願発明における「シール帯域の外側に隣接して溝を設けた」との構成について,審決が,「引用発明のシール帯域の端部の溝を設けた部分に形成される合成樹脂溜まり部は夾雑物を含むため密封性にはそれほど寄与しないものと認められ,合成樹脂の流れ込む溝を十分深く設けることで,溝を設けた部分に形成される合成樹脂溜まり部を非溶着の熱シールされない部分とすることは周知の事項(甲2,甲3)である」とした上で,「引用発明において密封性にはそれほど寄与しない合成樹脂溜まり部を,シール帯域の外側に隣接し,シール帯域としては機能しない部分として配置することも当業者が容易になし得た」と判断した点には,誤りがあるものと解する。


 その理由は,以下のとおりである。


ア 引用発明について


(ア) 引用例(甲1)の記載


 ・・・省略・・・


(イ) 引用発明の技術内容

 上記各記載によると,引用発明の技術内容(解決課題及び解決手段)は,シール装置において,溶融したポリエチレン樹脂56がシール部分Sの範囲を超えて過度に流れ出してしまう結果,シール部分Sにおいて熱融着に寄与するポリエチレン樹脂56の量が少なくなり,適切な接合強度が得られず,また,シール部分Sから流れ出たポリエチレン樹脂56が固化して包装容器の内側に固着して,ヒビ割れを発生させることがあるという課題を解決するために,「溝75」をインダクタ31に形成して,シール部分Sの範囲を超えて流れ出ようとするポリエチレン樹脂56を「溝75」内に滞留させることで,ポリエチレン樹脂56の流れを阻止して,シール部分Sの範囲から流れ出ない,あるいは,過度に流れ出すことがないようにして,適切な接合強度を確保するものであると認められる。


 インダクタ31は,シールブロックに一部を表面に臨ませて埋設され,ドーリーとの間で包材を挟持し,誘導加熱によって包材の一対のアルミニウムホイル55によって挟まれた一対のポリエチレン樹脂56を加熱して,シール部分Sにおいて包材11を熱融着によって接合させるものであるから,インダクタ31の表面がシール部分Sに対応する領域ということができる。また,「溝75」は,インダクタ31の中央部に設けられた凸部71の側部に設けられているから,シール部Sの端部に設けられているということができる。


 そうすると,「合成樹脂溜まりを形成し得る溝が,シール帯域の端部に設けられている」とする引用発明の相違点に係る構成の技術的意義は,溶融した合成樹脂がシール部分Sの範囲を超えて過度に流れ出してしまうことにより,シール部分Sにおいて熱融着に寄与する合成樹脂の量が少なくなって適切な接合強度が得られず,また,シール部分Sから流れ出た合成樹脂が固化して包装容器の内側でヒビ割れを発生させることがあるという課題を解決するために,シール部分Sの範囲を超えて流れ出ようとする合成樹脂をシール部内の端部に滞留させることで,合成樹脂の流れを阻止して,シール部分Sの範囲から流れ出ない,あるいは,過度に流れ出すことがないようにした点にある,ということができる。


イ 本願発明について

(ア) 本願明細書(甲4)の記載

 本願明細書(甲4)には,次のとおりの記載がある。


 ・・・省略・・・


(イ) 本願発明の技術内容

 上記各記載によると,本願発明の技術内容(解決課題及び解決手段)は,ヒートシール装置において,シール時にシール帯域内の液体を溶融樹脂とともにシール帯域外へ流出させる方法では,シール帯域の液体や汚れを完全に排除し,優れたシール性が得られるものの,容器内側に流出した溶融樹脂が均一にはみ出さず,これによって,容器内側の縁部に波打った溶融樹脂ビード7が形成されて,容器に圧力がかかった場合にビード7から亀裂が発生することがあるという課題を解決するために,シール帯域の容器内面側外側に隣接して合成樹脂溜まりを形成し得る溝を設けて,溶融樹脂を夾雑物と共にシール帯域から容器内面側に向かって押し流すことによって,シール帯域には夾雑物のない優れたシール性を有する薄い合成樹脂層を形成する方法とし,シール帯域から流出した樹脂を溝に流入させることで,容器内側に流出した溶融樹脂が均一な幅の合成樹脂溜まりを形成し,これによって,容器内側の縁部に波打った溶融樹脂ビード7が形成されないようにしたものである。


 そうすると,「合成樹脂溜まりを形成し得る溝が,シール帯域の容器内面側外側に隣接して設けられている」とする本願発明の相違点に係る構成は,優れたシール性を有する薄い合成樹脂層を形成するために,溶融された合成樹脂を夾雑物と共にシール帯域から容器の内側に押し流した時に,流出した合成樹脂が均一にはみ出さずに容器内側の縁部に波打った溶融樹脂ビードを形成することがあるという課題を解決するために,シール帯域から流出した合成樹脂を溝に流入させることで,合成樹脂の容器内側へのはみ出しを規制し,これによって,容器内側の縁部に波打った溶融樹脂ビードが形成されないようにした点にある,ということができる。


ウ 容易想到性の検討

 本願発明と引用発明の相違点は,「本願発明は,合成樹脂溜まりを形成し得る溝が,シール帯域の外側に隣接して設けられているのに対し,引用発明ではシール帯域の端部に設けられている」点にある(争いない)。


 本願発明と引用発明との相違は,合成樹脂溜まりを形成する「溝」の設置場所のみであって,その構成における相違点は,一見すると,極めて僅かであるとの印象を与える。


 しかし,上記のとおり,「溝」の設置場所の相違点によって,本願発明においては,シール帯域から流出した合成樹脂で容器内側に波打った溶融樹脂ビードが形成されないようにする解決手段を提供するのに対して,引用発明においては,シール帯域からの合成樹脂の流れ出しを規制してシール帯域の樹脂量を確保する解決手段を提供するものであるという点で,解決課題及び解決手段において,大きな相違があるというべきである。


 そこで,引用発明を出発点として,周知例(甲2,甲3)を適用することによって,本願発明が容易に想到することができたか否かを検討する。


 引用発明は,シール帯域内に合成樹脂溜まり部を設けて,熱融着に寄与するポリエチレン樹脂の量を確保することにより,「接合強度を維持」するようにしたものであるから,単に,「溝を設けた部分に形成される合成樹脂溜まり部を非溶着の熱シールされない部分とする」ことを開示する周知例(甲2,3)を指摘することによって,その周知の技術を適用して,引用発明とは異なる解決課題と解決手段を示した本願発明の構成に至ることが容易であるということはできない。


 引用発明は,接合強度維持を目的とした技術であるのに対し,周知技術は,接合強度維持に寄与することとは関連しない技術であるから,本願発明と互いに課題の異なる引用発明に周知技術を適用することによって「本願発明の構成に達することが容易であった」という立証命題を論理的に証明できたと判断することはできない。


(2) 小括


 以上のとおり,引用発明に周知例を適用することによって,本願発明の相違点に係る構成に到達することができたとする審決の判断,すなわち「引用発明において密封性にはそれほど寄与しない合成樹脂溜まり部を,シール帯域の外側に隣接し,シール帯域としては機能しない部分として配置することも当業者が容易になし得たものと認める。」とした審決の判断には,その余の点を判断するまでもなく,誤りがあるというべきである。その他,被告は縷々主張するが,いずれも結論に影響を及ぼす主張とはいえない。


3 結論


 原告主張の取消事由2は理由があるから,取消事由2中のその余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がある。よって,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は,本判決文を参照して下さい。