●平成20(行ケ)10159 審決取消請求事件 特許権「多重放送受信機」

Nbenrishi2009-03-30

 本日は、『平成20(行ケ)10159 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「多重放送受信機」平成21年03月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090327114310.pdf)について取上げます。


 本件は、特許無効審決の棄却審決の取消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、本件特許出願前における周知技術も考慮して,本件当初明細書に接した当業者は,本件当初明細書にいう「交通情報」には音声信号以外の信号によるものが含まれると理解すべきであり,実施例の記載における「交通情報」が「音声による交通情報」であるからといって,本件当初明細書において開示された技術的事項を実施例の記載に限定して解すべきものではない、と判示した点で参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 田中信義、裁判官 浅井憲、裁判官 杜下弘記)は、


『1 構成要件C(前記交通情報信号を音声信号に変換し交通情報音声信号を得る信号変換手段と,)について

 原告は,審決が本件当初明細書の実施例の記載から,構成要件Cに係る事項が記載されていると判断したことは誤りである旨主張するので,検討する。


(1) 本件当初明細書(甲第3号証の2)には次の記載がある。

「[発明の概要]
 送信側ではFM多重信号に交通情報とこれに同期した位置情報とを乗せて送信し,受信側ではこれを復調したものと,ナビゲーション装置の現在位置の検出装置を利用し,現在位置周辺の交通情報を音声で聞き取ることができる装置である。
[従来の技術]
 ナビゲーション装置の陰極線管(CRT)に渋滞などの交通情報を重ね表示する装置は,既に考案されている(・・・)。また,ラジオ音声放送による交通情報装置としては,主要幹線などを中心とした地域別の交通情報専門局による放送と,一般のラジオ放送を利用したものとがある。」(2頁6〜19行)


 上記「発明の概要」の記載によると,本件特許出願に係る発明は,交通情報とこれに同期した位置情報とナビゲーション装置の現在位置を利用して現在位置周辺の交通情報を音声で聞き取ることができる装置に係るものであり,ここでいう「交通情報」は,送信側において位置情報と同期させた上,FM多重信号に乗せて送信することができるものであると認められる。


 そして,上記「従来の技術」の記載によると,「ナビゲーション装置の陰極線管(CRT)に渋滞などの交通情報を重ね表示する装置は,既に考案されている」というのであり,「交通情報」には,ナビゲーション装置のモニターに「表示」されるものが存在することが前提とされていることが認められる。


 また,本件特許出願時(平成2年9月27日)における公知文献である特開昭62−111536号公報(甲第19号証)に「受信した無線交通情報を復号して再生装置に供給する無線交通情報復号装置において,無線交通情報復号装置(20)は交通情報を示すデジタル信号を処理するように構成され,・・・前記デジタル信号は,文字文信号(ASCII)であり,前記無線交通情報復号装置(20)は受信交通情報を光学的,電気的あるいは音響的に再生する文字文処理装置(62)を有する・・・無線交通情報復号装置。」(特許請求の範囲「1」)及び「7)」)との記載があり,同特開昭62−180625号公報(甲第20号証)に「放送波を受信して該放送波に含まれる情報を再生する放送受信装置において,該装置は,前記放送波を受信して復調する受信手段と,該受信手段の出力を可聴信号または可視信号として再生する出力手段とを含み,・・・前記放送波に含まれる情報は,ディジタルデータの形をとった道路交通情報データを含むこと・・・前記再生手段は,前記ディジタルデータを音声合成して可聴音声として出力する音声出力手段を含むことを特徴とする放送受信装置。」(特許請求の範囲「4.」,「6.」及び「7.」)との記載がある。


 これらの記載によると,交通情報を文字信号のようなデジタル信号を用い,これを変換して可聴信号として利用者に伝達することは,本件特許出願時において当業者にとって周知の技術的事項であったものと認められる。


(2) そして,本件当初明細書には「実施例」として次の記載がある。


「送信側aでは,マイクロホン1からの音声による交通情報23をA/D変換器2でA/D変換し,これと同期して現在放送している交通情報の位置を示す情報24をFM多重信号変調器3に出力する。交通情報と位置情報は,FM多重信号変調器3により時分割多重,変調され,FM多重信号25となる。FM多重信号25は多重装置4によりステレオ音声信号21と多重され,FM送信機5で変調され,送信アンテナ6から発射される。


 受信側bでは受信アンテナ7から入力した信号27に対して,FM受信機8を用いて同調,復調し,ベースバンド信号28を得る。ベースバンド信号28は,MPX9およびFM多重信号復調器10へ入力される。MPX9は入力された信号28を,ステレオ音声信号29に変換する。FM多重信号復調器10は入力されたベースバンド信号28を復調し,復調されたデータ列の中から交通情報30と位置情報31を抽出する。ここで位置情報31は,例えばナビゲーション装置14の地図番号に対応するものとする。


 一方,ナビゲーション装置14内では地磁気センサー等を用いて自動車の現在位置を検出し,その結果を元にメモリ(例えばCD−ROM)から地図を選択し,CRT16にこの地図を表示する。


 FM多重信号復調器10から出力された位置情報31とナビゲーション装置32からの現在位置信号32とは差分演算器13に与えられ,その差信号を演算する。この差信号は差分判定器17で所定値と比較され,その所定値よりも小さければ,位置情報31が現在位置信号に接近していると判定して,スイッチ制御信号33でスイッチ12をオンにする。


 スイッチ12がオンされると,D/A変換器11によりD/A変換された交通情報30がスイッチ12を介してスピーカ15から出力され,現在位置周辺の交通情報を知らせる。」(5頁16行〜7頁11行)


 上記記載によると,本件当初明細書には,本件特許出願に係る発明の実施例として,アナログ信号である音声による交通情報をデジタル信号に変換したものをアンテナから受信し,これをアナログ信号に変換して音声による交通情報としてスピーカから出力する構成が記載されていると認められる。


(3) 上記(2)において,アナログ信号に変換される信号は,音声による交通情報信号がデジタル信号化されたものであるが,上記(1)及び(2)のとおり,本件当初明細書において「交通情報」とされるものには,画面上に表示される渋滞情報のうなものも含まれ,文字信号のような音声以外のデジタル信号による交通情報を変換して音声信号とする技術は本件特許出願前において周知であったと認められることも考慮すると,本件当初明細書に接した当業者は,本件当初明細書にいう「交通情報」には音声信号以外の信号によるものが含まれると理解するものというべきであり,上記の実施例の記載における「交通情報」が「音声による交通情報」であるからといって,本件当初明細書において開示された技術的事項を実施例の記載に限定して解すべきものではない。


(4) なお,原告は,「音声信号以外の信号形態(例えば文字列信号)において受信した信号を音声化するためには,音声合成装置を備え,受信信号をその装置を介して音声化することが必須となることは当業者にとって技術常識であるところ,本件当初明細書においては,上記のとおり,ディジタル音声信号の復調,抽出及びD/A変換により音声報知する態様のみを記載しており,音声合成装置を配置することなどは全く記載も示唆もされていない」とも主張するが,上記のとおり,音声信号以外の交通情報信号についての記載があると考えられる以上,当業者は,これを可聴信号に変換するために必要となる技術常識を踏まえて開示内容を理解するのであるから,原告のこの主張は,上記認定に影響を与えるものではない。


(5) 以上によると,本件当初明細書には,音声信号以外の信号による交通情報についても記載されているものというべきであり,これを音声信号に変換して交通情報音声信号を得る信号変換手段についても記載されているというべきであるから,本件当初明細書に構成要件Cに係る事項が記載されているとした審決の判断に誤りはなく,原告の主張は失当である。』


 と判示されました。


 なお、本件は、要旨変更の時代の判断ですが、出願時における周知技術等を参酌して、実施例の記載に限定せずに、要旨の変更(新規事項の追加)でないと判断した点では、先月出され、本日記の2/19(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20090219)等でも取上げた、

●『平成20(ネ)10065 特許権侵害差止請求控訴事件 特許権 民事訴訟「電話番号情報の自動作成装置事件」平成21年02月18日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090218170611.pdf)や、


 本日記の08/4/3(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080403)等でも取上げた、

●『平成19(ワ)22449 特許権侵害行為差止等請求事件 特許権「ホースリール事件」平成20年03月31日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080403130354.pdf

 と同様の判断かと思います。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。