●「電話番号情報の自動作成装置事件」の地裁・高裁の判断について

Nbenrishi2009-02-21

 昨日は、一審である、●『平成19(ワ)32525 特許権侵害差止請求事件 特許権 民事訴訟「電話番号情報の自動作成装置」平成20年07月24日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080725101613.pdf)について取上げ、一昨日はその控訴審である、●『平成20(ネ)10065 特許権侵害差止請求控訴事件 特許権 民事訴訟「電話番号情報の自動作成装置」平成21年02月18日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090218170611.pdf)について取上げました。


 一審では、請求項1の構成要件Cの「接続信号中の応答メッセージ」の「メッセージ」は、多義の語であるため、本件明細書の記載を参酌し、実施例中の音声メッセージであると解釈したのに対し、控訴審では、(i)本件特許の特許請求の範囲(構成要件C)には,「接続信号中の応答メッセージ」と記載され,可聴音に限定する記載はないこと,(ii)したがって,本件発明は,その技術思想として「応答メッセージ」によって無効電話番号を判別する技術が開示されていると解されること,(iii)証拠(甲16,17)によれば,本件特許出願時において,既にISDN技術が存すること,ISDNの網から応答される情報を取得し,同情報に基づいて電話番号の有効性を判別することが知られていたことからすれば,本件明細書に接した当業者としては,本件発明においては,ISDN技術を除外して,上記の技術思想が開示されていると認識することはないというべきで、したがって,仮に本件明細書における実施例が音声メッセージによって無効電話番号を判別する技術に関するものであっても,それはあくまで実施例として示されたにすぎないと解すべきであるから,本件発明の技術的範囲が音声メッセージに限定されるものではない、というものでした。


 つまり、地裁は、本件特許明細書には実施例として音声メッセージを使用したものしか開示されていないので、特許権者(出願人)自身が明細書に開示している音声メッセージに限定して解釈しているのに対し、高裁では、本件特許発明の技術的思想の保護という観点から本件特許発明の技術的範囲を客観的に考えると、特許請求の範囲では実施例の音声メッセージより広い概念の応答メッセージという語を使用しているし、実施例はあくまで実施例という点からして、応答メッセージは音声メッセージに限定されない、と考えているものと思います。


 ちなみに、この地裁の考え方は、07/4/19の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20070419)でも取上げた、

●『平成18(ネ)10007 損害賠償請求控訴事件 特許権 民事訴訟 「図形表示装置及び方法事件」平成18年09月28日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060929110516.pdf)における、


『2 本件特許発明の技術的範囲の解釈について

(1) 特許法70条1項は,「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」,同条2項は,「前項の場合においては,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定しているところ,元来,特許発明の技術的範囲は,同条1項に従い,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定められなければならないが,その記載の意味内容をより具体的に正確に判断する資料として明細書の記載及び図面にされている発明の構成及び作用効果を考慮することは,なんら差し支えないものと解されていたのであり(最高裁昭和50年5月27日第三小法廷判決・判時781号69頁参照),平成6年法律第116号により追加された特許法70条2項は,その当然のことを明確にしたものと解すべきである。

 
 ところで,特許明細書の用語,文章については,(i)明細書の技術用語は,学術用語を用いること,(ii)用語は,その有する普通の意味で使用し,かつ,明細書全体を通じて統一して使用すること,(iii)特定の意味で使用しようとする場合には,その意味を定義して使用すること,(iv)特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とは矛盾してはならず,字句は統一して使用することが必要であるところ(特許法施行規則様式29〔備考〕7,8,14イ),明細書の用語が常に学術用語であるとは限らず,その有する普通の意味で使用されているとも限らないから,特許発明の技術的範囲の解釈に当たり,特許請求の範囲の用語,文章を理解し,正しく技術的意義を把握するためには,明細書の発明の詳細な説明の記載等を検討せざるを得ないものである。


 また,特許権侵害訴訟において,相手方物件が当該特許発明の技術的範囲に属するか否かを考察するに当たって,当該特許発明が有効なものとして成立している以上,その特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明の記載との関係で特許法36条のいわゆるサポート要件あるいは実施可能要件を満たしているものとされているのであるから,発明の詳細な説明の記載等を考慮して,特許請求の範囲の解釈をせざるを得ないものである。

 
 そうすると,当該特許発明の特許請求の範囲の文言が一義的に明確なものであるか否かにかかわらず,願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきものと解するのが相当である。


(2) 控訴人は,従来技術から明確になる事柄については,発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとし,本件特許発明において,その特許請求の範囲は,従来技術を考慮すれば,当業者にとって,一義的に明確なものであるから,何ら限定解釈を加える理由はないのであって,本件特許発明の技術的範囲を限定的に解釈した上で,被控訴人製品が本件特許発明の構成要件を充足しないとした原判決の認定判断は誤りであると主張する。


 しかし,上記のとおり,特許権侵害訴訟においては,特許請求の範囲の文言が一義的に明確であるか否かを問わず,発明の詳細な説明の記載等を考慮して特許請求の範囲の解釈をすべきものであるから,従来技術から明確になる事柄について,それ以上発明の詳細な説明の記載等から限定して解釈すべきではないとする控訴人の主張は,そもそも,誤りである。


 我が国の特許制度は,産業政策上の見地から,自己の発明を公開して社会における産業の発達に寄与した者に対し,その公開の代償として,当該発明を一定期間独占的,排他的に実施する権利(特許権)を付与してこれを保護することにしつつ,同時に,そのことにより当該発明を公開した発明者と第三者との間の利害の調和を図ることにしているものと解される(最高裁平成11年4月16日第二小法廷判決・民集53巻4号627頁参照)。


 本件原出願(昭和59年10月2日出願)に適用される昭和60年法律第41号による改正前の特許法36条4項が「第2項第3号の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。」(いわゆる実施可能要件),同条5項が「第2項第4号の特許請求の範囲には,発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。ただし,その発明の実施態様を併せて記載することを妨げない。」(いわゆるサポート要件)と定めているのも,発明の詳細な説明の記載要件という場面における,特許制度の上記趣旨の具体化であるということができる。


 したがって,特許請求の範囲の記載に基づく特許発明の技術的範囲の解釈に当たって,何よりも考慮されるべきであるのは,公開された明細書の発明の詳細な説明の記載等であって,これに開示されていない従来技術は発明の詳細な説明の記載等に勝るものではない。

 
 仮に,控訴人主張のとおり,特許発明の技術的範囲の解釈において,従来技術から明確になる事柄については,それ以上発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとすることが許されるならば,発明の詳細な説明の記載等とは無関係に,特許請求の範囲の解釈の名の下に,随意に新たな技術を当該発明として取り込むことにもなりかねず,このような結果が,上記発明の公開の趣旨に反することは明らかである。

(3) 以上のとおり,特許発明の技術的範囲の解釈に当たって,一義的に明確なものであれば,発明の詳細な説明の記載等により限定して解釈すべきではないとする控訴人の主張は,独自の議論であって,採用し得ないものというべきである。  』


 というこの知財高裁の判断に近いものと思います。


 なお、この知財高裁の考え方は、特許請求の範囲の用語が一義的であろうと、なかろうと、明細書中の用語の記載を参酌する、という点では、多義的であるので明細書中の用語の記載を参酌するとした今回の地裁の判断とは異なるものと思います。


 長くなりそうなので、明日に続きます。