●今年出された知財判決で最も気になった特許事件

 今年出された知財判決で最も気になった特許事件とは?、といいますと、最高裁事件でも、知財高裁大合議事件でもなく、今年の4/3の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080403)で取り上げた東京地裁事件の、


●『平成19(ワ)22449 特許権侵害行為差止等請求事件 特許権「ホースリール事件」平成20年03月31日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080403130354.pdf


です。


 今日、近所のホームセンターに行きましたら、回動可能な脚部を有する本件権利者側(アイリスオーヤマ社)の特許品にかかるホースリールがありました。脚部が回動し収納されて陳列されており、出っ張りがなかったので、確かに陳列性も良いように思いました。


 さて、本事件では、『「明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項」とは,当業者によって,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項である。』という、新たな新規事項追加の基準を示した知財高裁大合議事件である、『平成18(行ケ)10563 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「感光性熱硬化性樹脂組成物及びソルダーレジストパターン形成方法」平成20年05月30日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080530152605.pdf)より前に出されていますので、この知財高裁大合議事件の新たな新規事項追加の基準は採用していませんが、この東京地裁判決では、



「イ 以上を踏まえて検討すると,本件当初明細書には,脚部を回動させることにより,脚部によって開口部を閉鎖できるように構成された折り畳み状態と,脚部が開口部を閉鎖しない展開状態という二つの状態を任意に形成できる構造のものが開示されていること,他方,そのような脚部を回動させる構造のもの以外に,脚部を開口部を閉鎖する位置と閉鎖しない位置との間で移動させるような構造は具体的には開示されていない。


 しかし,上記アb )のとおり,本件明細書によれば,本件特許発明1において,脚部を回動させる構造を採用したのは,ケース状に形成したフレーム底面の開口部を閉じて開口部内に収納した部品の飛び出しを防止するとともに,脚部をフレームの側方へ延出してホースリールの起立を安定させる展開状態と,ホースリール全体をコンパクトなサイズにし得る折り畳み状態とを選択的に実現可能とするためであると容易に理解することができる。


 そして,本件当初明細書には,かかる目的のために,脚部を回動させる構造が必須である旨の記載も示唆もなく,それが必須であるとする理由もない。


 むしろ,当業者が技術常識をもって本件当初明細書を見れば,かかる目的達成のためには,脚部を回動させる構造のほかに,脚部をスライドさせる構造や,着脱可能な脚部を取り付ける構造によって「開口部を閉鎖する位置と閉鎖しない位置との間で移動可能」とした構成をも含み得ることは,当然理解することができるものと認められる。


 そうすると,本件当初明細書には,脚部を回動させるとの実施例の構造に限らず,上記に例示したような構造のものも実質的に開示されていたといえるから,本件補正が新規事項を含むものとはいえない。


 したがって,本件補正が新規事項を追加したものであるとして,本件特許1が特許法17条の2第3項に違反した旨をいう被告の主張は理由がない。


 というように、請求の範囲への「移動可能」という機能的記載の追加により、実施例として具体的に開示されていない構造まで請求の範囲に含める補正を認めた上で、当該具体的構造まで本件特許発明の技術的範囲に属すると判断する文理侵害が認められ、かつ、補正要件違反と記載不備の無効の抗弁の主張が退けられています。


 なお、その後、本件東京地裁事件の控訴審である、『平成20(ネ)10046 特許権侵害行為差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟「ホースリール」平成20年11月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081127145710.pdf)や、『平成20(行ケ)10198 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「ホースリール」平成20年11月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081127095009.pdf)等でも、権利者側が勝訴していますので、今回の補正については、東京地裁および知財高裁も認めたことになります。


 今後、注意が必要ですね!