●今年出された知財判決で最も気になった特許事件の続き

 昨日で今年の日記は最後にしようと思っていたのですが、昨日、今年出された知財判決で最も気になった特許事件として再度取上げた、『平成19(ワ)22449 特許権侵害行為差止等請求事件 特許権「ホースリール事件」平成20年03月31日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080403130354.pdf)について、言い忘れたことがありました。


 それは、本件について、『請求の範囲への「移動可能」という機能的記載の追加により、実施例として具体的に開示されていない構造まで請求の範囲に含める補正を認めた上で、当該具体的構造まで本件特許発明の技術的範囲に属すると判断する文理侵害が認められ、かつ、補正要件違反と記載不備の無効の抗弁の主張が退けられています。』、とコメントしましたが、本件では、新規事項追加の補正の判断以外に、機能的記載のクレームの特許発明の技術的範囲という論点もあると思います。


 機能的記載のクレームの特許発明の技術的範囲について判示した特許事件としては、

●『平成15(ワ)19733 特許権 民事訴訟「アイスクリーム充填苺事件」平成16年12月28日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/D402E4412BAC70154925701B000BA3DE.pdf)


●『昭和50(ワ)2564 実用新案権 民事訴訟「貸しロッカー事件」昭和52年07月22日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/7AFF5138F57B06DF49256A76002F899E.pdf)


●『平成8(ワ)22124 実用新案権 民事訴訟「磁気媒体リーダ事件」平成10年12月22日判決 東京地方裁判所

 等が思い浮かびます。


 特に、「磁気媒体リーダ事件」では、実用新案登録請求の範囲の「上記磁気ヘッドが下降位置にあるときは上記磁気ヘッドの回動を規制し、上記磁気ヘッドが媒体との摺接位置にあるときは上記磁気ヘッドを回動自在とする回動規制手段」という回動規制手段の機能的表現の解釈が争点になった事件で、この点に関し、東京地裁は、本判決文中で、


実用新案登録請求の範囲に記載された考案の構成が機能的、抽象的な表現で記載されている場合において、当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に属すると解すると、明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが考案の技術的範囲に属することになり、出願人が考案した範囲を超えて実用新案による保護を与える結果となりかねないが、このような結果が生じることは、実用新案権に基づく考案者の独占権は当該考案を公衆に対して開示することの代償として与えられるという実用新案の理念に反することになる。


 したがって、実用新案登録請求の範囲が右のような表現で記載されている場合には、その記載のみによって考案の技術的範囲を明らかにすることは出来ず、右記載に加えて明細書の考案の詳細な説明の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想にもとづいて当該考案の技術的範囲を確定すべきものと解するのが相当である。


 ただし、このことは、考案の技術的範囲を明細書に記載された具体的な実施例に限定するものでなく、実施例としては記載されていなくとも、明細書に開示された考案の記述に関する内容から当該考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が実施し得る構成であれば、その技術的範囲に含まれるものと解すべきである。・・・


 これを本件についてみると、本件考案の構成要件Fの「回動規制手段」につき本件明細書に開示されている構成には、・・・という構成しかななく、それ以外の構成についての具体的な開示はないし、これを示唆する記載もない。したがって、本件考案の「回動規制手段」は、右のとおり本願明細書に開示された構成及び本件明細書の考案の詳細な説明野記載から当業者が実施し得る構成に限定して解釈するのが相当である。


 これに対し、被告装置の「回動規制手段」の構成は、・・・本件考案の構成要件Fの文言に形式上該当するということができる。・・・

 しかしながら、被告装置においては、・・・本件明細書に開示された構成と異なることは明らかである。また、被告の装置の構成は、本件明細書の考案の詳細な説明の欄に開示されたところの構成とは、技術思想を異にするものと解され、当業者が本件明細書の考案の詳細な説明の記載に基づいて実施し得る構成であるということもできない。以上によれば、被告装置は、本件考案の構成要件Fを充足せず、その技術的範囲に含まれるものではない、というべきである。」


 と判示されています。


 東京地裁の『ホースリール事件』は、この『磁気媒体リーダー事件』の判決文のただし書きの部分の「ただし、このことは、考案の技術的範囲を明細書に記載された具体的な実施例に限定するものでなく、実施例としては記載されていなくとも、明細書に開示された考案の記述に関する内容から当該考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が実施し得る構成であれば、その技術的範囲に含まれるものと解すべきである。」と同様の解釈により、侵害と判断されたものと思います。