●平成9年に出された知財事件の最高裁判決(2)

 本日は、平成9年に出された知財事件の最高裁判決で、裁判所HP(http://www.courts.go.jp/)に掲載されている残りの最高裁判決である、著名な「小僧寿し事件」について、下記の通り、簡単に紹介します。


●『平成6(オ)1102 商標権侵害禁止等 商標権 民事訴訟小僧寿し事件」平成9年03月11日 最高裁判所第三小法廷』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/F72BAB3A2C1D4F9F49256A8500311DC6.pdf)


 ・・・『 1 原審が、被上告人による被上告人標章一(1)ないし(9)、同二(2)(4)(5)の使用には、商標法二六条一項一号により本件商標権の禁止的効力が及ばないとした点は、正当である。


 フランチャイズ契約により結合した企業グループは共通の目的の下に一体として経済活動を行うものであるから、右のような企業グループに属することの表示は、主体の同一性を認識させる機能を有するものというべきである。したがって、右企業グループの名称もまた、商標法二六条一項一号にいう自己の名称に該当するものと解するのが相当である。


 本件において、「小僧寿し」は、フランチャイズ契約により結合した企業グループの名称である小僧寿しチェーンの著名な略称であり、被上告人による被上告人標章一(1)ないし(9)、同二(2)(4)(5)の使用は、その書体、表示方法、表示場所等に照らし、右略称を普通に用いられる方法で表示するものということができるから、右各標章の使用には、本件商標権の禁止的効力が及ばないというべきである。


 もっとも、原審は、被上告人標章三(5)の前掛け部分の「小僧寿し」の文字についても、略称を普通に用いられる方法で表示するものとするが、右標章における「小僧寿し」の文字は、図形標章と一体的に組み合わせて、商標を構成する一部として用いているものであるから、略称を普通に用いられる方法で表示するものということはできない。


 また、原審は、小僧寿し本部が、被上告人標章三(1)につき商標権を有することを理由に、これに類似する同三(2)ないし(6)の各標章についても右商標権に基づく排他的使用権を有するとして、本件商標権の禁止的効力が及ばないとしている。


 しかし、商標権は、指定商品について当該登録商標を独占的に使用することができることをその内容とするものであり、指定商品について当該登録商標に類似する標章を含めてこれらを排他的に使用する権能までも含むものではなく、ただ、商標権者には右のような類似する標章を使用する者に対し商標権を侵害するものとしてその使用の禁止を求めること等が認められるにすぎないから(商標法二五条、三六条、三七条参照)、原審の右判断は、是認することができない。


 右のとおり、原審の判断のうち、被上告人標章三(5)の前掛け部分の「小僧寿し」の文字につき略称を普通に用いられる方法で使用したものと判断した点及び商標権者が登録商標に類似する商標についても排他的使用権を有すると判断した点は、いずれも商標法の解釈適用を誤ったものというべきである。


 しかしながら、次に述べるとおり、原審が、被上告人標章のうち標章二(1)(3)を除くその余の標章について、これらが本件商標に類似すると判断した点は是認することができないものであって、右各標章はいずれも本件商標に類似するとはいえないから、結局のところ、原判決の前記説示部分の違法は、その結論に影響しないものというべきである。


 2 商標の類否は、同一又は類似の商品に使用された商標が外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、かつ、その商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである。右のとおり、商標の外観、観念又は称呼の類似は、その商標を使用した商品につき出所を誤認混同するおそれを推測させる一応の基準にすぎず、したがって、右三点のうち類似する点があるとしても、他の点において著しく相違するか、又は取引の実情等によって、何ら商品の出所を誤認混同するおそれが認められないものについては、これを類似商標と解することはできないというべきである最高裁昭和三九年(行ツ)第一一〇号同四三年二月二七日第三小法廷判決・民集二二巻二号三九九頁参照)。


 3 これを本件についてみると、次のとおりである。


 (一) 本件商標は、別紙商標目録記載のとおり「小僧」の二文字を縦書きした標章であって、「コゾウ」の称呼を生じ、「商店で使われている年少の男子店員」「年少の僧」「あなどっていうときの年少の男子」等の観念を生ずる。
(二) 他方、原審の認定によれば、昭和四七年ないし同六〇年における小僧寿しチェーンの店舗数、売上高、宣伝広告の規模内容、小僧寿しチェーンに関する一般新聞、雑誌等の報道内容、その知名度に関する全国調査の結果等に照らして、小僧寿しチェーンは、外食産業において上位の売上高を上げ、知名度も高く、遅くとも昭和五三年には、本件商品の製造販売業者として著名となっており、「小僧寿し」は、小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンの略称として一般需要者の間で広く認識されていたというのであるから、被上告人標章については、一般需要者が「小僧寿し」なる文字を見、あるいは「コゾウズシ」又は「コゾウスシ」なる称呼を聞いたときには、本件商品の製造販売業者としての小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンを直ちに想起するものというべきである。そして、「小僧寿し」は、一般需要者によって一連のものとして称呼されるのが通常であるというのであるから、右によれば、遅くとも昭和五三年以降においては、「小僧寿し」「KOZOSUSHI」「KOZOSUSI」「KOZO ZUSHI」の各標章は、全体が不可分一体のものとして、「コゾウズシ」又は「コゾウスシ」の称呼を生じ、企業グループとしての小僧寿しチェーン又はその製造販売に係る本件商品を観念させるものとなっていたと解するのが相当であって、右各標章の「小僧」又は「KOZO」の部分のみから「コゾウ」なる称呼を生ずるということはできず、右部分から「商店で使われている年少の男子店員」を観念させるということもできない。すなわち、被上告人標章一(1)ないし(9)、同二(2)(4)(5)においては、標章全体としてのみ称呼、観念が生ずるものであって、「小僧」又は「KOZO」の部分から出所の識別標識としての称呼、観念が生ずるとはいえないのである。


 そうすると、本件商標と右被上告人標章とを対比すると、外観及び称呼において一部共通する部分があるものの、被上告人標章中の右部分は独立して出所の識別標識たり得ず、右被上告人標章から観念されるものが著名な企業グループである小僧寿しチェーン又はその製造販売に係る本件商品であって、右は商品の出所そのものを指し示すものであることからすれば、右被上告人標章の付された本件商品は直ちに小僧寿しチェーンの製造販売に係る商品であると認識することのできる高い識別力を有するものであって、需要者において商品の出所を誤認混同するおそれがあるとは認められないというべきである。したがって、被上告人標章一(1)ないし(9)、同二(2)(4)(5)は、本件商標に類似するものとはいえない。


 (三) また、被上告人標章三(1)ないし(6)は、本件商標と外観において類似せず、また標章自体は「商家で働く人物」を観念させるとしても「商家で使われている年少の男子店員」を観念させるものではなく、「コゾウ」の称呼を生ずるものでもない。

 このように特定の観念、称呼を生ずることのない図形ないし記号から成る標章であっても、それが著名な人物又は企業を表す標章として長期間にわたって使用され、一般需要者の間で広く認識されるに至った場合には、当該標章から当該人物又は企業が観念され、当該人物又は企業の名称、略称と同一の称呼を生ずることもあり得るものと解される。


 しかし、そのような場合において、右標章が当該人物又は企業の製造販売に係る商品につき商標として使用されたとしても、標章から生ずる観念及び称呼は、当該商品の出所たる著名な人物又は企業そのものであるから、標章の付された商品は直ちに当該人物又は企業の商品であると認識することができる高い識別力を有するものというべきであり、仮に称呼においてこれと同一ないし類似する商標が他に存在したとしても、需要者において商品の出所を誤認混同するおそれを生ずるものではないというべきである。


 本件において、被上告人標章三(1)ないし(6)は、小僧寿しチェーンの各加盟店において「小僧寿しチェーン」又は「小僧寿し」の名称と共に継続して使用されたことから、右各標章のみを見ても著名な企業グループである小僧寿しチェーンを想起し、右各標章から「コゾウズシ」又は「コゾウスシ」なる称呼を生ずる余地はあるが、そうであるとしても「商家で使われている年少の男子店員」の観念や「コゾウ」の称呼を生ずるものとは認められず、また右各標章から生ずる観念、称呼が商品の出所たる著名な企業グループである小僧寿しチェーンそのものであることに照らせば、称呼において本件商標と一部共通する部分があるにしても、需要者において商品の出所を誤認混同するおそれを生ずるものではないから、右各標章が本件商標に類似するものとはいえない。なお、被上告人標章三(5)の前掛け部分には「小僧寿し」の文字が横書きで記載されているが、「小僧寿し」なる標章が本件商標に類似するものといえないことは前判示のとおりであるから、被上告人標章三(5)に右記載があるからといって、同標章が本件商標と類似するということはできない。


 四 以上によれば、被上告人標章のうち標章二(1)(3)を除くその余の標章の使用が本件商標権を侵害するものとはいえないとした原審の判断は、結論において是認することができるから、結局のところ、所論は理由のないことに帰する。論旨は採用することができない。


 上告代理人小野昌延のその余の上告理由及び同芹田幸子の上告理由第一点について 一 原審は、大要、次のとおり判断して、被上告人標章のうち標章二(1)(3)の使用は本件商標権を侵害するとしながら、昭和五五年から同五七年までの三年間に被った損害につき商標法三八条二項に基づいて賠償を求める上告人の請求を棄却すべきものとした。


 1 商標法三八条二項は、登録商標に一定の財産的価値があることを前提とする規定と考えられるが、特許権実用新案権が創作的な発明や考案に係るものでそれ自体財産的価値を有するのに対して、商標権は、文字や図形を組み合わせた商標そのものに財産的価値があるのではなく、業務上の信用が付着することによって初めて財産的価値を取得するものである。


 2 昭和五三年以降、四国地域においては、一般需要者の間で「小僧寿し」の標章が本件商品の出所たる小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンを表示するものとして広く認識され、相当大きな顧客吸引力を有していたのに対して、本件商標は知名度がなく、顧客吸引力を殆ど有しなかったものであって、本件商標権には財産的価値が殆どなかった。


 3 被上告人は、主として被上告人標章一(1)ないし(9)、同三(1)ないし(6)を使用しており、被上告人標章二(1)(3)は副次的に利用することがあったにすぎず、加えて前者が小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンの略称として著名であったのに対し、後者が著名でなかったことに照らすと、被上告人標章二(1)(3)は本件商品の購買動機の形成に寄与しておらず、財産的価値はなかった。


 4 したがって、本件において商標法三八条二項を適用することはできない。


 二 原審の右判断は、次に述べるとおり、正当というべきである。


  1 商標法三八条二項は、商標権者は、故意又は過失により自己の商標権を侵害した者に対し、その登録商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる旨を規定する。


 右規定によれば、商標権者は、損害の発生について主張立証する必要はなく、権利侵害の事実と通常受けるべき金銭の額を主張立証すれば足りるものであるが、侵害者は、損害の発生があり得ないことを抗弁として主張立証して、損害賠償の責めを免れることができるものと解するのが相当である。


 けだし、商標法三八条二項は、同条一項とともに、不法行為に基づく損害賠償請求において損害に関する被害者の主張立証責任を軽減する趣旨の規定であって、損害の発生していないことが明らかな場合にまで侵害者に損害賠償義務があるとすることは、不法行為法の基本的枠組みを超えるものというほかなく、同条二項の解釈として採り得ないからである。


 商標権は、商標の出所識別機能を通じて商標権者の業務上の信用を保護するとともに、商品の流通秩序を維持することにより一般需要者の保護を図ることにその本質があり、特許権実用新案権等のようにそれ自体が財産的価値を有するものではない。したがって、登録商標に類似する標章を第三者がその製造販売する商品につき商標として使用した場合であっても、当該登録商標に顧客吸引力が全く認められず、登録商標に類似する標章を使用することが第三者の商品の売上げに全く寄与していないことが明らかなときは、得べかりし利益としての実施料相当額の損害も生じていないというべきである。


 2 これを本件についてみると、原審の認定事実によれば、(一) 上告人は昭和四九年一一月ころから大阪市を中心とする近畿地区において「おにぎり小僧」の名称で持帰り用のおにぎり、すし等の製造販売を始めたが、被上告人ないしその傘下の加盟店の店舗の所在する四国地域では本件商標を使用しておにぎり、すし等を販売したことがない、(二) 遅くとも昭和五三年には、「小僧寿し」の名称は、小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンの略称としてだけでなく、小僧寿しチェーンの製造販売に係る本件商品を示すものとしても著名となっており、被上告人標章三(1)ないし(6)も同様の標章として著名性を獲得し、いずれも業務上の信用及び顧客吸引力を有していた、(三) 本件商標は、四国地域において全く使用されていないものであって、一般需要者の間における知名度がなく、業務上の信用が化体されておらず、顧客吸引力が殆どなかった、(四) 昭和五五年から同五七年までの間は、被上告人標章二(1)(3)については、被上告人ないしその傘下の加盟店の店舗のうち高知県下の二一店舗の中に、正面出入口横のウィンドウに被上告人標章二(1)を表示したものと、店舗壁面に同二(3)を表示したものが各一店舗ずつ存在しただけであって、被上告人は、主として被上告人標章一(1)ないし(9)、同三(1)ないし(6)を使用し、副次的に同二(1)(3)を使用することがあったにすぎない、というのである。


 そうすると、被上告人の本件商品の売上げは専ら小僧寿しチェーンの著名性、その宣伝広告や商品の品質、被上告人標章一(1)ないし(9)、同三(1)ないし(6)の顧客吸引力等によってもたらされたものであって、被上告人標章二(1)(3)の使用はこれに何ら寄与していないのであるから、被上告人の被上告人標章二(1)(3)の使用により、上告人の販売する商品の売上げにつき損害が生じたものと認められないことはもちろん、上告人には本件商標権につき得べかりし利益の喪失による損害も何ら生じていないというべきである。


 3 したがって、本件において商標法三八条二項に基づく損害賠償請求が認められないとした原審の判断は、是認することができる。』、等と判示した最高裁判決。