●平成20(ワ)4056損害賠償請求事件「ポータブル型画像表示装置」(2)

 本日も、『平成20(ワ)4056 損害賠償請求事件 特許権 民事訴訟「ポータブル型画像表示装置事件」平成21年03月05日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090305171211.pdf)について取上げます。


 本日は、本件における具体的な要旨変更の補正の判断について取上げます。


 つまり、大阪地裁(第21民事部 裁判長裁判官 田中俊次、裁判官 西理香、裁判官 北岡裕章)は、


(2) 本件補正後の記載

ア 原告は本件補正により,特許請求の範囲を当初明細書の「(1)複数の画像表示部からなる画像表示手段を有し,かつ,前記画像表示手段を折りたたみ可能にすることを特徴とする携帯型の画像表示装置。」から

「【請求項1】画像表示用の表示部を複数有し,前記複数の表示部のうち,少なくとも1つの表示部を折りたたみ可能に設けてなるポータブル型画像表示装置であって,前記複数の表示部のうち,少なくとも1つの表示部に画像表示させ,他の少なくとも1つの表示部の画像表示を実質的に停止させることが可能なポータブル型画像表示装置。」,
「【請求項3】画像表示用の表示部を複数有し,前記複数の表示部のうち,少なくとも1つの表示部を折りたたみ可能に設けてなるポータブル型画像表示装置であって,前記表示部に表示される画像のサイズを変更可能とすることを特徴とするポータブル型画像表示装置。」,
「【請求項5】画像表示用の表示部を複数有し,前記複数の表示部のうち,少なくとも1つの表示部を折りたたみ可能に設けてなるポータブル型画像表示装置であって,前記表示部に表示される画像の表示方向を変更可能とすることを特徴とするポータブル型画像表示装置。」

 に補正し,また,発明の詳細な説明に,「前記複数の液晶表示部(LCDE)のうち,少なくとも1つの液晶表示部(LCDE)を他の液晶表示部(LCDE)や装置本体などに折りたたみ可能に設けている」(同対比表11頁右欄13〜17行)との記載を加えたことが認められる。


イ そうしてみると,本件補正により,表示部の構成に関しては,「画像表示用の表示部を複数有し」とされ(以下,「補正事項(i)」という。),また,折りたたみの構成に関しては,「表示部を折りたたみ可能に設けてなる」とされ,これと共に,「発明の詳細な説明」に上記アのとおりの記載が加えられた(以下,「補正事項(ii)」という。)ことが認められる。


(3) 本件補正後の記載内容


ア 補正事項(i)

 補正事項(i)に係る補正後の記載内容について,被告は,補正後の特許請求の範囲の記載では,単に液晶画面が複数あれば足り,当接して1つの液晶画面を構成しない画像表示装置をも含み得ると主張するところ,補正後の「画像表示用の表示部を複数有し」との記載では,複数ある画像表示部の位置関係が何ら定められていないのであるから,当接していないものも含め,各画像表示部が離れた位置にあって1つの画面を構成し得ないような画像表示装置についても,特許請求の範囲内に含み得るような記載になっていることが認められる(この点,原告も争うことを明らかにしておらず,むしろ構成要件A,Bの解釈においては,上記のような解釈を前提としている。)。


イ補正事項(ii)

 補正事項(ii)に係る補正後の「1つの表示部を折りたたみ可能に設けてなる」の意義について,発明の詳細な説明に加えられた記載,すなわち「前記複数の液晶表示部(LCDE)のうち,少なくとも1つの液晶表示部(LCDE)を他の液晶表示部(LCDE)や装置本体などに折りたたみ可能に設けている」との記載を参酌すれば,「1つの表示部を折りたたみ可能に設けてなる」とは,「1つの画像表示部を他の画像表示部や装置本体などに重ね合わせるように折りたたみ可能に設けてなる」という意味であると解することができる(この点について,当事者間に争いがない。)。


ウ そこで,以下,上記補正後の特許請求の範囲が当初明細書等に記載された事項の範囲内であるかについて検討する。


(4) 当初明細書等の記載

 当初明細書等には以下の記載がある。


ア 特許請求の範囲

「(1)複数の画像表示部からなる画像表示手段を有し,かつ,前記画像表示手段を折りたたみ可能にすることを特徴とする携帯型の画像表示装置。」(別紙明細書対比表1頁左欄7〜10行)


イ 語句の意義

「本明細書において,(1)画像とは,映像,文字,記号など視覚を通して知覚しうるものをいい,(2)画像表示装置とは,テレビ受信機,テレビモニター,ワードプロセッサー,パーソナルコンピュータ,CAD/CAMなどを始め,画像を表示するものをいう。また,(3)画像表示手段(方式)としては,液晶,プラズマおよびエレクトロルミネンス(EL)などの電気的なディスプレイ装置などを含む。」(同対比表2頁左欄3〜13行)


ウ 発明の課題

 従来の液晶ディスプレイ(LCD)テレビに係る別紙第1図及び第2図について以下の記載がある。「従来のLCD−TVは,このように構成されているため,CASE10を小さくし,携帯性を優先させれば,LCD5も小さくなり,見にくく疲れやすいという問題が生じ,又,LCD5を大きくし,見やすさを優先させれば,CASE10が大きくなり,今度は逆に携帯性に欠けるという問題が生じる。すなわち,見やすさと携帯性とは相反するのであり,いずれかを犠牲にしなければならないという欠点があった。
 また,大型のカラー液晶ディスプレイは,歩溜りが悪く,生産性に欠け,実用化が難しいという欠点を有していた。
 本発明は,かかる欠点を除去するものであり,生産性が高く,見やすさと携帯性の両方に優れた画像表示装置を提供するものである。」(同対比表3頁左欄13〜29行)


エ 発明の効果

 発明の効果について以下の記載がある。
 「本発明によれば,不要時小さく,必要時大きくすることができるので,装置の小型化と画面の大型化を同時に実現でき,特に携帯性に優れた画像表示装置を得ることができる。」(同対比表11頁左欄22〜26行)


オ 実施例の記載

(ア) 発明の実施例に係る別紙第3図及び第4図について以下の記載がある。

「15は,LCDE15a,15bよりなる液晶ディスプレイ(LCD)であり,LCDE15a,15bの両者は,第3図に示すように配設され,当接して「ニュース」という1つの画像を再現することができる。」(同対比表4頁左欄28行〜5頁左欄2行)

「このようにすることにより,不使用時には,第4図のように折りたたみ小型にでき携帯性に優れ,使用時には第3図に示すように広げれば,大画面にすることができ,見やすくすることができ,かつ,大きなLCDを小さなLCDE(判決注:カラー液晶表示部)を2枚用いて構成するのでLCDEの生産性が高く大巾なコストダウンを図ることができると共に何ら携帯性を失なうことなく画面の大型化を容易に図ることができる。」(同対比表6頁左欄11〜20行)


(イ) 発明の実施例に係る別紙第8図及び第9図について以下の記載がある。

「25は,LCDE25a,25b,25cの3枚の液晶板で1枚の画像を形成し,再生する液晶ディスプレイ(LCD)である。」(同対比表8頁左欄26〜29行)


カ 図面

(5) 補正事項(i)に係る要旨変更について

ア 当初明細書等には,発明の課題として,見やすさを優先して液晶ディスプレイそのものを大きくすると,「CASE10」すなわち筐体自体も大きくなって携帯性が悪くなるし,また大きい液晶ディスプレイは生産性も悪いという課題が掲げられており(上記(3)ウ),その課題を解決する手段として,当初明細書等の特許請求の範囲や上記図面(【第3図】,【第6図】及び【第8図】)で示されているような,複数の画像表示部を合わせて1つの画像(上記図面では「ニュース」と記載されている。)を表示する画像表示手段(1つの画面)の構成が開示されていることが認められる。


 そして,上記構成を採ることにより,必要時に折りたたんで小さくすることにより携帯性に優れ,また,複数の画像表示部を合わせることで画面の大型化を図るという発明の効果を導くことができるのであり,各画像表示部が離れていて1つの画面を構成しているとは認識し得ないような画像表示装置では,画面の大型化による見やすさの向上という効果を奏することができず,上記発明の課題を解決することができないのであるから,このような画像表示装置は,当初明細書等に記載された発明の課題とも発明の効果とも関係のない全く異質なものというべきであって,当初明細書等には開示されていない技術的事項に係るものと解される。


イ このように,当初明細書等に開示された発明は,もっぱら,複数の画像表示部で1つの画面を構成し,かつ,折りたたみ可能とすることにより,不要時には小さく,必要時には大きくすることができ,装置の小型化と画面の大型化を同時に実現できる画像表示装置であったといえる。


 そして,このときの各画像表示部の位置関係について,被告は,相互に当接していることを要する旨主張し,当初明細書等の実施例の説明においては「当接して」との文言が記載されている(上記(4)オ(ア))ところ,必ずしも各画像表示部が「当接」すなわち当たり接していなくても,1つの画像表示がなされたと認識し得るような近接した位置関係にあれば,当初明細書等の上記発明の効果を奏しないとはいえない。


 したがって,当初明細書等に記載された発明は,「当接する」ことまでは要しないが,少なくとも複数の画像表示部が1つの画像を表示していると認識し得る程度に近接していることを要するというべきであって,各画像表示部が離れた位置にあることによって1つの画面を構成しないような画像表示装置は記載も示唆もされていないというべきである。


 そして,かかる構成が当業者にとって自明であったともいえない。


 補正事項(i)に係る補正後の特許請求の範囲の記載では「画像表示用の表示部を複数有し」とされているのみで,「複数の画像表示部が一つの画像表示がなされたと認識し得る程度に近接している」もの以外の構成を包含し得るものとなっているから,補正事項(i)に係る補正は,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で,当初明細書等に開示された発明の構成に関する技術的事項に新たな技術的事項を導入するものというべきである。


 したがって,同補正は,当初明細書等の範囲内においてするものではなく,当初明細書等の要旨を変更するものというべきである。


ウ 加えて,補正事項(i)に係る補正後の特許請求の範囲の記載では,各液晶表示部の関係について「折りたたみ可能に設けてなる」というほかに何ら定められていないのであるから,別紙第5図に示される画像分割回路すら備えない,画像生成回路において完全に独立した画像表示部であっても,これが複数あって折りたたむことさえできれば,特許請求の範囲(構成要件A,B)に含まれ得る記載になっている(なお,本件補正後の明細書においても画像分割回路による画像分割が当然の前提になっているが,補正後の特許請求の範囲には,当初明細書等の特許請求の範囲における「複数の画像表示部からなる画像表示手段を有し」といった各画像表示部の関係に係る記載が全くない以上,補正後の特許請求の範囲に係る発明の要旨認定に際しては,画像分割回路を備えた画像表示装置に限定して解釈することはできない。)。


 そうすると,当初明細書等に記載された発明は,複数の画像表示部によって1つの画像を表示する画像表示装置であるから,そのための画像分割回路は必須であり,これを備えないような画像表示装置は,当初明細書等に記載された技術的事項に新たな技術的事項を導入するものであることが明らかであり,かかる意味においても,補正事項(i)に係る補正は当初明細書等の要旨を変更するものというほかない。


(6) 争点3−3−1の結論

 以上により,本件補正のうち,少なくとも補正事項(i)に係る補正は,当初明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更した補正であるとは認められず,明細書の要旨を変更するものであるので,補正事項(ii)に係る要旨変更について判断するまでもなく,本件特許に係る出願は,旧特許法40条により,本件補正に係る手続補正書が提出された平成8年4月15日にされたものとみなされる。


 したがって,本件各特許発明は,いずれも出願前に頒布された刊行物である乙21文献に記載された発明と同一であり,特許法29条1項3号の発明に該当するから,本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認められる。したがって,特許法104条の3第1項により,原告は,本件特許権に基づく権利行使をすることができない。


3 結論

 以上により,原告の本件請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 本件では、大阪地裁は、「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項」について、

「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,出願時の明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,このように導かれる技術的事項との関係において,当該補正が特許請求の範囲の記載に新たな技術的事項を導入するものであるときは,当該補正は,「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということはできず,明細書の要旨を変更するものということになる。

 と判示していますが、この判断基準は、昨年出された知財高裁大合議事件の、

●『平成18(行ケ)10563 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「感光性熱硬化性樹脂組成物及びソルダーレジストパターン形成方法」平成20年05月30日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080530152605.pdf)

 における新規事項追加の補正の判断基準と同じことが分かります。


 本日取上げた上記具体的判断部分を詳細に読むと、裁判所の考える、

「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,出願時の明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項』の意義がわかるように思います。


 この意味で、本件は、とても参考になる事案だと思います。